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第88話 玉座への献上品と沈黙する議場、あるいはエリクサーがもたらす絶対の安泰

 永田町、国会議事堂に隣接する衆議院第一議員会館の特別会議室。

 そこには、日本の政治を動かす重鎮たちが顔を揃えていた。

 与党の派閥領袖たち、野党の党首クラス、そして各省庁のトップ官僚。普段であれば、互いの揚げ足を取るために血眼になり、メディア向けのパフォーマンスに終始する彼らだが、今日の空気は異様だった。


 誰もが押し黙り、机の上で組んだ手にじっと視線を落としている。

 会議室の空調が微かな音を立てているのがやけに耳障りに感じられるほど、室内は重苦しい緊張感に包まれていた。

 この「超党派ダンジョン対策特別委員会」に召集された理由はただ一つ。

 I・G・U(国際公式探索者ギルド連盟)の厳正なる抽選によって日本が見事獲得した、たった一つの『身代わりの聖石』――その所有権を誰にするか、という国家の最高機密にして最大の火種に決着をつけるためである。


 俺、八代匠は、その円卓の末席――しかし、誰もが無視できない「最高技術顧問」という特等席に座り、冷めた目でこの茶番を眺めていた。


(……さて、総理。あんたの覚悟、見せてもらおうか)


 俺は手元のミネラルウォーターのペットボトルを弄びながら、上座に座る内閣総理大臣へと視線を向けた。

 先日、ホテルの密室で疲労困憊だった姿とは打って変わり、今日の総理の顔には、ある種の憑き物が落ちたような、研ぎ澄まされた覇気が宿っていた。


「――皆様、本日はお集まりいただき感謝する」


 総理が静かに、しかしよく通る声で口を開いた。

 その一声で、会議室の空気がピリッと張り詰める。与党の長老議員たちが、まるで獲物を狙う猛禽類のような目で総理を睨みつけた。彼らは内心で「俺によこせ」と叫んでいるのだ。野党の議員たちは、与党の失態を突こうと舌なめずりをしている。


「本日の議題である『身代わりの聖石』の運用についてだが。すでに各方面から様々なご意見を頂戴している。国家の危機管理上、内閣総理大臣たる私が保有すべきという声。あるいは長年国政を支えてこられた重鎮にこそふさわしいという声。……いずれも、国を想えばこそのご意見だと理解している」


 総理はゆっくりと議場を見渡した。


「だが、私は一国の宰相として、この至宝を単なる政治的な駆け引きの道具や、個人の延命のために消費することは、我が国の国益、ひいては国民の信託を裏切る行為であるとの結論に至った」


「……総理、それはどういう意味ですかな?」


 与党最大派閥のボスである大山議員が、不快感を隠そうともせずに口を挟んだ。


「この石は、命の保険ですぞ。国を導く者が万が一の事態に見舞われた時のための、究極の危機管理。それを政治の道具などと……」


「大山先生のおっしゃる通りです」


 総理はあっさりと同意し、しかし直後に言葉の刃を振り下ろした。


「だからこそ、この日本という国において、最も尊く、最も守られるべき存在にこそ、この聖石を捧げるべきだと考えております。私は、政府を代表し、この『身代わりの聖石』を……天皇家、すなわち皇室へ献上する案を正式に提案いたします」


 ――静寂。

 文字通り、息を呑む音すら聞こえないほどの絶対的な静寂が、会議室を支配した。

 大山議員は口を半開きにしたまま固まり、野党の党首は持っていたペンを取り落とした。

 官僚たちは目を丸くし、互いの顔を見合わせている。


 数秒の後、堰を切ったように怒号とどよめきが爆発した。


「なっ……皇室への献上だと!?」

「総理、正気ですか! これは国防の要とも言えるアイテムですぞ!」

「政治利用ではないか! 皇室を巻き込むなど……!」

「だが、天皇陛下がお持ちになるというのなら、誰が反対できるというのだ……?」


 与党はパニックに陥り、野党は攻め口を見失って狼狽している。

 無理もない。総理大臣や派閥のボスが持つと言えば「税金の私物化だ」と叩けるが、日本の象徴である天皇陛下への献上となれば話は全く別だ。

 これに真っ向から反対すれば、「陛下のお命より自分の命が大事なのか」という国民からの猛烈なバッシングを浴びることになる。政治家として、それは致命傷だ。


「総理! いくらなんでも突飛すぎます!」


 防衛省の幹部が立ち上がった。


「確かに皇室は我が国の象徴ですが、テロや暗殺のリスクに常に晒されているのは我々政治家や行政府の人間です! 実用性の観点から言えば、宝の持ち腐れになる可能性が高い!」


