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新たな日々の始まり


「んぅ……」


 やわらかな声と感触に目を覚ますと、俺の目の前には生まれたままの姿で眠っている一人の女性の姿があった。

 ウェスペリア特有の黒髪に、隣国クライリシュ帝国特有の金髪のメッシュのかかった彼女の名はララ。

 俺――ヴァル・フォン・フレイムのメイドであり……そして今は俺の妻の一人でもある女性だ。


 ゆっくりと彼女を起こさぬよう細心の注意を払いながら上体を起こす。

 既に朝日が昇り始めており、遠くからは鳥達の鳴き声が聞こえている。


 あれ、ここは領都フレイベルじゃ……と思い、寝ぼけている自分に気付く。

 ここはダート大森林――俺達の始まりの場所であり、今では俺の領土となった記念すべき場所。

 俺の領地であり……大切な人達の暮らす場所だ。


♢♢♢


 現在の俺が領地としているのは、ダート大森林一帯のうち開拓された部分、という非常に大雑把な扱いになっている。


 これにはそもそも俺がダート大森林にやってきた経緯によるものだ。

 そもそも俺は廃嫡されると同時に、父上にこの地域の開拓を命じられた。


 もちろん当時の腐った俺に対して期待をかけていた訳ではない。

 その時に開拓に伴って授けられた男爵位とそれによって得られる俸禄を使ってどことなりと行けという父上の優しさだったからだ。


 だが俺はそれを敢えて額面通りに受け取り、ゲーム知識を使ってこのダート大森林を本格的に攻略した。


 ダート大森林は誰のものでもなく、そしてこの世界には前世でいうところの墾田永年私財法のように、開拓をした場合、その土地はしたやつのものという荒っぽいルールがある。


 その結果俺は俺は広大であり浅層・中層・深層という三層に分かれているダート大森林のほぼ全域を個人の領土として持っていると言う極めて異例な状態にあった。


「シイッ!」


 鍛錬のため魔法はサンダーアクセルのみに限定し、純粋な剣術で魔物達を屠っていく。

 俺のレベルは既に50を超えている。故に一刀の下に全ての魔物は両断されていき、魔物達は皆自分が死んだことに気付かぬ間に絶命していく。


 だがいくら強くなったとはいえ、大量の魔物とひたすらに戦い続けていれば疲労は溜まっていく。


 領土が広大と言っても、当然ながら全ての開拓が終わっているわけではない。

 魔物が暮らしている領域――魔境は未だ広く、こうして鍛錬がてら魔物を間引かなければ魔物の数はすぐに元に戻ってしまう。


 魔物素材の中には有用なものもあるため魔境自体を潰すのはもったいないとは思うのだが……この手間を考えると、いっそのことこの大森林自体を消し去ってしまうのがいいのかもしれない。


 だが魔物素材自体はここではありふれているとはいえ、今後対外的な交易をするとなれば間違いなく目玉商品にはなるはずなので……なかなか難しいところではあるな。


「ふぅ……」


 最も魔物の強い深層へ出向きただひたすらに魔物を見敵必殺の勢いで狩り続けること二時間ほど。

 切り伏せられた魔物の血の匂いに反応する魔物を全て斬り殺したところで、ひとまず鍛錬を切り上げることにした。


 いい汗を掻いたと屋敷へ戻ると、既に起きて朝食の準備を整えていたララが着替えを用意して待ってくれていた。


「おはようございますヴァル様、早いですね……」


「まあ領主として、これくらいはな」


 先陣を切ってバッタバッタと魔物をなぎ倒すのが領主の仕事なのかは微妙なところだが、少なくともこのダート大森林においては必要なことではあるからな。


 現在俺達がいるのは、ダート大森林の中でも最も奥深くに位置する深層にある小屋である。 ベルトの土魔法で作ってもらったもので、人目を潜んで逢瀬を楽しむ時に使う場所だ。


 深層は魔物もある程度強いので、本来ならもう少し浅い場所に作った方がいいのだろうが……各地を行き来することを考えると、あまり領地から離れた場所だと都合が悪いからな。

 やはりここが一番都合がいい。


(ララも未だに、俺の身の回りの世話を積極的に焼いてくれるしな)


 領都で結婚式を挙げては俺の妻という立場になったものの、ララの態度は基本的に以前とまったく変わっていなかった。

 そのため俺との二人暮らしであっても、生活になんら問題は起こらない。


 メイドとしては満点でも領主貴族の妻としての態度としては本当はあまりよろしくないのだが、それをたしなめるつもりはない。

 俺との付き合いが一番長い彼女がいなければ俺の生活が成り立たないというのもまた事実。 これを共依存と呼ぶのなら、その通りだと答えよう。

 結婚生活など、多かれ少なかれ依存の要素を含むものだからな。


「静かでいい場所ですよね……」


「前に物理的に静かにしたからな」


 周囲を魔境に囲まれているし、なんなら使用人もいないので、本来なら領主が過ごすような場所ではないのだが、ララの方もこのダート大森林での生活が長くなってきて良い感じに感覚が麻痺してきているな。


