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最善

「……そんなこと」


 レベルが存在するこの世界では、パワーレベリングという行為自体はそこまでおかしなことではなく、むしろ推奨されている。


 レベルが上がれば身体能力が上がり病気などにも強くなるため、幼年期の貴族家の跡取りが騎士達に連れられてパワーレベリングを行うのは、貴族家を残すためにまま行われていることだ。


 だが嫡男や自家の子に行わせることはあっても、それを兵士全体にまで徹底するような貴族はまずいない。

 それはなぜか……簡単に言えばその理由は二つ。


「ヴァル閣下は英雄だ。おそらく単身でダート大森林で獣人を鍛え上げる方法を確立させ、それを徹底して行ったのだろう」


 一つ目の理由ははコストがかかりすぎるから。

 パワーレベリングを行うためには、使えない新人を強力なベテランが率いて育てていく必要がある。

 レベルを効率よく上げるためには当然自分より格上の相手と戦わなければならず、そのためベテラン側が命の危険を追うことになる。


 育成の過程で新人が死ぬことも多いため、精兵を揃えるのにはそれだけ多くの犠牲を重ねる必要があり、育て上げるコストは高く、既にレベルの高い騎士を雇い入れた方が早いと言われるほど。


「ヴァル閣下は離反が怖くないのか……?」


「自分に自信があるからこそ為せる技、ではあるんだろうね」


 そして二つ目は、兵士達の反乱・離反を恐れるからである。

 パワーレベリングを行い強力な軍隊を作ったとしても、彼らが自分に永遠の忠誠を誓ってくれる保証などどこにもない。


 より高い金を掴まされて転がされれば、自分が手塩にかけて育ててきた強力な軍隊が他領に渡ってしまうことになる。

 それが係争をしている隣領であれば、ごっそりと戦力を抜かれた状態でなすすべもなく敗北することになるだろう。


 あるいは兵士自体が強くなると、彼らは自ら軍籍を抜けるようになる。

 彼らからすればわざわざ末端の兵士として働かずとも、冒険者として生計を立てることも容易になるためだ。


 上級冒険者の報酬は一兵卒などよりはるかに高いため、兵士を強くすることは彼らに命令に従わずとも金を稼ぐ手段を与えてしまうことにもなり得るのである。


「ただ、閣下は何も考えずに彼らを選び、鍛えたわけではない」


「……そうか! 獣人であれば、鍛え上げても裏切る心配はする必要がない」


 王国に置いて獣人の人権は低い。

 もちろんないわけではないが彼らは要職に就くことがほぼ不可能であり、おそらく王国獣を見ても獣人の騎士の数は片手で数えられるほどしかいないだろう。


 彼らが自由を得ようとするのならいくつか国をまたぎ、獣王が統治を行うアルビオン獣王国まで向かう必要がある。家族がある者に、それは不可能に近いだろう。


「魔人達の状況も似たようなものだ、彼らもまた、王国の中に居場所はない……ヴァル閣下のお膝元を除けば」


 魔人の立場は尚悪い。

 かつて人と争ってきた魔人は、国によっては討伐に対して報奨金が出るようなところもあり、人間と言うよりは魔物に近い存在と認識されることも多い。


 彼らは恩を感じるヴァルのことを決して裏切ることはないだろう。

 その先にある者が今よりもひどい状況であることを確信しているが故に。


「そして彼ら全てを手中に収め、育て上げてからの防衛戦での獅子奮迅の活躍だ……結果として英雄閣下は、自分に忠実で裏切ることのない最強の軍隊を作り上げた……それも廃嫡されてから今までの、たった二年で、だ」


「……恐ろしいな」


 巷で噂されているヴァル・フォン・フレイムの四方山話。英雄閣下の二つ名で、彼の逸話は王国中を席巻している。


 だがそんな表層を切り取って誇張化した話より、こうして実利的・功利的な視点から見た鮮やかな手腕の方に、オットーは思わず空恐ろしさを感じてしまった。


 フランシスは更に距離を詰めると、万が一にも聞こえることがないよう耳元でそっとオットーに囁いた。


「これは君を見込んで言うんだが……私はさるお方から、ヴァル閣下の狙いを探ってくるよう言い含められている」


「――っ!?」


 間諜の告白、思わず周囲を見回すが人は一人居ない。

 ホッとするが、獣人達の聴覚は高い、下手をすればこの瞬間に露呈してしまう可能性もある。


 なぜこんなことをするのか……自分が巻き込まれる可能性を考えたオットーは思わず叫び出しそうになってしまう。


「二年でこれほどのことを為した彼が次に何をするのか……今までふんぞり返ってきた王国のお偉方は心配で仕方がないらしい」


 最強の軍隊を手に入れた英雄であるヴァルが狙うのは独立か、はたまた国家転覆か。


 その狙いが読めぬからこそ、意図を握るために多くの上級貴族達が文官希望者の中に手勢を潜り込ませているらしい。


「もしダート大森林全域を手中に収め、更にはその先にあるという魔境まで押さえているのであれば、もはやその領地規模は一男爵に収まる範囲ではない。多分だが純粋な領土の規模でいけば東方のウェスペリダス辺境伯をも超えるだろう。もはや彼が何をしていても、私は驚かないよ」


