木箱の中身
「こ、これは……」
手乗りサイズの小さな木箱に入っていたのは、丸く輝く銀白色の玉であった。
軽く光にかざすとうっすらと虹色の膜が掛かっており、見ているだけで美しい。
「これ……真珠じゃないですか!」
「マジカ、知ってるのか?」
「バルクハイムさんはなんで知らないんですか!? 普通にめちゃくちゃ高い宝飾品ですよ? なんでも触れるだけで輝きが失われてしまうほどに繊細な宝石なんだとか……」
その言葉を聞いた刹那、バルクハイムは箱をぱたりと閉じた。
安月給ではないとはいえそこまでの高給取りではないバルクハイムは、もしこの真珠を駄目にしてしまってもそれを買い取るほどの財力が無いためだ。
「こちらはバルクハイムさんの奥方に。そしてもしよければこちらはマジカさんにどうぞ」
「わ、賄賂は受け取れないです!」
「……その通りです、大変魅力的な提案ではありますが、我々が金品を受け取ってしまうと贈賄になってしまいますので」
きっと妻は喜ぶだろうな……と思ったが、職務に忠実なバルクハイムは血の涙を流しながらもしっかりと断った。
「なるほど……それでしたらこちらは新たな特産品として売り出す予定です。生育のための手法も確立しましたので、今後は安定した量を供給することができるかと。サンプルとして王家に献上するのはいかがでしょうか?」
「それでしたら……」
査察官への直接のプレゼントは贈賄になってしまうが、新しくできた特産品の検分であれば上に出すことは可能だろう。
多分だが閣下はこれを行うためにまず自分達に最初から無理なプレゼントをしようとしたのだろう。
どうやら交渉術にも詳しいと見えるヴァルに戦慄しながら、バルクハイムは真珠をそっと受け取って再び調査書を書き付け始めた。
全てが終わり、最後の宿泊をすることになったバルクハイム達。
彼はこの程度なら問題ないとプレゼントされたサンゴの髪飾りをもらって気持ちよさそうに眠るマジカの隣で、蝋燭の明かりを頼りに夜更けになるまで報告書を書き続けていた。
鳥が鳴き始めるほどの夜明けになる頃にようやく書き終えた彼は、自身の報告書を見ながら目を細める。
「馬鹿正直に報告しても、間違いなく嘘をつくなと言われるだろうな」
開拓されたダート大森林、手つかずで残っている自然。
獣人達の暮らしや奴隷狩りに製塩業の野望に真珠の提供。
一度の査察でこれほど考えなければならないことが多いのは、経験豊富なバルクハイムをして生まれて初めてのことだった。
ヴァル・フォン・フレイムの領地には国内外から目を向けられている。
そして彼は自分達におそらくほとんど事実に近い事柄を教えてくれていた。
であれば自分にできるのは、馬鹿正直に報告を上げるだけだ。
中立であることを重視しすぎれば、恣意的な見解が入ってしまう。
故にバルクハイムは聞いたことや見聞きしたこと、そして実際に捕まって素直になった間諜達からの証言なども含めて、全てをありのままに書き上げた。
「もしこのせいで俺の進退が窮まったら……その時はアマゾネスの皆さんに、養ってもらおうかな」
「それなら私はマーメイドの皆さんと一緒に暮らしたいです……魚介類と真珠があるだけで、生きていけますから!」
査察の結果かなり判官贔屓になってしまった感の否めない二人は王都へ戻りそのまま報告・提出を行い……その結果として浮き上がってきた事実に、王宮は騒然とすることになる。
とりあえず彼の領地の広さと軍事力は到底男爵のものではないと、国王ザイラル二世はヴァル・フォン・フレイムを正式に子爵へと昇爵。
それに伴い本人・フレイム伯爵双方の希望を受けヴァル・フォン・フレイムをフレイム伯爵家から独立させアストラス家として新たに家を興す許可を与えた。
そのまま獣人と魔人に関する布告も行ったが、王都では滅多に見られぬほどの真珠を送られた王妃が不満を漏らすことはなかったという。
こうしてヴァルはヴァル・フォン・アストラスとしてダート大森林一帯を治める領主として正式に認められることになる。
大森林を含めたその総面積は王国貴族の最高位である公爵に並ぶほどであり、その軍隊は精強無比。
支払う税金は子爵規模のものであることに内憂派は不満を漏らしたが、まるでこの機を待っていたかのように大量に流入する塩への対応で彼らはそれどころではなくなってしまった。
こうして王国に対して起こったヴァルの騒ぎはひとまず落ち着きを見せ、ヴァルにも再び今後の展望を考えるだけの余裕が生まれるのであった……。