「その通りだ! これはあまりにも無責任な責任放棄だ!」


 議場が紛糾し、総理を非難する声が上がり始めた。

 総理の顔に微かな焦りが浮かぶ。ここまでは彼の想定内だろうが、この荒波を鎮めるには、彼一人の力では足りない。

 だからこそ、俺がここに呼ばれているのだ。


「……少し、よろしいですか」


 俺はマイクのスイッチを入れ、低く、しかしよく通る声で議場に割り込んだ。

 その声は、熱り立っていた議員たちを一瞬で黙らせるだけの重さを持っていた。

 I・G・U最高技術顧問。アルカディアのギルドマスター。

 現代の魔法使いにして、この国の経済と安全保障の首根っこを握る男。

 俺の言葉は、この場においていかなる政治家の演説よりも重い。


「八代先生……。専門家として、この突飛な案をどう思われますか?」


 大山議員が、すがるような目で俺を見てきた。俺が「実用性に欠ける」と一蹴してくれることを期待しているのだろう。

 だが、俺は冷ややかに笑い、総理へと視線を送った。


「私は、総理の案を全面的に支持します」


「……なっ!?」


 大山議員が絶句する。俺は構わず言葉を続けた。


「ダンジョンの至宝は、日本の象徴にこそふさわしい。私はそう確信しています」


 俺は立ち上がり、プロジェクターの画面を操作して、身代わりの聖石の鑑定データを映し出した。


「皆さんは、このアイテムを『便利な命の保険』程度にしか考えていないようですが、それは大きな間違いです。これはダンジョンの深淵から生み出された神話級のアーティファクトです。人間のちっぽけな権力闘争のために消費されるような、安い道具ではない」


 俺は議場を見渡した。


「考えてもみてください。今、世界中でこの石を巡って何が起きていますか? 大国が小国を金で買収し、武力で脅し、醜い争奪戦を繰り広げている。もし日本国内で、特定の政治家がこれを持てばどうなります? 『なぜあいつが』『税金の私物化だ』と国民の不満は爆発し、政権は崩壊するでしょう」


「うぐっ……」


「ですが、皇室に献上するとなれば話は別です。国民の誰もが納得し、日本の結束は揺るぎないものになる。アーティファクトという超越的な存在は、超越的な権威を持つ場所に収まるのが、最も社会を安定させる『最適解』なんです」


 俺のロジカルな、しかし反論を許さない断言に、会議室の空気が完全に変わった。

「八代匠が支持している」。その事実だけで、この案は単なる総理の思いつきから、国家の最高戦略へと昇華されたのだ。


「し、しかし八代さん!」


 野党の若手議員が、必死に食い下がってきた。


「安全性はどうなんですか!? 得体の知れないダンジョンの産物を、陛下のおそばに置くなど危険極まりない! もし副作用があったらどうするんですか! 呪いがかかっているかもしれないんですよ!?」


 もっともな懸念だ。未知の魔法アイテムに対する恐怖。

 俺は小さく鼻で笑い、彼を一瞥した。


「副作用? 呪い? ……私の『SSS級鑑定』を疑うのですか?」


「ひっ……い、いえ、そういうわけでは……!」


「副作用もデメリットも、一切ありません」


 俺はきっぱりと断言した。


「私はこの目で、この石の構成式を細胞レベル、いや魔力素子レベルまで解析しました。これは純粋な『因果律の巻き戻し』機能しか持っていません。発動した瞬間、対象者の肉体は死の直前の無傷の状態へと完全にロールバックし、石は砕け散って消滅する。呪いなどというオカルトが入り込む余地は1ミリもありません。完全に、そして絶対的に安全です」


「な、なるほど……専門家であるあなたがそこまで仰るなら……」


「ただし」


 俺は声を潜め、議場の緊張をさらに高めた。


「副作用はありませんが、『リスキル』のリスクはあります」


「リスキル……ですか?」


「ええ。この石は『その場で』蘇生させます。例えば爆弾テロに遭って吹き飛ばされたとしましょう。石が発動して無傷で生き返る。ですが、その直後にテロリストが銃を乱射してくれば、二度目の死を迎えることになります。石は死因となった環境まで消し去ってくれるわけではないんです」


