第126話:焦がしオークと黄金の雫
「……アリス、聞こえる? 私たちの冷凍庫(第34話仕様)の最奥で、あの魔の森の特別エリアでハンスたちが狩り集めておいた最高級の『猪バラ肉』が、ハーブ塩(第53話仕様)に包まれたまま一週間の脱水熟成を終えて、『早く私をサクラの煙でいぶして、極上のカリカリベーコンにアップデートしなさい!』と、熟成の香りを放ちながら目覚めを告げているわ……!」
「聞こえるわエレン! 前回の冷燻スモークサーモン(第125話仕様)のあとに必要なのは、そう、あの噛み締めた瞬間に熟成された脂がジュワッと溢れる『自家製ベーコン』、そしておつまみの永遠の定番たる『スモークピスタチオ(ナッツ)』よ! だが、ナッツの硬い殻の隙間にスモーキーな香りを均一に吸着させるには、分子レベルの物理ハックが必要よ。極上の温燻システムをDIYするわよ!」
シルバーストーンQOL巨大観光特区のリビング。
ポカポカのコタツ(除湿ドライモード)の中で、お揃いのツルツルお肌(第76話仕様)を寄せ合いながら、銀髪の双子は、脳内の専用回線をかつてない「燻製熱」で同期させていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
その知識を惜しみなく無駄遣いし、我が家の「極上おうちBar」のメニューをコンプリートするため、双子の超絶同調が再び火を噴いた。
「いい、エレン? ベーコンの温燻はね、煙の温度を摂氏50 ~ 80℃の一定範囲に維持して、お肉の脂を溶かさずに、木材の熱分解から発生するフェノール化合物を表面に吸着・重合させるの。そして、スモークナッツの命は『分子透過』よ! ナッツの硬い殻の隙間から煙の香気分子を透過させるための、フィックの拡散第1法則はこれよ!」
J = -D dc/dx
「(ここで拡散フラックスをJ、拡散係数をD、濃度勾配をdc/dxとするわ! ピスタチオの殻にスライム境界潤滑(第26話仕様)を極薄スプレーし、煙の分子に対する殻の透過性(拡散係数D)を物理的に向上させるのよ。さらにエレン、煙の温度を正確に摂氏65.5℃でホールドするための、チタン製ドラム缶型スモーカーを物質化しなさい!)」
「最高よアリス! 殻の隙間に煙を吸い込ませるのね! 私の『超精密魔力クラフト・3次元切削(120,000 rpm)』で、完璧な密閉性と排熱制御機能を持つチタン製スモーカーを削り出してあげる!」
エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先から、バチバチと精密な魔力放電が散る。
アリスが脳内CADで算出した「3次元熱対流シリット」の等高線図に沿って、エレンはガラクタのチタンプレートを一瞬で美しい円筒形のスモーカーに成形し、真鍮の温度センサーバルブを完璧に組み上げていった。
一人が「高分子熱分解&分子拡散シミュレーター(ソフト)」、一人が「ナノ精度放電カッター&高精度魔力サーモスタット(ハード)」。
双子の超絶連携により、コタツの横には、美しい黄金色の炎色反応(第14話仕様)を見せるコンロの上に、不気味に真鍮のコイルを明滅させる『ハイブリッド温燻スモーカー・レジェンド』が爆誕した。
◇
さっそく、アリスが構築した「極上温燻&分子透過プロセス」がスタートした。
一週間の塩漬けと乾燥(脱水シート使用)を終えた猪バラ肉、そしてスライム溶液で極薄コーティングされたピスタチオが、スモーカーの網にセットされる。
スモーカーの底にアルミホイルを敷き、その上に「サクラチップ15g」と「ざらめ小さじ1(第124話仕様)」をのせて、コンロにセット。
「エレン、まずはふたを開けたまま中火にかけなさい! 煙が立ち上ってきたら、すぐにふたを完全密封、サーモセンサーバルブ、アクティブ!」
「スイッチ、オォォォン!!!」
ガチャン!
