第11話:ペンは剣よりDIY(と、異世界初の同人誌創刊)
「アリス、聞こえる? 私の右手が、かつてないほどの『繊細な振動』を求めて疼いているわ……!」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の後頭部も、情報の空白地帯に耐えきれず、ニューロンが暇を持て余して暴動を起こしそうよ」
シルバーストーン家の昼下がり。
美食を手に入れ、QOLが劇的に向上した双子を次に襲ったのは、「圧倒的な娯楽不足」という名の飢えだった。
スマホも、テレビも、週刊少年ジャンプもない。
この世界にある「本」といえば、羊皮紙に書かれたクソ高い魔導書か、退屈な法典くらい。
「いい、エレン。文明の進化には情報のコピー(複製)が不可欠よ。でも、活版印刷機をイチから作るのは鋳造技術的にまだハードルが高い。そこで……これよ!」
アリスがドヤ顔で掲げたのは、市場で買った薄い紙に、養蜂場から掠め取ってきた「蜜蝋」を塗りたくった特製の原紙だった。
「ガリ版(謄写版)ね! 懐かしいわアリス、前世の理科室の隅に転がってたわよね!」
「そう。鋼鉄のやすりの上で、ロウを塗った紙を鉄筆で削る。その『削れた穴』からインクを透過させる。これぞ、昭和の教育現場を支えたアナログ印刷の極致よ!」
今回のミッションは、異世界初の情報媒体『週刊シルバーストーン・ジャーナル(創刊号)』の作成だ。
内容は、カブの美味しい焼き方と、ビールの効能、そして双子をモデルにした「DIY教則漫画」である。
「アリス、やすりのピッチ(溝の間隔)の計算、お願い。私の魔力カッターで鋼鉄板に溝を刻むわ」
「任せなさい。線の密度dは0.2mm 間隔。エレン、その右手の振動を120Hzで一定に保って。一筋でも狂えば、インクが滲んで台無しよ」
二人の『二心同体』が、精密機械のごとき挙動を見せる。
アリスが共有視界に「等間隔のグリッド線」を透過表示(AR投影)し、エレンがその線をガイドに、魔力で強化した針先で鋼鉄板を刻んでいく。
一人が「設計」、一人が「加工」。
物理的な摩擦係数μすらも脳内で計算し、エレンの筋肉へとフィードバックする。
「……完璧。至高のやすりができたわ。次は『作画』よ!」
ここからが本番だ。やすりの上に蝋引き紙を置き、鉄筆を握る。
アリスが脳内のハードディスクから、前世で読んだあらゆる漫画の「構図」や「漫符(漫符)」のデータを呼び出す。
エレンはそれを下絵として視界に重ね、一切の迷いなくペンを走らせる。
「アリス、このコマの背景、集中線が足りないわ!」
「了解。消失点をP(x, y)に設定。エレン、パースを狂わせないで。読者の没入感を削ぐのは理科教師として失格よ!」
「分かってるって! 私の右手は今、定規を超越しているわ!」
ガリ……ガリガリ……。
独特の心地よい音が部屋に響く。
鉄筆が蝋を削り、やすりの溝と衝突して振動を伝える。その感覚すら、二人は快感として共有していた。
一人が「物語のロジック」を組み立て、一人が「魂の描線」を刻む。
普通なら数人がかりで行う編集・作画工程を、彼女たちは「一つの脳」で完結させていた。
「……できたわ。次は、製版(インク通し)よ!」
ガラクタから錬成したローラーに、煤と植物油を練り合わせた特製インクを馴染ませる。
シルクの布を張った枠の下に、真っ白な紙をセット。
そして、エレンが祈るようにローラーを滑らせた。
「……シュッ……」
静寂の中、紙を引き剥がす。
そこには、自分たちの姿と、面白おかしく描かれた「ピザ窯の作り方」が、鮮明な黒で定着していた。
「「…………ッッッシャアアアアア!!!」」
歓喜の咆哮。
「複製」という魔法。一つの原稿から、同じ情報が何枚でも生み出される感動。
これは元教師として、知識を広く伝えるための最強の武器を手に入れた瞬間でもあった。
数時間後。
屋敷の前に集まった領民たちに、刷りたての『ジャーナル』が配られた。
「……なんだこれ? 絵が動いて見えるぞ(※漫符の効果です)」
「この『カブの焼き方』、この前双子様がやってたやつだ! 文字が読めなくても、この『コマ割り』ってので内容が分かる!」
娯楽のない村で、その「視覚情報の暴力」は凄まじい衝撃をもって迎えられた。
「文字」は一部の特権階級のものだったが、「漫画」は全領民を平等にワクワクさせる。
アリスの脳内では、領民たちの識字率向上グラフが、早くも急上昇を開始していた。
「エレン、見て。みんな夢中で読んでるわ」
「ええ、アリス。でも、これじゃまだ足りないわね。次は……」
二人は顔を見合わせ、邪悪(?)な笑みを浮かべた。
「この漫画を教材にして、領民全員を『理系』に改造しましょう」
「そして、私たちのDIYをサポートできる『エンジニア集団』に育てるのよ……!」
没落領地シルバーストーン。
そこは、異世界で唯一「週刊誌の発売日」を心待ちにする人々が溢れる、奇妙な最先端文化圏へと変貌しようとしていた。
「アリス、次号の特集は……『自転車のメンテナンス』でいいかしら?」
「いいわね、エレン。でもその前に……私の趣味全開の『異世界転生モノ(自叙伝)』を連載枠でねじ込みましょう」
二人の野望は、もはや紙の上だけでは収まらなくなっていた。