 その残酷な仕様に、議員たちの顔が青ざめる。

「なんだ、完全な無敵じゃないのか」という落胆の声が漏れる。


「ですから、当然ですが現在のSPによる厳重な警備体制は維持する必要があります。万が一の事態が起きた時、石が発動して蘇生している数秒の間に、SPが脅威を排除して安全を確保する。この『物理的な護衛』と『魔法の保険』が組み合わさって初めて、鉄壁の守りが完成するのです」


 俺は総理に向かって頷いてみせた。


「皇室の警備は、警察の威信をかけた日本最高峰のものです。そこへさらに『一度の死を無効化する』という絶対のアドバンテージが加わる。警備の難易度は劇的に下がり、安全性はこれまでの比ではなくなります。私が保証しますよ」


「……確かに。八代氏の言う通りだ。警備と聖石の組み合わせならば、理にかなっている」


 警察庁の長官が、深く頷いた。

 現場の負担が減り、かつ絶対的な安全が担保されるのであれば、反対する理由はないのだ。


「しかし、病気や寿命といった『内因性の死』には効かないのでしょう? それでは、究極の安全とは言い切れないのでは……」


 未練がましく食い下がる与党議員に対し、俺はとっておきのカードを切ることにした。


「その点についても、抜かりはありません」


 俺はプロジェクターの画面を切り替えた。

 そこに映し出されたのは、スイス・アルプスの雪山で、アルカディアのメンバーが巨大な白き神獣を打ち倒す瞬間の映像。そして、その後に現れた美しく輝く泉――『エリクサー生成機』の画像だった。


「先日、我がギルド『アルカディア』が中心となり、日米合同レイドチームによってアルプスの神獣が討伐されたことはご存知ですね?」


「ええ、もちろん。世界的な快挙でしたな」


「あの神獣の討伐において、決定的な勝因となったのは何か。アメリカの圧倒的な火力か? 自衛隊の鉄壁の盾か? ……いいえ、違います」


 俺はニヤリと笑った。


「私が派遣したアルカディアの『バフ・デバフ専門部隊』です」


 俺は画面を操作し、神獣に十重の呪いがかけられ、探索者たちに異常なまでのチャージバフが付与される瞬間のデータログを表示した。


「神獣の防御力をマイナス域まで引き下げ、味方の火力を限界突破させる。我々の支援サポートがなければ、あのレイドは間違いなく全滅していました。I・G・Uも、我々アルカディアの貢献度を『最高ランク』と認定しています」


 事実だ。俺の裏工作がなければ、今頃スイスの雪山には数万体の氷像が立ち並んでいただろう。


「そして、その最大の貢献者たるアルカディアには、神獣討伐の報酬である『エリクサー生成機』から生み出されるエリクサーを優先的に受け取る権利があります。もちろん、生成に必要なA級魔石を安定供給できるのも、現在世界で我々だけです」


 俺は議場をゆっくりと見渡した。


「お分かりですか?

