第108話:深緑の霧を裂く高速の矢
「……アリス、聞こえる? 私たちの脳内QOL(生活の質)防衛ガイドライン(和食甘味部門)が、先日の『黄金のスフレパンケーキ(第107話仕様)』という極上のフワフワ体験を終えた今、これに合わせるべき至高の『点てたての極上宇治抹茶』の不在を検知して、大臀筋を激しく震わせる抗議のパルスを送信しているわ……!」
「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳新皮質も、あの甘美なメープルの後に、キリッとした深緑の渋みと気品ある香りを喉越しに叩き込めと狂暴なデモを始めているわ。ターゲットは、隣領との境界にある年中不気味な濃霧が立ち込める魔境『迷い人の樹海(第78話仕様)』のさらに奥、地属性の魔獣グランド・タートルが守る『不帰の緑谷』にしか自生しない、伝説の極上茶葉よ!」
シルバーストーンQOL巨大観光特区のリビング。
フワフワのパンケーキ(第107話)を食べてポカポカのコタツ(冷却送風モード)でとろけていた銀髪の双子は、ハチミツレモネード(第26話仕様)を啜りながら、脳内の専用回線を新たな「お茶会ピクニック熱」で同期させていた。
「でもアリス、あの『不帰の緑谷』への道のりは、底なしの泥濘と激しい凹凸、そしてうっそうと茂る立ち木が遮る超悪路よ? 普通の自転車じゃ、一瞬で泥に埋まってフレームごと大破するわ!」
「フッフッフ、弱気ねエレン。空気の壁(空気抵抗)と、悪路の衝撃(重力モーメント)なんて、ただの物理法則のバグよ。目指すは、空気抵抗を極限まで引き下げ、泥の上を時速100キロで無音滑走する、二人乗りリカンベント(仰向け式)仕様の『超軽量魔導クローラーバギー・スプリンター・レックス』のDIYよ!」
「最高よアリス! 仰向けで寝そべったまま爆走する、究極のだらだらマシーンね! 私の『超精密魔力クラフト・3次元切削(120,000 rpm)』、出力最大でいくよ! ついでに、いつもコタツでポテトチップスを貪ってるイゾルデ様(第101話)を、テストの被験者として特等席へデリバリー(招待)しちゃいましょう!」
前世は三十代の理科教師、成瀬健一。その知識とチート能力を駆使して「お気軽なQOLの極み」を追求する双子にとって、険しい泥濘など、ただの「ちょっと路面状況が滑らかなだけの特設お茶葉売り場」に過ぎなかった。
アリス(理論・設計・数理担当)が、空気抵抗Fdと、レイノルド数Reに基づく境界層剥離の抑制システムを脳内の黒板に書き殴り、共有視界に投影した。
Fd = 1/2 Cdρv²A
τd = IgωgΩp
「(投影面積Aを極限まで小さくするため、乗車姿勢は完全に仰向け(リカンベント)にするわ! これにより空気抵抗係数Cd値は驚異の0.15以下に低減される。エレン、車体の表面には、撥水スライムジェル(第59話仕様)を極薄コーティングした超軽量カウルを被せ、レイノルド数による空気の剥離を抑え込んで! さらに、泥濘を走破するために、チタン製並行軌道サスペンション(第66話仕様応用)を前後に配置し、車体のローリングを防ぐために、ジャイロモーメントτd(自転慣性Ig、角速度 ωg)による『アクティブ減衰ジャイロスタビライザー(第52話仕様)』を連結するのよ!)」
「設計図ロックしたわ、アリス! だったら、私の神速クラフトで、チタン製の極薄サスペンションアームと、空気抵抗をゼロにするスライムカウルを一瞬で組み上げてあげる!」
エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先から、バチバチと精密な魔力放電が散る。
アリスが脳内CADで算出した「三次元空力カウル」の等高線に沿って、エレンは魔の森のチタンプレート(第28話仕様)とクモの糸カーボンをナノ精度で削り、滑らかな曲線を持つ「黒い流線型のカウル(バギー)」をものの数時間で組み上げた。
仕上げに、アリスは障害物をミリ秒単位で先読みして自動で避ける「超音波自動回避センサー」をフロントにセットした。
◇
「……えっ? わ、わたくし、なぜコタツから剥ぎ取られ、こんな地面スレスレで仰向けに寝そべるような、不気味な黒い流線型の棺桶(※バギーです)に拘束されているのですかぁぁぁ!!」
スウェット姿のまま、エレンによって「スプリンター・レックス」のナビ席へと放り込まれ、ガチガチにシートベルトを締められた堅物監察官イゾルデ。
その隣で、お気に入りのサウナハット(第51話仕様)を被ったアルドが、お気軽な顔でハンドル(※ペダル式クランク)を握っている。
「イゾルデ様、諦めてくだせえ。双子様のお茶会(QOL)のためだ、風になるだべ!」
「嫌ですわーーーっ! わたくしは公爵家の――」
「お使いシーケンス、起動! 目標、不帰の緑谷! テイクオフよ、エレン、アルド!」
「「スイッチ、オォォォン!!!」」
ガチャン!
