第125話:波涛を越える冷たき煙
「……アリス、聞こえる? 私たちの冷凍庫(第74話仕様・永久氷冷却)の最深部で、あの第52話で釣り上げておいた最高級の海洋サーモンが、『早く私をスモーキーな薔薇色に染めて、コタツの王者にふさわしいおつまみにアップデートしなさい!』と、氷の中で激しく細胞を震わせているわ……!」
「聞こえるわエレン! 前回の燻製チーズとウズラ卵(第124話仕様)のあとに必要なのは、そう、あのねっとりとした生魚の質感を100%残したまま、サクラの薫風を極限まで定着させる、燻製界の最高峰『冷燻』よ! だが、冷燻は通常、摂氏25℃以下の超低温で何日も煙を当て続けなければならないの。だらだら時間を愛する私たちのQOL(生活の質)において、そんな時間浪費は許されないわ。物理化学の力で、一瞬(3分)で完璧にスモークを吸着させる『静電高速冷燻システム』をDIYするわよ!」
シルバーストーンQOL巨大観光特区のリビング。
ポカポカのコタツ(除湿ドライモード)の中で、お揃いのツルツルお肌(第76話仕様)を寄せ合いながら、銀髪の双子は、脳内の専用回線をかつてない「冷燻熱」で同期させていた。
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。
その知識をこれでもかと無駄遣いし、お家での「極上おうちBar」を最速で開店させるため、双子の超絶同調が再び火を噴いた。
「いい、エレン? 冷燻の命はね、煙の温度を絶対に摂氏25℃以下に維持して、サーモンの身のタンパク質を凝固(熱変性)させないことよ。アリスの熱容量計算に基づき、永久氷(第74話仕様)を仕込んだ二重構造の冷却チタンパイプに煙を通し、完全に熱を奪った『超低温スモークチャンバー』を設計したわ! だが、冷やされた煙の粒子は熱対流を失って動かなくなる。そこで、物理化学における『静電気力(クーロンの法則)』の出番よ!」
アリス(理論・設計・分子化学担当)が脳内の黒板に、静電気力と煙の電界吸着の数式を書き殴る。
F = k q₁q₂/r²
「(ここでクーロン力をF、煙粒子の電荷をq₁、サーモン表面の電荷をq₂、距離をr とするわ! ライデン瓶(第35話仕様)のポータブルバッテリーから、スモーカーの放電極に微弱な高電圧を印加して、煙の粒子q₁をプラスに帯電させるのよ。そして、サーモンq₂をマイナス(アース)に接続すれば、クーロン力Fの力学的な相互作用によって、冷やされた煙の粒子が一瞬にしてサーモンの表面に引き寄せられ、分子レベルで物理吸着するわ。これぞ『静電塗装技術』の極致よ!)」
「最高よアリス! 静電気の力で煙を磁石みたいにくっつけるのね! 私の『超精密魔力クラフト・3次元切削(120,000 rpm)』で、完璧な気密性を持つチタン製冷却ジャケットと高圧静電放電端子を物質化してあげる!」
エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先から、バチバチと精密な魔力放電が散る。
アリスが脳内CADで算出した「電界吸着効率マップ」の3D設計図に沿って、エレンはガラクタのチタンプレートを一瞬で二重壁のシリンダーへと削り出し、真鍮の放電極を完璧に組み上げていった。
一人が「極限低温熱対流&静電界エアロゾルシミュレーター(ソフト)」、一人が「ナノ精度放電カッター&高圧密閉シールアッセンブル(ハード)」。
双子の超絶連携により、コタツの横には、不気味に真鍮のコイルを唸らせ、青いインジケーター(第39話仕様)をチカチカ明滅させる『静電高速冷燻スモーカー・アビス』が爆誕した。
◇
さっそく、アリスが構築した「極上静電冷燻レシピ」がスタートした。
「エレン、まずは第52話で釣ったサーモンのフィレ500gを塩水(ソミュール液)に漬け込み、表面の水分をキッチンペーパーで『フッ……』と完璧に拭き取りなさい! そして、スモーカー内のマイナス電極にサーモンをセットよ!」
「了解! アース線、サーモンの皮目にカチリと接続完了!」
エレンが、冷やされたお肉をスモーカーの金網に固定。
スモーカーの底にアルミホイルを敷き、その上に「サクラチップ15g」をのせて、コンロ(地熱床暖房バイパス仕様)にセットした。
「エレン、まずはふたを開けたまま中火にかけなさい! 煙が立ち上ってきたら、すぐにふたを完全密封、永久氷冷却バルブ、オープン! そして、ライデン瓶スイッチ、オン!」
「スイッチ、オォォォン!!!」
ガチャン!
