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第107話:皿の上で震える黄金の雲海

「……アリス、聞こえる? 私たちの脳内QOL(生活の質)防衛ガイドライン(別腹スイーツ部門)が、お使い大冒険(第78話)で手に入れた極上メープルシロップと淹れたての樹海コーヒーの香りを前にして、かつてない『お口に入れた瞬間にシュワッと消える、あの純喫茶風の極上スフレパンケーキ』を求めて、大臀筋を激しく震わせるデモ行進を始めているわ……!」

「聞こえるわエレン。というか、共有されている私の大脳新皮質も、プリン(第73話)の次に到達すべき『泡の極限QOL』として、お皿の上でフルフルと震えるあの黄金の雲海(スフレ)を今すぐ胃壁に流し込めと狂暴なパルスを送信し続けているわ。だけどね、スフレパンケーキの命であるメレンゲを、手作業で二十分間も泡立てるなんてタイムロスはだらだらスローライフの美学に反するわ。熱力学と高分子・界面化学の理をハックして、3秒で完璧な絹のメレンゲを物質化するわよ!」


シルバーストーンQOL巨大観光特区の台所。

完璧に除湿されたドライコタツ(第65話仕様)から這い出てきた銀髪の双子は、お揃いのエプロンをキュッと締め直し、かつてない「泡への執念」を燃やしていた。


前世は三十代の理科教師、成瀬健一。その知識とチート能力を駆使してお気楽に美味しいものを貪る双子にとって、メレンゲ作りに時間がかかる不条理など、真っ先に自動化(ハック)されるべきものだった。


「いい、エレン? メレンゲとはね、卵白に含まれるタンパク質(アルブミンなど)が攪拌(かくはん)の力で空気と混ざり、その表面張力が低下して気泡を包み込むことで生まれる高分子の泡よ。これを数秒に短縮するために、理想気体の状態方程式をハックするわ!」

アリス(理論・設計・分子化学担当)が脳内の黒板に、気体の熱力学公式を書き殴る。


 PV = nRT


「(ボウルの中に少量の卵白を入れ、そこから『からくり真空ポンプ』で急速に空気を抜いて内部圧力Pを急低下させるの。温度Tと物質量nが一定ならば、圧力Pの低下に反比例して、卵白に含まれる極微量の気泡の体積Vは一瞬で数十倍に急激に膨張するわ! この圧力差による自己膨張を利用して、一瞬にして絹のように滑らかな『超微細高圧ホイップメレンゲ』を分子レベルで固定するのよ!)」

「最高よアリス! 物理の圧力差で泡を作るのね! だったら、私の『超精密魔力クラフト・3次元密閉チタンボウル成形(120,000 rpm)』で、真鍮の減圧バルブを備えた高気密ボウルを一瞬で削り出してあげる!」


エレン(実技・精密加工・物理演算担当)の指先から、バチバチと精密な魔力放電が散る。

アリスが脳内スパコンで計算した「吸着効率を最大化する空気流路」の3D幾何学設計図に沿って、エレンの指先(マルチアクチュエーター)が、チタンプレート(第28話仕様)を一瞬で高気密なフタ付きボウルへと削り出し、真空ポンプの真鍮製ギヤ(第36話仕様)と連結。

一人が「高分子界面化学&理想気体状態変化シミュレーター(ソフト)」、一人が「ナノ精度放電カッター&高圧密閉チャンバー(ハード)」。

双子の超絶連携により、コタツの横には、不気味に真鍮の減圧バルブと圧力計を備えた「真空急速起泡ボウル・バブルマイン」が爆誕した。


◇


「よし、エレン! 卵白3個分、投入よ! 真空クラッチ、接続!」

「スイッチ、オォォォン!!!」


ガシャ、ガシャン! とエレンが起動レバーを倒す。

からくり真空ポンプが駆動し、チタンボウル内の空気が「ゴォォッ!」と強制吸引され、内圧が一気に0.2気圧まで急降下。理想気体の状態方程式 PV = nRT に従い、卵白内の微細な空気が一瞬で急激に自己膨張を起こす。


だが、コタツ(除湿ドライモード)の上で、お気に入りのサウナハット(第51話仕様)を被ってのんきにハチミツレモネードを啜っていたアルドが、

「お嬢様、その真鍮のバルブ、ちょっと緩んでて空気が漏れてる気がするべ……」

と、うっかりその「バブルマイン」の減圧バルブに手を触れてしまった。次の瞬間。


ポッ、ポポポンッ!

プシューーーーーーーッッッッッ!!!!!


「「――あ、アルド! そこを触ってはダメよ! 差圧が一瞬で――」」


アリスとエレンが叫んだその刹那、極限の2気圧近い圧力差が、アルドのうっかりによって一瞬にして大気へとパージ(解放)された。

内なべの中で急膨張していた、ハチミツとバニラエッセンスが配合された「最高級の極薄メレンゲ」が、

圧力解放の凄まじい衝撃波(※ただの空気圧です)によって、

「ブシャァァァッ!!!」

と、コタツの周りに向かって、大砲のように四方八方に大爆発(スプラッシュ)を起こして吹き飛んでいった。


フワフワフワフワフワッ……!!!