 最初は無限湧きにも思えた魔物達も、皆がレベル上げも兼ねて狩り続けていたおかげでここら一帯に関しては魔物もほとんど出なくなっている。

 むしろ魔物と戦おうとすると少し走る必要があるほどだ。


「ささっ、冷めないうちにどうぞ!」


「いただきます」


 食事を作ってくれた生産者とララに感謝を告げてから、食事を食べ始める。

 今日の朝ご飯は白パンと野菜と肉の炒め物、そして卵を使ったスクランブルエッグ。

 魔物肉とカチカチの黒パンしか食べられなかった初期を思えば、涙が出るほどにありがたい朝食だ。


「美味いな、やはりララの作ったご飯が一番美味い」


「あ……ありがとうございます」


 顔を赤らめながら嬉しそうにするララを見て笑う。

 二人の関係性が変わっても、変わらないものもある。

 そしてその変わらない部分が、俺にはとてもまぶしくて愛おしいものに思えた。


「今日は頑張ってパンを焼いてみたんです、どうですか?」


「白パンが美味いな……毎日白パンだけ食べていたい」


 プラチナウルフであるベルトが率いてくれるシルバーウルフ達が熱心に狼耕を頑張ってくれているおかげで、この辺りの食料事情もずいぶんと改善した。


 以前は収量の多い大麦がメインだったが、ある程度食料生産に余裕が出てきたことで今では小麦や各種野菜の作付けも順調に進められている。


 大麦やライ麦だけではなく小麦の耕作も上手くいっており、おかげでここ最近は食卓に真っ白な白パンも出るようになった。

 前世の記憶がある俺からすれば、この世界の黒パンは硬すぎる。

 できることなら毎日白パンを気兼ねなく食べられるような、優雅な食生活を目指していきたいところだ。


「そういえば今日魔物を狩っていて思ったんだが、以前よりも数が増えている気がするな。ひょっとすると、恵みの里の獣人達だけでは手が足りていないのかもしれない」


「恵みの里からは距離も遠いですし……たしかに状況を維持するために人手を用意しておいた方がいいかもしれませんね。今後のことを考えれば」


 現在俺の領民が住んでいるのは、西部・東部・北部の三カ所だ。


 中層西部に存在している獣人達の集落、恵みの里とその周辺である大森林西部一帯。

 そして東に進んでいった先に存在している亜熱帯地域と、そこに暮らしているアマゾネス達。

 北へ進んだ先に広がっている海とそこを住処としているマーメイド達。


 そのうちこのダート大森林の中にあるのは獣人達が暮らす恵みの森の周辺のみになる。

 領民の戦士達が主要な狩り場をダート大森林深部から移してから久しいからな。

 魔物の数を減らすために、戦士達の巡回路にこの辺りも入れた方がいいだろうか。


 現在は直接的な被害が出なければいいかと、獣人達が暮らす恵みの森周辺の間引きしかさせていないからな。

 とにかく彼らを強くさせることしか考えていなかったからそれで良かったが、既にタリバーディンを倒しフレイム伯爵領の防衛に成功した以上、今後はしっかりと自領の維持についても考えなくてはいけない。


 魔物が増え、森からあふれ出してスタンピードでも起こったらことなので、一度ナナ達に話を通しておいた方がいいだろうな。


「しかし、今後のことを考えれば……か……ララの言う通りだな」


 俺は軽くおでこを叩きながら、今後やってくるであろう大量の雑事のことを思い、軽くため息を吐いた。


 元からどら息子として知られていた俺には、記憶を取り戻した当時人望のじの字もなかった。

 一応道中フレイム伯爵領内で領民を募ったのだが手を上げてくれる者は一人もおらず、結果として俺はララと一緒に二人で開拓を始めることになったのだ。


 そのため現在俺の領地に住んでいるのは、ほぼ全てが元からウェスペリア王国の人間というわけではない亜人と魔人達である。


 まあアマゾネスに専業主夫希望でやってきた人間の男とか、マーメイドに惚れて番いになった元船乗りとかはいるんだが、全体の人口からすると本当に微々たる数である。


 だが現在、俺を取り巻く事情は当時とは百八十度変わり始めていた。


「手のひら返しも、いっそここまで来るとすがすがしいな」


「なんにせよ、認められることは素晴らしいことだと思います。ようやく時代がヴァル様に追いつきましたね」


 ことの発端は、やはり俺が魔王軍幹部であるタリバーディンを倒したことにある。


 廃嫡された人間が、それだけの力を手に入れて故郷に凱旋する。

 そんな貴種流離譚のようなあり得ない話が現実に起こったことに、そしてそれをなしたのがあの悪名高いヴァル・フォン・フレイムであるという事実に、フレイベルの住民は動揺したらしい。