高圧静電放電端子が作動し、スモーカーの内部で「パチチチ、チチチ……」と、目に見えない静電気の火花が青白く脈動し始めた。
アリスが脳内の静電容量計で、電界強度を正確にロック。
エレンが指先から微小な魔力を送り込んで、冷却用永久氷の熱交換率を0.1℃単位で微調整し、摂氏18.5℃の冷燻境界線を完璧に死守する。
本来なら数日かかる冷燻プロセスだが、静電気の力(クーロン力)によってプラスに帯電したサクラの煙の粒子が、マイナスに帯電したサーモンの身へと、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように一瞬で「シュルルルルッ!」と物理吸着されていく。
わずか3分後、エレンが素早く火を消した。
5分間、そのまま余熱(冷気)で煙の分子(フェノール類)をお肉に定着させ、フタをパカッと開けると――。
ももうと立ち上る冷たい白い煙の向こうから、
ねっとりと艶やかに、まるでルビーか薔薇色のクリスタルのように黄金色に輝く、
至高の「静電スモークサーモン」が姿を現した。
◇
「……ま、待って。何ですか、この、コタツの除湿された空気を一瞬で塗り替える、上品でスモーキーで、お腹の虫が狂暴化するような香りは……!」
コタツの中で、前回の「カマンベールコタツデュエル(第124話)」の余韻に浸りながらスウェット姿でくつろいでいた監察官イゾルデ。
そして、隣でサウナハット(第51話仕様)を被って「おうちBar」の開店を待ちきれそうにないお庭番アルド、さらには父エドワードと母レイラ。
一同は、大皿の上に美しくスライスされて盛られた「薔薇色のスモークサーモン」を見て、目を爛々と輝かせ、グラス(永久氷でキンキンに冷やした日本酒の吟醸冷酒、およびウイスキーハイボール)を握りしめた。
「もう我慢できませんわ! いただきます!」
イゾルデが、フォークで薔薇色のサーモンをすくい、グラスに注いだ極上冷酒(第109話仕様)と共に口へ放り込んだ。
ねっとり……ジュワァァァッ!!!
「――っっっっっっっふ、ふおおおおおおおおお!!!!」
口に入れた瞬間、イゾルデの口の中で、生魚のねっとりとした極上の食感を1ミリも損なうことなく、サクラチップの豊かな燻煙の香りが大爆発した。
「なんて、なんて美味しいの! サクラの深い香りと、サーモンの濃厚な脂の旨味がお口いっぱいに広がり……、そこへこのキンキンに冷えた冷酒を流し込むと、お米の甘みとスモーキーな香りが鼻腔を抜けて、脳内QOLが完全大崩壊ですわーーーっ!!」
「こっちのハイボール(第110話仕様)ともヤバいでさぁ! スモークの香りとウイスキーの樽香が、お口の中でダブル・ヘリックス(二重らせん)の暴力を起こして、炭酸が無限に喉を焼くべぇぇ!!」
アルドも涙を流してスモークサーモンを貪り食う。
「エドワード、この冷たい燻製、ウイスキーのロックとも抜群の相性ねえ」
「本当にねえ、レイラ。これをおつまみにして飲むお酒は、人生のすべてを肯定してくれるような温かさがあるよ」
父エドワードと母レイラも、グラスをカランと鳴らしながら、完全におうちBarの虜になっていた。
だが、この「極上の夜会(おうちBar)」は、ただ飲むだけでは終わらなかった。
「アリス様、エレン様! この最高のお酒とスモークサーモンを前にして、ただだらだらするだけなんて、QOLへの深刻な冒涜ですわ! さあ、これを出しなさい! 今夜は、この最後の1スライスのスモークサーモン、そして明日の『お掃除ロボのバイトお休み権(第86話仕様)』を賭けて、アストレア公爵家の名誉をかけた『第一回シルバーストーン・コタツ特区すごろく大会』を開催しますわよ!!」
イゾルデがスウェットの袖をまくり上げ、エレンがダンボールと真鍮のギヤ(第32話仕様)でDIYした特製「特区開発すごろく(ボードゲーム)」をコタツの上に叩きつけた。
「望むところだべ、イゾルデ様! 俺のダイス運(確率論)で、そのサーモンとお休み権は全部俺がいただくべ!」
アルドがサウナハットを揺らしながらサイコロを握りしめる。
「お父さんも混ぜておくれ! 娘たちのチャリのパーツ(チタンネジ)を賭けて、このお父さんが無敗のプロデューサー(第17話仕様)の力を見せてあげるよ!」
エドワードも、ウイスキーをグイッと煽って参戦。
「私のターン、サイコロを振るわ! あっ、ハンスの『バイト遅刻(一回休み)』マスに止まってしまいましたわ!」
「いや、そこには俺のトラップカード『おでんの差し入れ(第71話仕様)』で、もう一回振れるべ!」
「ぎゃあああ! わたくしのサーモンがぁぁぁ!!」
深夜のシルバーストーン特区の屋敷から、夜な夜な響き渡る、大爆笑とサイコロを転がす「コロコロ……!」という楽しげな大歓声。
そこには、かつての「敵対関係」や「没落の影」など微塵もなく、ただ、美味しいお酒と極上の燻製料理、そしてお気軽なゲームに熱狂する、異世界で最も賑やかで温かい「お気軽コタツBar」の光景が広がっていた。
「「ふふふふ……」」
コタツの特等席で、お互いのさらさらツヤツヤの髪(第40話仕様)を優しく撫で合いながら、ハチミツレモネードを片手にその様子を眺める小さな双子。
「計画通り、極上スモークとゲームで、みんなを完璧にコタツの底(だらだら仲間)に引きずり込めたわね、アリス」
「ええ、エレン。これでお使い(第121〜123話)も、お掃除(第86話)も、明日からはみんなもっと楽しそうに(QOLの高い状態で)バイトをこなしてくれるわ。科学と、私たちの趣味の完全勝利ね」
窓の外では、月明かりの下、ガシャガシャと走る木製のお掃除ロボ(第36話)が、静かに庭の雪を掃き清めながら、コタツから漏れ出る香ばしい燻製の匂いと笑い声を、優しく、そして最高にお気楽に、世界中に広げていくのだった。




