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第89話 不老不死の初期ロットと100億ドルの値札、あるいは最高会議における命の定価

 ニューヨークと東京をメインサーバーとして構築された、国際公式探索者ギルド連盟――通称I・G・Uの専用仮想現実(VR)会議室。

 そこは物理的な距離や時差を完全に無視した、世界の絶対的支配者たちのみが集う極秘の円卓である。

 大理石を思わせる冷たくも荘厳な質感のホログラムテーブルを囲むのは、アメリカ合衆国大統領、日本の内閣総理大臣をはじめとする主要各国のトップたち。

 そして、それら国家元首と同等、あるいはそれ以上の権力を持って特等席に座る俺、八代匠だ。


 今日の会議室の空気は、これまでにないほど華やいでいた。

 先日のスイス・アルプス山脈における『白亜の神獣』討伐戦。日米の精鋭を中心とした合同レイド部隊が、俺の用意した500億円の特効装備を身に纏い、死闘の末に見事あの理不尽な氷の化け物を打ち倒したのだ。

 その報酬として人類が手に入れた神話級アーティファクト『エリクサー生成機』。

 あらゆる病、欠損、そして肉体の老化すらも全盛期へと巻き戻す、文字通りの奇跡の泉。

 その確保が確定した今、彼らの顔には隠しきれない歓喜と、これから自分たちが手にするであろう「永遠に近い健康」への期待が露骨に浮かんでいた。


「――いやはや、諸君。我々はついに成し遂げたな。人類は死の恐怖から一歩、確実な前進を遂げたのだ」


 アメリカ大統領が、恰幅の良い腹を揺らしながら満面の笑みで言い放った。

 彼の言葉に、中東の王族やヨーロッパの首相たちが、それぞれにVR上のグラスを掲げて賛同の意を示す。


「全くですな。スタンピードの危機を乗り越え、さらにこのような至宝を手に入れるとは。I・G・Uの設立は大正解でした」

「我々の決断が、世界の歴史を塗り替えたのです。神もこの偉業を称えておられるでしょう」


 浮かれている。

 完全に浮かれている。

 俺は冷めた目で、その祝賀ムードの円卓を見渡した。

 彼らは神獣の直接的な恐怖を味わっていない。安全な地下シェルターからモニター越しに戦いを見ていただけだ。だからこそ、手に入れた果実の甘さだけを純粋に享受できている。

 まあ、パトロンとしてはそれで正解なのだが。


「……皆様、少しよろしいでしょうか」


 俺はわざとらしく咳払いをし、マイクのスイッチを入れた。

 俺の低い声がVR空間に響き渡ると、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

 彼らは知っている。この至宝を「使う」ためには、俺の力が必要不可欠であることを。


「お祭り気分のところ申し訳ありませんが、いくつか実務的な確認をしておきたい。

 まず、先日日本政府内で決定した件についてですが……。日本の天皇家へ献上する予定のエリクサー分は、アルカディアからの『予約』という扱いにさせてもらいます。これで異論はありませんね?」


 俺の言葉に、日本の総理が深く頷いた。


「ええ、その件については八代顧問の全面的なお力添えに感謝しております。皇室の安寧は我が国の最優先事項。I・G・Uの皆様にもご理解いただきたい」


 他国の首脳たちは、軽く頷くか、あるいは無言で承諾の意を示した。

 日本の象徴に対する献上は、政治的な火種になりにくい。それに、日本がエリクサーの生成において圧倒的な貢献(後述する素材の供給)をしている以上、最初の枠の一つを押さえることに文句は言えなかった。


「さて、ここからが本題です」


 俺は手元の端末を操作し、円卓の中央にエリクサー生成機のホログラムと、それに付随するスペックデータを投影した。


「皆さんはこの機械が、水道の蛇口をひねるように無限にエリクサーを出してくれる魔法の壺だと勘違いしていませんか?