 そして元々父上、マガツ・フォンフレイムへの評価が高かった彼らは、ありもしない裏事情を想像し始めた。


 ――誰もが父上が俺をダート大森林に送ったことには何らかの意味があったのだ。

 そしてと、よくわからない方向に想像を膨らませ始めたのである。


 実際俺はかつて何人もの貴族や開拓団が挑んでは失敗してきたダート大森林の開拓を成功し、更にそこに住まう亜人や魔人達を従えて防衛戦に参戦している。


 全てはこのためだったのだ……ヴァル様が悪童として名を馳せていたのも全てはこの動きを敵方に気取らせぬため。

 亜人と魔人を従えて故郷の脅威を護るヴァルこそが真の護国の英雄だ。


 そんな噂に更に尾ひれと背ひれがつきながらものすごい速度で噂が広がっていき……俺は現在、なぜか仮の姿で世間を欺いていた英雄という扱いを受けている。


 ここまで来ると笑えてくるが、現在では王都の劇場で俺を題材にした歌劇まで上映されているらしい。

 ちなみに父上は見に行ったらしく、なかなか出来が良かったと上機嫌で手紙を書いてきた。


「嬉しい悲鳴というやつではあるんだが……さて、どうしたものか」


 ヴァル・フォン・フレイムが拝命した男爵位、そして彼が開拓し領有しているダート大森林。

 乗るしかない、このビッグウェーブにということで大量の移民希望者が現れ始めている。


 かつて俺が希望者を募った時にはうんともすんとも言わなかった街にほど近い奴らや、へりくだるだけでついていくとは一言も言わなかった開拓村の者達も、今すぐにでもはせ参じますといった前のめり具合で希望している状態だ。


 それにいちいち怒りを感じたり、くるりと態度を変える彼らを嘲笑したりすることはない。


 民衆というのは良くも悪くもそういう生き物であるという帝王学を、父上から学んでいたが故に。


(民衆も、時代の流れを感じているのかもしれないな……)


 突如として発生した、魔王軍によるフレイム伯爵領強襲。

 本来よりも三年ほど前倒しになったこのイベントは、『スペル・シンフォニア』において魔族の強大さを伝えるためのものだ。


 実際の被害はそう大きいものではなかったとはいえ、一歩間違えばフレイベルを始めとしてフレイム伯爵領自体が地図から消えていてもおかしくはなかった。

 実際俺が何も対策を打っていなければ、ゲームの通りに滅んでいただろう。


 これから先、この世界では以前とは比べものにならないほど沢山の事件が起こるようになる。

 大衆とはそういった不安には敏感な生き物だ。

 『今をときめく英雄であるヴァル様に頼ろう!』という思考に至るのも、理解できぬわけではない。


「実際、領民が来てくれるのはありがたい。現状であれば既に浅層の魔物であれば問答無用に一蹴できるしな」


 一度に大量の領民希望者が殺到しないよう、現在俺は父上の手を借りてフレイム伯爵領にて俺の領地に来る人間の選別をしてもらっている。

 そこでやってくる領民希望者達と共に、仕官希望者達もまとめてやってくる手はずになっている。


 とにかく人手が足りないため、玉石混淆で構わないから文官も送ってくれというと、父上は若干訝しがったが最終的には許可を出してくれた。


 もちろんわざわざ待てないと勝手に来ようと考えるやつらもいるだろうが、そもそもダート大森林はかつての入植者達が失敗するほどの危険区域だ。


 そんなことをしても魔物の餌になるだけとわかれば無茶なことをする者も出ないだろう。


「とりあえず獣人達を動かし、浅層の魔物を殲滅して入植準備を整えなくちゃな。今の時期であれば農耕も落ち着いているだろうから、負担にもならないはずだ」


 下手に目立ってしまったせいで、やらなければいけないことは多い。

 だが俺が頑張ってきたのも、全てはフレイム領を護るためのこと。

 今の結果を、何一つ後悔はしていない。


「また忙しくなるぞ……しっかりついてきてくれ、ララ」


「はいっ!」


 大規模な戦いが終わり一段落したことで、ここからしばらくの間は政治のターンがやってくることになるだろう。

 戦いを終えた後にはまた別の戦場での戦いがある。

 王国の領地貴族として、どちらも手を抜くわけにはいかない。

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