アリスが脳内の温度計で、内部温度を正確に「65.5℃」でロック。エレンが指先から微小な魔力熱を送り込んで温度を0.1℃単位で微調整し、脂が溶け出す限界温度の境界線を完璧に死守する。
燻製中の温度が一定に保たれ、フィックの拡散法則に沿って、サクラの煙の分子(フェノール類)が、ピスタチオの殻の微細な気孔をシュルルルと透過して白身に吸着し、さらにベーコンの表面に美しい黄金色のツヤをコーティングしていく。
2時間後、エレンが素早く火を消した。
30分間、そのまま余熱で煙をお肉に定着させ、フタをパカッと開けると――。
ももうと立ち上る白い煙の向こうから、
ねっとりと艶やかに、焦がしざらめの効果で黄金色にきらきらと輝く「自家製ベーコン」、
そして、香ばしいサクラの薫風をその身の奥深くまで透過させた「スモークピスタチオ」が姿を現した。
「エレン、仕上げよ! ベーコンを厚さ1センチの極厚スライスにして、チタンフライパンで強火でソテーしなさい!」
「了解! 『筋肉ジャイロ・神速スライス』からの、ジュワァァァッ!!!」
パチパチ、ジュワァァァ……!と、ベーコンの熟成された極上の脂がチタンプレートの上で弾け、
たまらなく香ばしい匂いが一瞬にしてコタツの周りを支配した。
◇
「……ま、待って。何ですか、この、コタツの除湿された空気を一瞬で塗り替える、悪魔的に芳醇で、お腹の虫が狂暴化するような香りは……!」
コタツの中でスウェット姿でくつろいでいた監察官イゾルデ。
そして、隣でサウナハット(第51話仕様)を被って「おうちBar」の開店を待ちきれそうにないお庭番アルド、さらには父エドワードと母レイラ。
一同は、大皿の上に美しく盛られた「極厚の自家製ベーコンソテー」と「黄金のスモークピスタチオ」を見て、目を爛々と輝かせた。
だが、アリスはコタツのテーブルの上に、真鍮のシェイカーと、キンキンに冷えた炭酸水(第59話仕様)、そして自作のウイスキー(第110話仕様)や日本酒(第109話仕様)をドンと並べた。
「みんな、お待たせ! でも、ただ食べるだけじゃQOL(生活の質)の冒涜よ。今夜は、この最高のおつまみを前にして、アストレア公爵家の名誉と、明日の『お掃除ロボのバイトお休み権(第86話仕様)』を賭けて――『第一回シルバーストーン・コタツBar・カクテル選手権』を開催しますわよ!!」
アリスが不敵に笑い、マイク(第50話仕様)を握る。
「カクテル選手権だべぇぇ!? 面白そうだべ、イゾルデ様、俺たちの『サウナハット・コンビ』の実力を見せてやるべ!」
アルドがやる気満々で立ち上がる。
「お父さんも混ぜておくれ! 娘たちのチャリの最高級パーツ(チタンボルト)を賭けて、このお父さんが無敗のプロデューサー(第17話仕様)としての、至高のブレンディング技術を見せてあげるよ!」
エドワードも、ウイスキーのボトルを握りしめて参戦。
ルールは簡単。この極上ベーコンとスモークナッツに最も合う、オリジナルカクテルを即興で作り、母レイラが審査するのだ。
「先鋒はわたくしたちですわ! アルド、例のハチミツ(第76話仕様)とレモン(第66話仕様)、そしてウイスキーを……シェイクですわよ!」
「了解だべ、イゾルデ様! 『サウナハット・超高速シェイク(3,600 rpm)』!」
アルドがサウナハットを揺らしながら、真鍮のシェイカーを目にも留まらぬ速さでシェイク。
完成したのは、ハチミツの濃厚な甘みとレモンの酸味が、ウイスキーの重厚な樽香とマリアージュした、極上の『スモーキー・ハニーサワー』だ。
イゾルデが、それをアツアツの厚切りベーコンと共に、審査員である母レイラの口に運ぶ。
サクッ……ジュワァァァッ!!!
ゴク、ゴク……プハァー!!!
「ーーーっっっっっっっふ、ふおおおおおおおおお!!!!」
母レイラが、美味しさのあまり身悶えして叫んだ。
「なんて、なんて美味しいの! 猪バラ肉の熟成された濃厚な脂の旨味を、レモンの酸味とハチミツが完璧に包み込んで、ウイスキーのスモーキーな香りが鼻腔を抜けていくわ! 脳内QOLが完全大崩壊ですわーーーっ!!」
「フフフ、甘いわイゾルデ。次鋒は私たち、科学の力を見せてあげるわ。エレン、あの減圧蒸留の芋焼酎(第111話仕様)と、温水洗浄トイレ(第104話仕様)の余熱で抽出した『特製エスプレッソ抽出液(第78話仕様)』を、分子レベルで乳化させなさい!」
「お任せあれ! 『超高速魔力エマルション・スピン』!」
双子が差し出したのは、冷たい芋焼酎のフルーティーな香りと、深煎りコーヒーの苦味が完璧に乳化して層を成した、異次元の『スモーク・コーヒー・ネクター(お湯割り風)』。
それを、殻を剥いたスモークピスタチオと共に、父エドワードが口へ放り込む。
ポリッ、カリカリッ……。
ゴク、ゴク……。
「ーーーーーっっっっっっっ!!!!」
エドワードが、あまりの旨さに椅子(※コタツですが)から転げ落ちそうになりながら絶叫した。
「このピスタチオ……! 殻の内部まで完璧にサクラの香りが染み込んでいて(※フィックの拡散法則の効果です)、カリカリとした歯ごたえの奥から、ナッツの濃厚なコクが溢れ出す! そこへこの冷たいエスプレッソ焼酎を流し込むと、コーヒーの苦味と焼酎のフルーティーな香りがナッツの旨味を8倍(第94話仕様相乗効果)に膨らませて、魂が完全にバニラ(第110話仕様)にされるよ!!」
「「ふふふふ……」」
コタツの特等席で、お互いのさらさらツヤツヤの髪(第40話仕様)を優しく撫で合いながら、ハチミツレモネードを片手にその様子を眺める小さな双子。
「計画通り、極上おつまみとカカオカクテルで、今夜もみんなを完璧にコタツの底(だらだら仲間)に引きずり込めたわね、アリス」
「ええ、エレン。これで明日のお掃除ロボのメンテナンス(第86話)も、みんなもっと楽しそうに(QOLの高い状態で)バイトをこなしてくれるわ。科学と、私たちの趣味の完全勝利ね」
深夜のシルバーストーン特区の屋敷から、夜な夜な響き渡る、大爆笑とシェイカーを振る「シャカシャカ……!」という楽しげな大歓声。
そこには、かつての没落の影など微塵もなく、ただ、美味しいお酒と極上の燻製料理、そしてお気軽なゲームに熱狂する、異世界で最も賑やかで温かい「お気軽コタツBar」の光景が広がっていた。
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと走る木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに庭の雪を掃き清めながら、コタツから漏れ出る香ばしい燻製の匂いと笑い声を、優しく、そして最高にお気楽に、世界中に広げていくのだった。