エレンとアルドがペダルを漕ぎ出した瞬間、世界の理を完全に無視した「超高速の滑走」が始まった。
キキキキキキキキィィィィィィィィン……!!!!!
車体の底部に仕込まれた水晶ベアリング(第48話仕様)が、耳には全く聞こえない高周波の超音波ハミングを響かせ、
スプリンター・レックスは、一切のエンジン音も、魔力爆発音も、黒い煙すらも吐き出すことなく、
「無音」かつ「時速100キロ」という、生物の限界を超えた弾丸スピードで、
行く手を遮る濃霧を「フッ」と消滅させ(第78話の消霧シールド)、
立ち並ぶ巨木の隙間を、超音波センサーによる「自動回避(スカイフック制御)」によって、コンマ数ミリ単位の神速の蛇行で滑るように爆走し始めた。
カウルの表面は撥水スライムジェルによって摩擦がゼロになっており、
泥濘を突き進んでも、泥を一滴すらも跳ね上げることなく、大気と地面を切り裂きながら等速でスライドしていく。
「ひ、ひぃぃぃっっっ!!! 地面が! 地面が目の前を時速100キロで後ろに飛んでいくわーーーっっっ!!! なんですかこの、仰向けで寝そべったまま視界ゼロの樹海を爆走する、重力をバグらせた地獄のアトラクションはーーーっ!!!」
イゾルデが風圧に顔を歪ませながら大絶叫する。
だが、アリスのスカイフックサスペンション制御(第66話仕様)が完璧なため、車内は1ミリの縦揺れすら発生せず、イゾルデの膝の上に置かれた「お茶会用の茶碗」は、お茶が1滴もこぼれないほどの圧倒的な静寂を保っていた。
「あ、あれ……? 時速100キロで爆走しているのに、私の抱えたお茶碗が、ミリ単位のブレもなく静止していますわ……?」
「だべ? 双子様のアクティブ・サスは世界一だべ、イゾルデ様! さあ、茶葉の自生エリアに到着だべ!」
数分後、無事に「不帰の緑谷」の最深部、地属性の魔獣グランド・タートルの背中の上に自生していた、黄金に輝く「極上宇治抹茶」の茶葉を、からくりピッキングハンド(第75話仕様)でちゃっかり大量回収。
帰り道も、イゾルデの絶叫をBGMに、スプリンター・レックスの荷台をお茶の葉でパンパンに膨らませ、何事もなかったかのように屋敷へと帰還した。
◇
その夜。
コタツ(除湿ドライモード)を囲む、シルバーストーン家の一同。
テーブルの上には、第107話でエレンが焼き上げた厚さ5cmの「黄金のスフレパンケーキ」と、大冒険(第78話仕様)で手に入れたメープルシロップ。
そして、アジアン風の茶筅と、お気に入りの茶碗がずらりと並んでいた。
「さあ! 今夜のコタツBarは、収穫したての茶葉を使った『第一回シルバーストーン・コタツ・お抹茶点て方選手権』の開催よ!」
アリスが不敵に笑い、お茶会用マイク(第50話仕様)を握る。
「ルールは簡単! エレンの作った超微細からくり茶筅を使って、誰が一番きれいに、クリーミーな黄金の泡(お抹茶のフォーム)を点てられるか競うのよ! 勝者には、明日の『お掃除ロボ(第36話)のメンテナンスお休み権(第86話仕様)』と、パンケーキの追加トッピング権が与えられるわ!」
「望むところだべ、アリス様! 茶筅を振る速さ(ケイデンス)なら、俺の右腕は120,000 rpm(?)だべ!」
アルドがサウナハットを揺らして、からくり茶筅を握りしめる。
「わ、わたくしもアストレア公爵家の令嬢! お茶会の作法において、泥棒隠密に負けるわけにはまいりませんわ! ピチピチジャージ(スウェット)の袖をまくって、至高の泡を点ててみせますわ!」
イゾルデも、昼間の爆走パニックから完全復活し、目を血走らせて茶碗を構えた。