 外因性の死(テロや事故)は『身代わりの聖石』で防ぐ。

 そして内因性の死(病気や怪我、老衰)の脅威が迫った際には、我々アルカディアが提供する『エリクサー』を使用する。

 この二段構えの防衛網を構築することで、初めて『絶対の安泰』が約束されるのです」


 会議室は、完全に沈黙した。

 反論の余地がない。

 聖石による物理的防御と、エリクサーによる生命の維持。

 この二つが揃えば、それはもはや人間の領域を超えた「神の庇護」に等しい。

 そして、その両方の鍵を握っているのが、目の前にいる八代匠という男なのだと、彼らは思い知らされたのだ。


「総理の提案する『皇室への献上』。これにアルカディアの提供するエリクサーのバックアップをお付けしましょう。……これで、文句のある方はいらっしゃいますか?」


 俺の凄みのある声に、野党も与党も、大山議員でさえも、ただ首を横に振るしかできなかった。

 大っぴらに否定すれば、皇室の安全を軽視しているとみなされる。

 それに、ここで八代の機嫌を損ねれば、将来自分たちが病気になった時にエリクサーを回してもらえなくなるかもしれない。

 彼らの計算高い脳髄は、瞬時に「降伏」の二文字を弾き出していた。


「……異議、なし」

「……賛成します」

「総理の案で、進めましょう」


 パラパラと、しかし確実に同意の声が広がり、やがてそれは会議室全体の総意となった。

 満場一致。

 日本の政治を長年蝕んできた派閥の論理が、ダンジョンの理と俺の盤上操作によって完全に粉砕された瞬間だった。


「決議、感謝する」


 総理が深く頭を下げた。その横顔には、重圧から解放された確かな安堵が浮かんでいた。


 ◇


 その日の夕刻。

 日本政府による緊急の記者会見が開かれた。

 総理大臣自らがマイクを握り、「身代わりの聖石」の所有権を皇室へ献上することを正式に発表したのだ。


 このニュースは、瞬く間に日本中を、いや世界中を駆け巡った。


『――日本政府、ダンジョンの至宝「身代わりの聖石」を天皇家へ献上!』

『世界が驚愕したウルトラC! 派閥争いに終止符を打った総理の決断!』

『八代匠氏が全面支持! エリクサーとの二段構えで皇室は永遠の安泰へ!』


 各局のワイドショーは、この話題一色で持ちきりだった。


「いやぁ、素晴らしい決断ですね!」

 夕方の情報番組で、辛口で知られるコメンテーターが手放しで絶賛している。

「政治家が自分のために使うんじゃないかという国民の不安を見事に払拭しました。日本の象徴である皇室にお守りとしてお渡しする。これほど国民が納得する使い道はありませんよ」

「しかも、あの八代さんが安全性を保証し、いざという時はエリクサーまで提供するというんですから! もう完璧な護りですね!」

 女性アナウンサーも興奮気味に相槌を打つ。


 SNSの反応も、かつてないほどの好意的なもので溢れかえっていた。


【Xのタイムライン】


 @一般市民

『総理、やるじゃん! ジジイ議員どもが奪い合ってるって噂聞いて呆れてたけど、これでスッキリしたわ!』


 @歴史オタク

『三種の神器に次ぐ、第四の神器が誕生した瞬間だな。神話級のアイテムが天皇家の宝物庫に収まるって、ロマンがありすぎる』


 @レン@徹夜勢

『八代さん、またしても裏で糸引いてたなwww 会議の議事録リーク読んだけど、「払えないなら事業する資格ない」ばりのド正論で議員どもを黙らせたらしいぞ。痛快すぎるわ!』


 @海外の反応翻訳bot

『アメリカの掲示板でも話題になってる。「日本はスマートだ。大統領が持つより誰も不満を持たない最高の方法だ」って。金で買おうとしてた大国は完全に梯子外された形だな』


 @元借金まみれのタカシ

『俺たちが命懸けでリヴァイアサン倒して手に入れた報酬が、日本の平和の象徴を守るために使われる。最高に誇らしいぜ! 明日も魔石掘り頑張るぞおおお!』


 日本中が「皇室安泰」「日本政府の英断」という祝祭ムードに包まれている。

 ドロドロとした権力闘争は完全に隠蔽され、美しい美談として消費されていく。


 ◇


 俺はマスターオフィスで、そのワイドショーを横目に極上のワインを傾けていた。


「……マスター。見事な手腕でしたね。これで日本国内の政情は完全に安定します」


 乃愛が、感心したように、そして少しだけ恐ろしいものを見るような目で俺を見つめている。


「まあな。これで政治家どもは俺に頭が上がらなくなったし、国民からの好感度もカンストだ。俺の商売にとって、これ以上ない最高の環境が整ったってわけだ」


 俺はグラスの中で揺れる赤い液体を眺めながら、ほくそ笑んだ。

 身代わりの聖石。

 あんな「リスキル」のリスクがある不完全なアイテム一つで、これほどまでに世界をコントロールできるとは。


「本当に欲しいアーティファクトは、俺自身の手でダンジョンの奥底から掘り出せばいい。表向きの『至宝』は、こうして権力者たちの首輪として使ってやるのが一番だ」


 俺はワインを飲み干し、窓の外に広がる東京の夜景を見下ろした。

 光の海。欲望と希望が入り交じるこの街を、俺は完全に盤上ボードとして掌握しつつある。


 ダンジョン・フロンティアの真の深淵は、まだまだ先にある。

 俺の支配劇ゲームは、終わるどころか、いよいよ面白くなってきたところだ。

最後までお付き合いいただき感謝します。


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