農業チート
朝食を終えた後、俺達は早速恵みの里へと向かうことにした。
以前はおっかなびっくり歩いていた魔境ではあるが、今となっては気軽く散歩する感覚で駆けることが可能だ。
俺達も強くなったものだな……と少しだけしみじみしてしまう。
「ヴァル様、お久し振りなのです!」
「ああ、ナナも元気にしてたか?」
「はいっ、ナナはいつでも元気なのです!」
里へ向かうと、獣人達のカイオウの氏族の元姫巫女であり現戦士長、そして同時に俺の嫁でもある属性モリモリのナナがとととっとこちらに駆けてくる。
小柄で一歩一歩は小さいが、レベルが高い分その感覚が非常に短く、砂煙を上げるほどの速度で俺にダイブしてくる。
「わっぷ……ニーナも元気そうだな」
「ああ、おかげさまでな」
同じく戦士長でありナナとは腹違いの姉であるニーナが、背筋を伸ばしたままこちらに頭を下げる。
「今は農閑期って認識で合っているか?」
「はい、言われた通りに四つ葉の葉を植えているのですよ!」
獣人達が暮らしている恵みの森の周辺は、異常なほどに作物が育ちやすい。
どうやら土に含まれている魔力のおかげでかなり地味がいいらしく、寒冷地域で育ちやすい大麦やジャガイモと比較的温暖な地域で育ちやすいオリーブや葡萄などが北と南で育つほどには色々な作物が実る。
ただし地味だけに頼っていては魔力が減ったりして飢饉が起きた場合に対応できなくなってしまうので、前世の知識を使っていくつか改良を施している。
まずは耕期を四つに分け、大麦・クローバー・小麦・カブと土地を休めながら飼料を育てられるえるノーフォーク農法。
骨片を硫黄を燃やして作った硫酸で溶かして過リン酸石灰を作ったり、堆肥や腐葉土を使った農法を試してみたりと……とりあえず思いつくことは全部試してみている感じだ。
今もまだ試行錯誤の最中だが、とりあえずこの二年間で面積あたりの収穫高も伸び、土地が痩せることもなく農業を軌道に乗せることができている。
「それじゃあ事前にも連絡はしていたんだが戦士の皆に、ダート大森林の浅層の魔物の駆除をお願いしたい」
「了解、したのです……」
こくりと頷くナナだったが、その顔色は晴れない。
その理由には容易に想像が付く。
ダート大森林に入植者達が入ってくれば、その西部にいる獣人達は彼らと隣人ということになる。
もちろんある程度の距離は空けるし問題が起こらないように配慮するつもりではあるが……それでも人間に対して恐怖心を完全に拭い去るのは、なかなか難しいだろう。
そもそも亜人や魔人がこのような森林地帯で暮らすようになったのは、彼らが本来の住居を人間達に追われたことが原因である。
草原を自由に駈け狩りを楽しんでいたという彼らは、その広大な土地を農地へ変えるべく進軍した人間達によって本来いた土地を追われることになった。
「これは俺の独り言として聞いてほしいんだが……俺は彼らをカイオウの戦士やアマゾネスやマーメイド達のように鍛えるつもりはない。今後人材には幅広く募集をかけるつもりだが、今のところ武官は基本的には採用しないつもりだ」
領民を纏め上げるための文官は足りていないが、こちら側には戦力は基本的には充足している。
そして俺に対して強い忠誠心を抱いている彼らをまったく疑ってはいないが、もし新たに入った武官に彼らと同じパワーレベリングを起こせば、彼らが二心を抱かないと確信できるほど純真ではない。
一本気で素直な者達の多い獣人や魔人とは違い、人とはいくらでも残酷になれる生き物だ。
そのおかげで人はこの世界の覇者となったのだろうが、こと領主として考えれば彼らに力を与えすぎるのは不安要素が強すぎる。
今後の獣人や魔人達との関係性のことを考えても、今から新たに武官を育成することはメリットよりもデメリットの方が大きいというのが個人的な判断だった。
なのでよほどのことがない限り、武官を採用することはない。
「ゴールデンウルフと戦った時に言ったはずだ。お前達のリーダーはナナではなく、俺だとな。誰よりも早く俺に忠誠を誓ってくれた獣人達の忠義に、背くつもりはない」
「ヴァル様……」
俺は物語で語られるような、ご大層な英雄ではない。
もちろん領主として領民を大切にするのは当然のことだが、俺に最初から忠誠を誓ってくれていた彼らと途中から手のひらを返した者達を同列に扱うことはない。
俺は人間だ、贔屓の一つくらいはするとも。
「まあ、仲良くなってくれると嬉しいのも事実だがな。いざとなったらワンパンで倒せると思うと、何を言われてもまったく効かなくなるみたいだぞ」
「なんか、ものすごい極端な意見のような気もするが……」
「たしかに」
ちなみにこれは、ブラック企業勤めを続ける中で突如として筋肉に覚醒した俺の大学の同級生の吉田君の体験談だ。
たしかに極端な気もするが、要はこれは人間気の持ちようという話だと個人的には思っている。
実際自分達の方がはるかに強いし、そもそも彼らがここに住むための土台を整えたのも、生きていくための農地を提供したのも自分達だ。
そういった自負が、きっと人に対する悪感情や摩擦を減らしてくれるはずだ。
俺の代でというのは難しいかもしれないが、俺はこのダート大森林を将来的に人・亜人・魔人の三者が手を取り合って暮らしていける領地にしたいと思っている。
そんな俺の気持ちが伝わったからだろうか、ナナとニーナの表情は、目に見えてやわらかくなっていた。
人間達を贔屓して、獣人達を追いやろうとしていないことなんて、わざわざ言葉にしなくても俺の態度からわかると思っていたんだがな。
「ヴァル様、こういう時にきちんと相手がほしい言葉を口にできる人が、デキる男というやつですよ」
「……なるほど、そういうものか」
その辺りの配慮がまだまだだな、俺は。
どうやら戦いや領地経営以外にも、まだまだ学ばなければならないことは多いらしい――。