「……どうして、この話を俺に?」


「さぁ、どうしてだろうな……自分の死期というものを、感じているからかもしれない。一つ、つまらない昔話をさせてくれないか」


 どこか浮世離れした儚げな顔で、フランシスは語り出した。


「僕の父はストル伯爵……ということになっている。けれど実は違う。母はシカイ公爵のお手つきで子を為し、公爵はそれを自分の子と認めずに腹が膨らむ前に伯爵に下げ渡したんだ」


 権力の味を覚えた貴族は、その性欲を気ままに発散させる。

 その結果としてこの世界に上級貴族の血を引く者達は多い。


 だがそのうちの多くは認知されることはなく、本来であれば得られた境遇を得られない者も多い。

 彼もまた、そんな不幸な人間の一人だったのだろう。


「今回僕に指令を出したのはシカイ公爵だ……どうやら世継ぎのやつらより僕の方が優秀だとわかった今になって、突然接触してきたのさ。びっくりしたよ、今更父親面をしようとする面の厚さにね」


 けれど僕は今の父を尊敬している……たとえ公爵家に逆らえず、お手つきの女を妻にした人間であっても尊敬しているんだ。

 そう告げるアレクシスの言葉に、嘘はないように思えた。


「だから父の立場を悪くしないためにも、僕はこの依頼を受けることになった。成果を残して帰りでもすれば、公爵家の養子になるなんて可能性もあるかもしれない」


「そのために俺を誘おうとしたのかい?」


「正直向かっていた当初は優秀な人間をこちら側に引き込んでやろうとも思っていたんだが……そんな気持ちは、このダート大森林に来て吹き飛んだよ。自分の領地に引きこもったまま瞳をギラつかせて利権に食い込もうとする馬鹿達は気付かない……いや、気付いていないふりをしているのかな。ヴァル閣下はそんなことを許すただの頭がお花畑の英雄ではない。彼は生きた英雄だ……二年で精強な軍隊を作り上げた人間が、苛烈でないわけがない」


 少し歩こうか、とフランシスはゆっくりと前に出た。

 人通りがある方へ歩く彼が、オットーには既に自分の命を勘定に入れてすらいないように見える。


「僕たちの採用試験の前にやってきた移民の第一陣、そこに混じっていた密偵達と既に連絡が取れなくなっているらしい。しかも一人の例外もなく、だ」


「……なんだって?」


「おそらくヴァル閣下にはそれを見定める方法があるのだろう。であれば僕が言っても犬死にするだけだ。なんとかして伯爵家に飛び火しないよう、嘆願してみるつもりだよ。そのためになら犬のように尻尾を振って手に入れた公爵家の情報だって、いくらでも横流ししてやる」


「……もったいないな」


 自分より頭が良く、打てば響くように知的な会話のできるフランシスのことを、オットーは気に入り始めていた。

 身の上話を聞いて情が移ってしまったのかもしれない。


「どうして君のような優秀な人間が、十全に優秀さを発揮できるような場所が、この国にはないのだろうね」


「その言葉、そっくりそのまま君に返すよ。ザイツェル伯爵家も見る目がない」


「――っ!? ありがとう」


 その貴族家は、満点を取った自分を筆記試験で落とした貴族家の名だった。


 優秀である彼がそこまで自分のことを調べているという事実に、オットーは先ほどの彼の言葉が嘘偽りでなかったことを知る。


 そしてフランシスが自分に目をかけていたという事実を、なぜか少し喜んでいる自分もいた。


「お互い、合格するといいね」


「ああ、オットー……君とはぜひ、同じ職場で働きたいよ。正直同輩と戦っても張り合いがなかったんだが……君と一緒に切磋琢磨するのは、なかなかに楽しそうだ」


 二人は夜空の下、握手を交わす。

 徹底して実力を見る英雄閣下であれば、もしかしたら……。

 オットーの脳裏にそんな考えが頭をよぎったが、それを口に出すことはせずにそっと胸に秘めた。


 下手な慰めは要らないだろう。

 どんな結果になるにせよ、自分達にできることはその場での最善を尽くすことだけなのだから。

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