木箱
バルクハイムの方を見たマジカが不思議そうな顔をする。
一体何をそんなに驚いているのか、理解できていない様子だ。
「どうしたんですか、バルクハイムさん。たしかに岩塩が取れる岩山があったのは珍しいと思いますけど、普通にギルドを誘致すればいいだけですし、産業として歓迎すべきでは……」
「……よく考えろ、マジカ」
想像力が足りていないマジカに諭すように告げる。
だがバルクハイム自身信じきれていないのだから、新人にそれを求めるのは酷かもしれない。
「閣下は先ほど、これがマーメイドに任せている製作が軌道にこちらに関しては作り出してから」
「はい、ですからそれは……え?」
ようやく同じ結論に至ったであろうマジカが、ぽかんと口を大きく開く。
岩塩は通常山奥にできる。だがマーメイド達が行っているということは、それ即ち……。
「閣下、やはりあなたは……」
「はい、我が領ではマーメイド達の尽力のおかげで、海水からの塩の作成に成功致しました」
「やはり、海水からの塩作りを……っ!」
目の前のそれ……海水から作り出した海塩をつまみあげる。
現在王国、否世界中においては塩は岩塩から掘り出してそれを削る形で使用されている。
そのため塩の色は赤みがかっており、このような白色になることはない。
舐めてみると岩塩とは違う、海っぽさを感じるわずかな生臭さのような味わいがする。
岩塩のシンプルな塩味とは違うものの、これは間違いなくしっかりと食用が可能な塩であった。
料理用に使うのであれば、風味がある分こちらの方が優れているかもしれない。
特に似た風味を持つ海産物とであれば、その相性は抜群だろう。
「正直なところ、私からすればダート大森林の開拓よりこちらの方がインパクトが大きいですな……」
海水は塩辛いため、そこに塩が入っていることは疑いようがない。
だがそこから塩を取り出そうという試みは今まで幾度となく行われ、その全てが失敗に終わっていた。
海水を蒸発させても、そこでできるのは塩辛さとえぐみのキツいなにかにしかならないというのが常識だったからだ……そう、今この瞬間までは。
「海で行う製塩業……これはこの世界の常識が変わりますぞ……」
人が汗という形で身体から塩分を流す以上、塩とは生活に必要不可欠な必需品である。
古来は兵士の給料を塩で賄っていたという逸話もあるほどには、金にも等しい扱いをされる代物である。
その換金性は絶対だ。
それ故に王国の塩ギルドは幅を利かせており、ある種暴利としか思えぬ値段で塩の販売を行っている。
「私はこれを、懇意にしている貴族の方々に販売する予定です。当然塩ギルドは通さない形で、格安でね」
「なっ……正気ですか!?」
「ええ、もちろん。私からすれば塩を平民がギリギリ変える値段までつり上げる塩ギルドの方が、正気とは思えませんから」
それは正しく事実であった。
塩ギルドが販売している塩の価格は、本来の運搬費と加工費を考えても明らかに高すぎる。
そのせいで王国に暮らす者達の生活が厳しくなっているのは間違いなく、バルクハイムも塩ギルドを燃やしてやろうと思ったことは一度や二度では利かない。
だがそんな状況にあっても今のところ、塩ギルドに業務改善の兆しはない。
その理由は彼らが王国の貴族……内憂派と癒着しているからであった。
彼らはギルドからの上がりを既得権益として吸い上げており、その代わりにギルドの横暴を許していた。
今まで国家主導で幾度となく行われようとした塩の売価の改定も、その試みの全てが失敗に終わってしまっている。
「塩ギルドが強く出られているのは、塩というブツを彼らが握っているからです。だがここから先、そのゲームに私もプレイヤーとして参加します。高い岩塩と安価な海塩……果たして民衆はどちらに流れますかね?」
現在の塩ギルドの運営は、塩の売価が高いことを前提として設計されている。
だがもし海塩が安価で流通してしまえば、価格競争が起こり彼らも値段を下げざるを得なくなるだろう。
そうなれば内憂派の力は、大きく減じることになるだろう。
バルクハイムは彼がやろうとしている壮大な絵図を想起し、思わず唾を飲み込んだ。
敵となればここまで徹底的に叩くのか。
彼は決して甘いだけの人間ではない。
それがわかっただけでも収穫だ。
(王国で暮らす一人としては、シンプルにありがたい話だしな)
塩が高すぎるために結果として、料理店はそれを価格に転嫁する形でより高値で食品を提供せざるを得なかった。
塩漬け肉などが安くなれば食材の保存も安価になり、より遠隔地への輸送が盛んになる。
更に言えば塩の価格が抑えられれば、その分だけそのお金を他の経済活動に回すことができる。
間違いなく、経済は活発化するだろう。
そのせいで今まで美味い汁を吸ってきた貴族が没落しようが、それは一般人からすればどうでもいいことだ。
「あ、そうだ。それともう一つ……」
そうだ、そういえばこの人は二つ産業が出来たと言っていた。
もう勘弁してくれ……という内心をなんとかしてひた隠しにし、彼は手渡された木箱をゆっくりと開く。