 以前にも説明しましたが、このアーティファクトを稼働させるには『A級魔石』が必要です」


 A級魔石。

 B級魔石40個を特殊な術式と高圧プレスで融合させ、莫大なコストと時間をかけて精製する人工の魔力結晶。

 現在、これを安定して供給できるのは、俺の【万象の創造】のノウハウを組み込んだアルカディアの生産ラインだけだ。


「今のアルカディアの生産ラインで、無理なく供給できるA級魔石の数を考慮し、安全マージンを取って計算すると……。

 エリクサーの生成ペースは、おおよそ『月1本』といったところです」


「おおっ……!」


 月に1本。

 その具体的な数字が提示された瞬間、会議室から歓声ともため息ともつかない声が上がった。

 少ないと思うか? いや、彼らにとっては十分すぎる数字だ。

 不老不死の霊薬が、毎月確実にこの世に産み出される。その事実だけで、彼らの寿命に対する絶望感は綺麗に払拭されたのだから。


「月に1本か。素晴らしい。年間で12本。我々主要国のトップの数を考えれば、十分に回る計算だな」

「ええ。順番待ちにはなりますが、確実な供給があるのは心強い」


 彼らの顔には余裕があった。

 自分たちはI・G・Uのトップなのだ。待っていれば必ず順番は回ってくる。そう確信している顔だ。

 俺は少し意地悪な笑みを浮かべ、彼らを見回した。


「えーと、じゃあお聞きしますが。

 まずこの中で、重病で今すぐ、今月にでもエリクサーを使いたいという方、いらっしゃいますか?」


 俺の問いかけに、円卓は水を打ったように静まり返った。

 シーン……という擬音が聞こえてきそうなほどの沈黙。


 誰も手を挙げない。

 お互いの顔をチラチラと牽制するように見合っている。


 当然だ。

 ここにいるのは世界の頂点に立つ権力者たち。彼らは最高の医療チームを抱え、日々の健康管理は完璧に行われている。年齢による衰えはあるものの、明日明後日どうにかなるような致命的な病を抱えている者は、少なくともこの場にはいない。

 もしここで手を挙げれば、「私はもう長くありません」と全世界に向けて自らの健康不安を暴露することになる。それは政治家にとって、権力基盤の弱体化に直結する致命傷だ。

 だからこそ、誰も「今すぐ欲しい」とは言えない。

 彼らが欲しいのは「治癒」ではなく、いざという時のための「安心」であり、そして何よりも「若返り」という究極のアンチエイジングなのだ。


「おっと。誰もいらっしゃらないんですね」


 俺はわざとらしく驚いたような声を出した。


「皆さんが健康で何よりです。

 ……じゃあ、最初の1個、どうします?

 I・G・Uの誰かが使うわけでもなく、ただ金庫にしまっておくのも宝の持ち腐れでしょう。

 ここは手堅く、オークションで民間に放出しますか?」


 俺の提案に、首脳たちの表情がピクリと動いた。

 民間への放出。

 それはつまり、自分たち以外の人間が、この奇跡の恩恵を最初に受けることを意味する。


「民間に放出……。しかし、それほどの代物を軽々しく市場に出して良いものか?」

 フランス大統領が難色を示す。


「実際、いくらで売れるというんだ?」

 中東の王族が、目を輝かせて身を乗り出した。

 彼らは金で買えるものなら何でも買うが、自らが売る側に回った時の利益にも敏感だ。


「そうですね……。月1本しか生産できない、完全なる供給不足の超希少アイテムですからね……」


 俺は顎に手を当て、少し考えるふりをした。

 エリクサーの価値。命の値段。

 それは一般の探索者装備とは次元が違う。


「『100億ドル』からが手堅いと思いますね」


 俺がサラリと言い放ったその数字に、会議室の空気が一瞬で凍りついた。


「……100億ドル、だと?」


 アメリカ大統領が、信じられないというようにオウム返しにする。

 現在の為替レートで言えば、ざっと1兆円。

 一国の国家予算にも匹敵するような金額だ。

 それを、たった一つの小瓶のスタート価格に設定するというのか。


「どうせ買うのは、金持ちか富豪でしょうし。

 彼らにとって、自分の命や若さを金で買えるなら、資産の半分を投げ打ってでも欲しいはずです。

 100億ドル。まあ、妥当なラインじゃないですかね?」


 俺の冷徹なビジネスライクな口調に、首脳たちは顔を見合わせた。


「100億ドルか……。確かに、世界中の大富豪を相手にするなら、それくらい吹っ掛けても買う奴はいるだろうな。

 それに、その莫大な売上金がI・G・Uの運営資金に回るのなら、我々にとっても悪い話ではない。

 ……まあ妥当か」


 ロシア大統領が、腕を組みながら納得したように唸った。

 彼らは、自分たちのお財布が痛むわけではないので、価格がどれだけ吊り上がろうが知ったことではないのだ。むしろ、高ければ高いほど「自分たちが独占している権利の価値」が証明されるため、喜ばしいとすら思っている。


「えーと……今のレートで1兆円ですか。

 それは凄いですね。一般人はまず無理、富豪でも大多数は無理ですね……」


 日本の総理が、額の汗を拭いながら引きつった笑いを浮かべた。

 日本円で1兆円。

 一企業の社長レベルでは到底手が届かない。大手企業の内部留保を全て吐き出して、ようやく勝負のテーブルに上がれるかどうかという狂った金額だ。


「そうですね。いわゆる『デカビリオネア(資産100億ドル以上の超富裕層)』と呼ばれる人たちですね」


 俺は総理の言葉に頷いた。

 イーロン・マスクやベルナール・アルノーのような、世界長者番付のトップテンに入るような連中。

 あるいは、表には出てこないが、産油国で莫大なオイルマネーを独占している王族たち。

 彼らこそが、このオークションの真のターゲットだ。


「しかしヤシロ殿。本当に放出する意味はあるのか?」


 不意に、イギリス首相が懸念を口にした。


「我々が今すぐ使わないにしても、いざという時のために保管しておくべきではないか?