「「「「ひ、ひゃあああああああ!!!???」」」」


次の瞬間、コタツのまわりは一瞬にして「真っ白な雲海」に包まれた。

お揃いのサウナハットを被ったアルドも、

スウェット姿のイゾルデも、

父エドワードと母レイラも、

そして双子までもが、頭からつま先まで、ハチミツバニラの極上アロマ(いい香り)が漂う、真っ白でフカフカ、もっちもちの「メレンゲの泡」で全身をドロドロにデコレーションされて立ち尽くしていた。


「な、何ですかこれはぁぁぁ! わたくしのスウェットが、生クリームの怪物(※ただのメレンゲです)に包まれて……ん? ……ペロリ」

イゾルデが、自分の頬に飛んできた泡を、おそるおそる舐めてみた。その瞬間。


「甘ぁぁぁぁぁぁぁい!!! なにこれ、フカフカで冷たくて、お口に入れた瞬間にハチミツの甘みだけを残して消えていくわ! QOL完全大崩壊(美味しい)ですわーーーっ!!!」

「だべ? お嬢様方の泡は、世界一美味しいべ! ぺろぺろ、甘くて最高だべぇぇ!」

アルドも大はしゃぎで自分のサウナハットについたメレンゲを舐めている。


「あら、みんな。メレンゲまみれで遊んでる場合じゃないわよ。エレン、急冷プレートで、そのまわりのメレンゲを一気に『スフレパンケーキ』に焼き上げなさい!」

「オッケーお姉ちゃん! 『魔力サーモスタット・水蒸気対流ドームホールド』!」


エレンが、コタツのテーブルに敷き詰めた極厚チタンプレート(第85話仕様)を瞬時に摂氏150℃に加熱。

まわりに飛び散っていた極上のメレンゲ生地をスプーンですくい、チタンプレートに落としてステンレスドームを被せる。

プレートの上では、完璧な対流熱が循環。

ドームの隙間から、シュウウウウウッ……!と温かい高熱水蒸気が噴き出し、

お部屋の中に、焼き立ての甘い小麦粉と焦がしバター、そして卵の濃厚な匂いが大爆発した。


数分後。

「ポチッ」とエレンがコタツから伸ばした指先で火を消し、ドームを開ける。

そこには、お皿の上でフルフルと艶やかに揺れる、厚さ5cmの超極厚スフレパンケーキが並んでいた。

アリスが、大冒険(第78話仕様)で手に入れた「極上メープルシロップ」をトロ〜リとたっぷりとかける。


「「いっただっきまーす!!」」


イゾルデもおちょぼ口を開けて、パンケーキをお口に放り込んだ。


――サクッ、フワッ……ジュワァァァッ!!!


「お口の中が黄金の雲海(QOL)ですぅぅぅぅぅん!!!??」


口に入れた瞬間、極限の真空膨張で作られた絹のメレンゲが『サクッ』と心地よい音を立てて崩壊し、お口に入れた瞬間にフワッとほどけて、なめらかに、まるで空気のようにとろけて消えていく。

「メープルシロップの重厚な甘みの奥から、樹海コーヒー(第78話)のキリッとした苦味が追いかけてきて、身体の芯からととのう(QOL完全降伏)わぁぁ……!」

イゾルデは涙とよだれをダラダラと流し、コタツの布団をギュッと抱きしめたまま、白目を剥いて完全に昇天(降伏)した。


「旦那、このパンケーキ、ハチミツミルクとも最高にマッチしてやすぜ! 100枚おかわりだべ!」

アルドもサウナハットを被ったまま、涙を流してパンケーキをかじり、コタツの底へドロドロに溶けて沈んでいった。


「「ふふふふ……」」


お互いのツルツルキューティクル(第40話仕様)の髪を揺らしながら、大はしゃぎでハイタッチを交わす小さな双子。


窓の外では、月明かりの下、新たに目隠し(第70話仕様)をガチ巻きしてバイトメンバーに加わった王都の査察使(第93話仕様)たちが、

「このパンケーキ、実にお口のQOLが高すぎる……」

と、幸せそうな笑顔で、木製のお掃除ロボ(第36話)と並んで、コタツのまわりに飛び散った甘いメレンゲの泡を、綺麗に、そしてお気軽にお掃除(お掃除)に励んでいた。

新章を迎えたシルバーストーン巨大観光特区には、目に見えない「極限の高分子界面化学・理想気体状態変化技術」と、隣領の貴族や王都の役人たちを「一口食べるだけで胃袋の理性を奪われてコタツの奴隷にされる、恐るべき黄金の雲海の噂」が、優しく、そして最高にお気楽にコタツを温めながら、広がり続けるのだった。

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