第12話:魔の森は巨大なホームセンター(と、銀輪の武装探検隊)
「アリス、聞こえる? 私の大腿四頭筋が、未知のレア素材を求めて『ハンティング・モード』に移行したわ!」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の探究心も、もはや領地内のガラクタでは満たされないレベルに達しているわ」
シルバーストーン家の夜明け前。
完全装備の双子が、愛車『シルバーストーン・スプリンター・マークII(泥除け・荷台増設モデル)』を前に、キリッとした表情で立っていた。
今回の目的地は、領地の北に広がる「魔の森」。
一般的には「一度入れば生きては戻れぬ魔境」とされる場所だが、元理科教師の彼女たちにとっては、高分子魔法樹脂の原料や、高硬度な魔導合金の鉱床が眠る「夢の資材置場」に他ならない。
「いい、エレン。今回の最優先確保事項は、自転車のタイヤを強化するための『弾力性魔樹の樹液』と、軽量化フレームの核となる『ミネルヴァ・チタン鉱』よ。魔物との戦闘は、時間の無駄だから物理演算で回避するわよ」
「了解! アリスは『パッシブ・レーダー(全方位魔力探知)』と『ルート最適化』に集中して。私は……エンジンの出力を120%まで解放するわ!」
二人の『二心同体』が、冒険者モードに同期する。
アリスが背中で魔法のコンパスを広げ、共有視界に「等高線」と「魔力反応」をマッピングした 3D マップを投影する。
エレンがペダルを踏み込むと、魔法の空気タイヤが砂利を蹴り飛ばし、二人は音もなく(魔力駆動なので静か)加速した。
「アリス、前方200m、街道を横切る低級魔物の群れを確認!」
「減速の必要なし。相対速度v = 60km/hで突破。エレン、斜め30度から風を切って。彼らの反応速度じゃ、私たちの残像すら捉えられないわ」
「「っっっっっシャアアアアア!!」」
「ギャッ!?」「ゴブ!?」
朝の散歩中だったゴブリンたちは、銀色の閃光が自分たちの横をすり抜けた衝撃波で、きりもみ回転しながら吹き飛んでいった。
「今の、銀色の魔獣か!?」「いや、子供が乗った鉄クズだぞ!?」という困惑の叫びは、ドップラー効果ですぐに背後へ消えていく。
一時間後、二人は「魔の森」の入り口に到達した。
鬱蒼と茂る巨木。立ち込める魔力の霧。
普通ならここで震え上がる場面だが、アリスの目は、特定の色で光る植物たちを冷静にスキャンしていた。
「エレン、あそこ。あの紫色のツタ……あれ、熱可塑性のある高分子素材に極めて近い反応が出ているわ。タイヤのチューブに最適よ」
「よっしゃ、採取開始! ……アリス、上から『フォレスト・スパイダー』が自由落下中。重力加速度g = 9.8m/s²、到達まで0.8秒!」
「計算済み。右へ1.5mスライド。……今よ!」
エレンがハンドルを鮮やかに切り、落下してきた巨大蜘蛛をミリ単位で回避。
と同時に、アリスがすれ違いざまに魔力カッターでツタを正確に切り取り、背負った籠へと放り込んだ。
一人が「回避」、一人が「採取」。
一瞬の無駄もない、完璧なオートメーション作業だ。
「完璧ね。次は鉱山地帯へ行くわよ。エレン、不整地走行モードへ切り替え。空気圧を0.5気圧下げて接地面積を稼いで!」
「ラジャー! 私の体幹制御を信じなさい!」
根っこが剥き出しの急斜面を、エレンは驚異的なバランス感覚で登っていく。
アリスは共有視界に「重心移動の最適解」をベクトル表示し、エレンの筋肉へとフィードバックを送る。
一人が「ジャイロスコープ」、一人が「アクチュエーター」。
見た目は可愛い双子のサイクリングだが、その内実は「火星探査ローバー」並みの超高度な走破性を見せていた。
数時間の探索の末、彼女たちは目的の「青く輝く鉱石」の露頭を発見した。
「これよ……。ミネルヴァ・チタン。これがあれば、自転車の重量をあとは削れる。時速100km巡航も夢じゃないわ!」
「アリス、感動してる暇はないわよ。……『森の番人』のお出ましよ」
地響きと共に現れたのは、全高5mはある岩石の巨人だった。
侵入者を排除せんとする巨腕が振り下ろされる。
「アリス、どうする? 物理で殴る? それとも物理(法則)で殴る?」
「後者に決まってるでしょ。理科教師として、暴力的な解決は『非効率』よ。エレン、あのゴーレムの右膝関節……あそこの共振周波数は、私の計算だと440Hz付近ね」
「了解! 私の魔力を振動に変換して、あの一点に叩き込むわね!」
エレンがペダルを猛回転させ、魔石から発生したエネルギーをすべて「超音波」へと変換。アリスが導いた「構造的欠陥」を目がけて、双子の叫び(という名の魔力振動)が放たれた。
「「『レゾナンス・ブレイク』!!」」
パキィィィィン……!
次の瞬間、巨大なゴーレムの膝が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。
自重を支えきれず、轟音と共に崩れ落ちる森の番人。
その横を、二人は「お疲れ様でしたー」と言わんばかりの涼しい顔で通り抜け、必要な鉱石をちゃっかり回収した。
夕暮れ。
シルバーストーン家の庭に、パンパンに膨らんだ荷袋を載せた二人が帰還した。
「ただいま、母様! ホームセンターで良い素材が買えました(※拾ってきました)!」
「……あなたたち。その背中に刺さっている巨大な蜘蛛の足とか、青く光る石とか……一体、どこの『ホームセンター』へ行ってきたの?」
腰を抜かす母親をよそに、アリスとエレンはすでに次の「設計図」を脳内に展開していた。
「アリス、これで『シルバーストーン・スプリンター・エボリューション』が作れるわね!」
「ええ、エレン。でもその前に……この高分子素材を使って、防水仕様の『アウトドア用漫画ケース』を量産しましょう。雨の日でも領民が漫画を読めるようにね」
二人の開拓精神は、魔の森すらも「ただの資材供給源」に変えてしまった。
没落領地の文明レベルが、物理的に(そして自転車の速度的に)異世界の限界を突破する日は、もうすぐそこまで来ていた。