 もし明日、ここにいる誰かが凶弾に倒れたり、不治の病に倒れたりした時、手元にエリクサーが一つも無ければどうするのだ。

 100億ドルの利益よりも、我々指導者の命の保証の方が優先されるべきだ」


「確かに……それも一理ある」

「売ってしまった後で必要になったら、目も当てられん」


 首脳陣の一部から、同調する声が上がり始めた。

 彼らはやはり、根底では自分の保身が最優先なのだ。

 数兆円の現金よりも、自分の机の引き出しにしまってある「残機」の方が価値がある。


「まあ、そこは考える必要がありますね……」


 各国首脳が腕を組み、難しい顔で唸り始める。

 せっかくのオークション計画が、保守的な老人たちの恐怖によって頓挫しかけていた。


「ちょっと待って下さい」


 俺は手元の端末を叩き、わざとらしく計算する素振りを見せた。

 カチャカチャというタイピング音が、静まり返ったVR空間に響く。

 もちろん、計算などとうの昔に終わっている。

 これは、彼らに「安心感」を与えるためのパフォーマンスだ。


「……えー、今までアルカディアで極秘裏に精製し、溜め立ててきたA級魔石のストックがあるんで。

 今すぐ稼働させれば、一気に『5個』はエリクサーの在庫が作れそうですね」


「なっ……!? 5個だと!?」


 アメリカ大統領が身を乗り出した。


「月1本という話ではなかったのか!?」


「ええ、通常稼働なら月1本です。ですが、神獣討伐の準備期間中から、私はこの事態を想定して、B級魔石をかき集め、フル稼働でA級魔石への圧縮作業を進めていました。

 その備蓄分を使えば、初期ロットとして5本、一気に精製可能です。

 5個あれば、万が一の事態に対する『在庫』としては充分じゃないでしょうか?

 ここにいる全員が、同時に不治の病にかかる確率なんて天文学的数字ですし」


 俺の言葉に、首脳たちの顔にパッと明るい光が差した。

 5個。

 自分たちのための予備が5個もある。

 それならば、1個くらい下々に売り飛ばして、莫大な運営資金を得るのも悪くない。


「じゃあ、大丈夫か」

「うむ。それならば民間に放出しても良いんじゃないか?」

「I・G・Uの活動資金も必要だからな。100億ドルは魅力的だ」


 あっさりと、彼らの意見は「売却賛成」へと傾いた。

 現金なものだ。自分の安全さえ担保されれば、他人の生き死にや市場の狂乱などどうでもいいのだ。


「100億ドルでオークション販売するのは良いが、ただ売るだけでは能がないな」


 アメリカ大統領が、政治家特有の狡猾な笑みを浮かべた。


「継続的なI・G・Uの運用資金も欲しい。

 オークションの参加条件として、まず『毎年10億ドルの寄付』が必須、といった継続的な縛りにした方が良いな。

 単発の売上で終わらせず、彼ら富裕層から永続的に富を吸い上げるシステムを構築するべきだ」


 大統領の提案に、他の首脳たちも「なるほど」と頷く。

 さすがは資本主義の権化。搾取の仕方をよく分かっている。

 だが、俺は少し眉をひそめた。


「うーん……あんまりハードル上げても、買う人が少なくなりそうですがね。

 100億ドルの即金に加えて、毎年10億ドルの固定費。

 いくら不老不死の薬とはいえ、個人でそれをポンと出せる人間は限られてきますよ」


 俺は冷静に分析を述べた。


「まあ、個人ではなく『企業連合コンソーシアム』とかなら行けるか?

 複数の大企業が資金を出し合って、自社のトップを延命させるための共同ファンドを作る……という形なら、現実味がありますね」


 巨大な軍産複合体や、GAFAMのようなテック企業連合。

 彼らなら、自分たちのカリスマ経営者を不老不死にするためなら、それくらいの出費は惜しまないだろう。

 そうすれば、世界経済のトップ層は完全にダンジョン経済(俺たち)に首根っこを掴まれることになる。


「寄付の話はおいおい決めましょうか。細かい規約を詰めていると時間がかかります。

 とりあえずは、シンプルに『オークションで売却する』という方向で良いですね?」


 俺が確認を取ると、首脳たちは全員一致で頷いた。


「よし。

 予備5個あるんで、間に合うならそれはI・G・U最高議会が使うということで!」


 俺は高らかに宣言し、会議を締めくくった。


 これで決まりだ。

 世界初の「エリクサー・オークション」。

 開始価格100億ドルという、人類史上最も狂った競り合いが幕を開ける。


 VRゴーグルを外し、現実のマスターオフィスに戻った俺は、大きく背伸びをした。


「……ふぅ。

 どいつもこいつも、自分の命が一番大事ってこった。

 だからこそ、商売はやりやすいんだけどな」


 窓の外、東京の街は今日も平和に輝いている。

 だが、数日後にこのオークションの告知が出た瞬間、世界の富裕層は血眼になって資産をかき集め始めるだろう。

 株は乱高下し、企業買収が頻発し、血の流れない経済戦争が勃発する。


「1兆円の薬か。

 ……せいぜい、高く買ってくれよな」


 俺は冷めたコーヒーを飲み干し、一人で静かに笑った。

 世界はまた一つ、俺の描いた盤面の上で狂ったステップを踏み始めるのだ。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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寄付を強制するなら首脳陣が使った国も毎年10億ドル供出するようにしないとね
毎年寄付強制は強欲すぎやろ
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