「私のターン、ドロー! じゃなくて、茶筅シェイク、オン!」
「ハッ! セイ! ホー!」
ガガガガガッ! カシャカシャカシャ! と、コタツの周りで、茶筅が目にも留まらぬ超高速の残像を置き去りにして動き出す。
アリスが共有視界で泡の「粒径分布」をリアルタイムで光学スキャン(スキャニング)し、「アルド、ちょっと手首の角度がブレて大気(気泡)が粗くなってるわ!」「イゾルデ、完璧なフォームよ! 泡のキメがベルベットのようよ!」と実況を絶叫する。
数分後。
「ポチッ」とエレンがタイマーを止める。
そこには、おちょこや茶碗の中で、クリーミーに細かく、エメラルドグリーンの艶やかな美しい泡を纏って輝く、点てたての「極上宇治抹茶」が並んでいた。
アリスが厳かに勝者を告げる。
「勝者、イゾルデ・フォン・アストレア! 泡のキメの細かさ、完璧な500nmよ!」
「や、やったわーーーっ!!! わたくしの、わたくしの完全勝利(QOL獲得)ですわーーーっっっ!!!」
イゾルデが大はしゃぎで両手を突き上げ、スフレパンケーキにメープルシロップをたっぷりとかけ、お抹茶をおちょこに注いで口に流し込んだ。
サクッ、フワッ……ジュワァァァッ!!!
ゴクッ、ツーーーーン……。
「お口の中が深緑の黄金(QOL)ですぅぅぅぅぅん!!!??」
口に入れた瞬間、フワフワのスフレパンケーキの甘みがメープルの重厚なコクを伴って溶け、
追いかけてきたお抹茶の、キリッとした上品な渋みと気品ある新緑の香りが、
お口の中で極上の冷熱・甘苦マリアージュ(エマルション)を起こし、大脳新皮質のエンドルフィンをダム決壊の勢いで溢れ出させていった。
「なんて、なんて美味しいの! 昼間の仰向け時速100キロ爆走の疲労が、この一杯とパンケーキの甘みで分子レベルで消滅していくわ……。私、もう一生このコタツの『お掃除ロボお休み権』を握りしめて、ここでだらだら暮らしますわぁぁ……」
イゾルデは涙とよだれをダラダラと流し、コタツの布団をギュッと抱きしめ、白目を剥いて完全に昇天(QOL完全降伏)した。
「旦那、このお抹茶のお湯割り、ウイスキー(第110話仕様)の後に飲むと、五臓六腑がととのって最高だべ! QOL最高だべぇぇ!」
アルドもサウナハットを被ったまま、涙を流してお抹茶を啜り、コタツの底へドロドロに溶けて沈んでいった。
「おやおや、アリス、エレン。この『お抹茶点て方バトル』、実に冬の夜会を豊かにしてくれるねえ」
「本当にねえ、エドワード。パンケーキの甘みとお抹茶の渋みが優しくて、心からととのうわねえ」
父エドワードと母レイラも、嬉々として茶筅を振り、コタツの上で「極上の和洋お茶会」を満喫していた。
「「ふふふふ……」」
お互いのツルツルキューティクル(第40話仕様)の髪を揺らしながら、大はしゃぎでハイタッチを交わす小さな双子。
窓の外では、月明かりの下、新たに目隠しをしてバイトメンバーに加わった査察使(第93話仕様)たちが、
「このお抹茶、実にお口のQOLが高すぎる……」
と、幸せそうな笑顔で、木製のお掃除ロボ(第36話)と並んで「スプリンター・レックス(※ただの二人乗りバギーです)」の清掃に励んでいた。
新章を迎えたシルバーストーン巨大観光特区には、目に見えない「極限の空気力学・ジャイロ力学技術」と、隣領の貴族や王都の役人たちを「一口飲むだけで胃袋の理性を奪われてコタツの奴隷にされる、恐るべき緑の魔薬(※ただのお抹茶です)の噂」が、優しく、そして最高にお気楽にコタツを温めながら、広がり続けるのだった。




