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精兵


「……どうも、オットーです」


 金髪碧眼の彼は、普通の所作の中にもどこか優美さを感じさせるような男だった。

 貴族の出だろうか、と固めに挨拶を返す。


「気にせず普通に接してくれ、オットー」


「……ああ、わかったよ」


 そのまま待っていると新たに二人の人物がやってくる。

 オットーは二、三言話し、彼らからすぐに興味を失った。

 彼らが金に釣られてやってきただけの、下世話な人間であることがすぐにわかってしまったからだ。


 彼らが獣人の悪口を言い出した時には、思わず周囲に目を向けてしまったほどだ。

 一体どこに監視の目があるかもわからない用意された宿でそんなことをしだすなど、正気の沙汰ではない。

 関わらないのが吉だとすぐに夕食を取りに向かうと、フランシスもそれについてくる。


「辟易とするね、あれに巻き添いを食らいたくない」


「まったくだ」


 オットーは夕食時に歓談をした時点で、フランシスの知能指数が自分とそう大差のないものであることに気付いた。


 軽く答案の答え合わせをしたことで、自分がわからなかった問題にまでしっかりと解答ができていることを知ったから。


 更に言えば彼には言葉から知性の色が溢れていた。

 純粋な知識量や発想力で自分より勝っている人間に会うのは、ずいぶんと久しぶりだった。


 天才、という言葉が脳裏をよぎる。

 自分はよくて精々秀才止まり。

 自分の才能のなさが嫌になりそうに。


 そのまま部屋に戻る気にもなれず、なんとなく外にあったベンチに腰掛ける。

 視界の先に広がっているのはあの悪名高きダート大森林。


 この奥に自分が勤めしようとしている職場があるのか……と思い、それは一体どんな場所なのだろうかと考える。


 ひょっとしたら青空教室のような場所ではあるまいか……いやだとしても構いやしない。

 貧困に慣れているオットーのど根性精神は、並大抵のものではなかった。


「君も吸うかい? 正直に言ってくれていいよ」


「いや、葉巻は高いからね。癖になっても困る」


「そうか」


 タバコの煙を吸わせぬように、というフランシスの提案に頷き、少しだけ外れの方へ移動する。


 道中警邏らしき獣人ともすれ違ったが、何かを言われるようなこともなかった。


 ゆっくりと葉巻を吸いその煙を吐き出しながら、フランシスは上がっていく煙を見つめていた。

 そして周囲に人の気配はないことを確認してから、


「僕は獣人を何度か見たことがあるが……あれほど鍛え上げて自信に満ちあふれた獣人は見たことがない。ヴァル閣下は間違いなく、猛将の器でもあるのだろうな」


「……へえ、奴隷市場かどこかで見たのかい?」


 この国に獣人の数は非常に少ない。

 見ることができるのは貴族か、あるいは遠国に伝手を持っているような大商人くらいなものだろう。


「親戚の家に獣人の奴隷がいてね。彼らは皆一様に暗い目をしていたよ。いや、奴隷とそうでない人を比べればそうなるのは当たり前なんだが、なんというかその……ここの獣人達を見て、何か感じなかったかい?」


「すごく強いね、間違いなく」


 文官を希望して日々の勉学に務めていたオットーではあるが、この世界にあって彼も戦いとまったく縁が無いわけではなかった。

 魔物と戦った経験も両手両足の指で数え切れない程度にはあるし、一通りの護身術も身につけている。


 だがそんな彼から見ても、この場にいる獣人達の強さは異常であった。

 見るだけで思わず一歩下がってしまうような、見た瞬間に生物としての格の違いを感じてしまうほどの圧倒的な存在感。


 目ざといオットーは、敵意を向けられ退出させられたあの貴族家のボンボンの股が湿っていたのを見逃していなかった。


 これが警邏や試験官に回されるいわゆる雑兵クラスなのだから、とんでもない。

 ヴァル・フォン・フレイム男爵が抱える戦力の層は、一体どれだけ厚いというのか。


「実際に来てみれば、武官の応募をしていないのも当然だと思えるよ。実際ヴァル閣下には、精々匪賊討伐程度の経験しかない武官など必要ないのだろう」


「正にそうだ。最初は僕も伯爵家肝いりの計画として開拓を行ったものだとばかり思っていたが……彼らを見てそうでないと確信できた。おそらく彼らは現地で閣下が加えた手駒だろう。事前に聞いている話だが、彼らに加えて魔人達の勢力もついている。だがそうなると、僕は一つ大きな疑問を覚えずにはいられない」


 既に月が出始めており、二人の身体を月光が照らしていた。

 影の中に消えていく紫煙が、その口元を覆い隠している。


 周囲の人に聞こえぬよう、オットーはそっと一歩近づいた。

 その心配りに感謝を覚えた様子で、フランシスは軽く頭を下げた。


「――それは彼らが一体どこから湧いてきたのか、ということだ。これだけの圧倒的な戦力があるのであれば、獣人達だけでダート大森林は既に開拓されていてもおかしくない。狩りを好むとはいえ、獣人は基本的には野山より平原を好む質だからね」


「彼らがどこかから閣下が連れてきた戦力だ、と言いたいのかい?」


「いや、そうじゃない、彼らは間違いなくダート大森林に住んでいた獣人達だろう。彼らの忠誠心の高さや職業意識の高さはすさまじいし……あれほどの強さの獣人の集団を秘匿することなど不可能だ。フレイム伯爵家もあんな戦力があれば、防衛戦に出していただろうしね。彼らはヴァル閣下がダート大森林で見つけた戦力だろうね」


「……つまり何が言いたいんだい?」


 言っていること自体は理解できるが、彼が何を言いたいのかがオットーには理解できなかった。

 強い獣人軍団をヴァル閣下が見つけた。それだけの話ではないのか。


「おっとごめん、つい迂遠な言い回しをしてしまうのが僕の悪い癖だ。僕は……ヴァル閣下が単身で彼らのことを精兵に鍛え上げたと、そう睨んでいる」

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