カール君は意外とドライです。
「ハーシェル様」
皆の捜査で明らかになった〝治癒が行われる〟といわれる貴族の館に向かっていたところ、後ろから小走りで追いついてきた副官に呼び止められた。
ハーシェルは立ち止まり副官が追いつくのを待った。
珍しいことである。
彼が部下の到着を待つなんてことは今までなかったことである。
一緒に行動していた皆がそう思い、局長は落ち着いていらっしゃる、と安心した。
しかし、当のハーシェルは焦っていた。
事前の聞き込みなどの捜査で、治癒が行われる現場は分かってはいたがイマイチ確証が持てなかったのだ。
まず〝そんな治癒魔導師が本当にいるのか?〟との疑問があったのだ。
ただ、それに関してはいくつもの証言というか聞き取りがなされており、ほぼ本当だろうという結論には達していた。
それに〝治癒が行われる貴族の館は合っているのか?〟という疑問だ。
これにはいくつか候補があったが最終的には最近教会に治癒を申し込んで断られた貴族の案件は一件しかなかったのでこれも大丈夫だろう。
最後に〝今までそいつはどこで何をしていたのか〟という根本的な疑問だ。
そんな最高位の白魔法を行使する魔導師がこの大陸で我々に知られることなく活動をしていけるとは到底思えなかった。
ならば、他の大陸からの流れものか?といえばそうかも知れないがこの大陸で〝白魔導師〟は教会により徹底的に管理されていることは広く知れれている事実だ。
そんなところにわざわざ来る奴がいるだろうか? 来たのだとしたら何故だ? ということがどうしても答えが見つからない疑問として残っているのだった。
「遅くなりました」
副官が近づいてきてそう一言謝る。
「いや、大丈夫だ。特に問題は起きてはいない」
ハーシェルはそう言って歩き出そうと踵を返そうとした。
「ただ、面白い話を聞いてしまいました」
副官がちょっとだけ声のトーンを上げ付け加えてきた。
「ほぉ」
ハーシェルは薄笑いを浮かべて振り返る副官の顔を見た。
副官もうっすらと笑顔を浮かべていたのだ。
「実はここに戻る途中で見回りの衛兵と鉢合わせをしそうになり、慌てて塀の陰に隠れてやり過ごそうとしたのですが…」
ここまで言って副官は一呼吸、置いた。
局長は軽くうなづき彼の話の続きを促す。
「奴ら、歩きながら喋っており、その内容が実は今回の白魔導師の話でした」
ここでまた彼は一拍置いた。
ハーシェルは笑顔になり、大きく二回うなづく。
「その白魔導師は、ついこの間貴族に抜擢されたばかりか、空いている館を下賜されたなどと喋っていました」
ここで局長の眉間に皺が刻まれる。
「?」
そして何か言おうと口を開き掛けた時、副官が言葉を続けた。
「その貴族の館というのが、20年前の我々の実験に使った」
「あの家か!」
興奮した声でハーシェルが副官の言葉を遮り声を上げた。
皆、一瞬、固まった。
「…そうです…あの、館です」
副官はそういうとニヤリと笑う。
ハーシェルも同じように悪い笑顔を浮かべる。
静香たち4人は足早に中庭を抜け北側の〝反省棟〟に辿り着いていた。
「…なんだろ? すごい匂いがするんだけど…」
キレイ好きで鼻のきく静香は、例の建物に近づいただけでその異様な臭いに気づいていた。
「あぞごににょりまじょう」
と言っているノィ本人も臭いのだろう。
鼻を摘んだ状態で喋っているのでよくわからない。
ただ、その臭そうで汚そうな建物を指差しているのであそこに行くんだろうとはミィは思った。
近づくと流石のミィにも異様な臭さが感じられ、知らず知らずの間に鼻を摘みながらうっすらと涙目になってしまっていた。
「ボジャバジバズゥ」
そう言ってノィは無造作に建物のドアを叩く。
「ちょ、ちょっと!」
静香が咎めるが時すでに遅く、すぐに中から鍵を開ける金属音がした。
ギギィと鈍い音をたて、大きく重そうな扉が開き、扉の隙間から男が顔だけ出してきた。
「こんな時間に何?」
男はそうぶっきらぼうに言い何故か大きく深呼吸をしている。
「うっ!!!っぷ!」
扉の隙間から流れ出る臭いに静香は息が詰まった。
「ぎょう、虎の人が来たでしょ」
ノィがなんとか聞き取れるよう頑張って喋ると
「…あぁ、虎の人ね。いるよ」と軽く返してきた。
「カール。今日来た人たちを返してちょうだい」
ノィは両手を腰に当て、胸を張ってそう命令する。
「何言ってんだ? このチビっ子は…」
カールがノィを凝視する。
ついでに他の者たちも見る。
女の子ばかりだ。
しかも白髪の子が二人に黒髪の美人と赤髪の赤ん坊。
…どういう集団だ?
「うーん… 別に出しちゃっても構わないけどよぉ…」
「じゃあ出しなさいよ」
ノィはそう言ってフフンと鼻を鳴らす。
あれ?
後ろで二人のやりとりを聞いていた静香は急に周りの変化に気づいた。
さっきまでの悪臭がほぼ消えていたのだ。
確かに途中からノィの喋りが普通になっていた。
「俺に、なんのメリットがあるんだっての」
カールと呼ばれた男はそう言ってニヤリと笑い
「金でもくれんのか?」
と言い汚い手を差し出してきた。
「あら? あんた気づいてないの?」
ノィは自信満々な口調で言い放つ。
「ん?」
カールは不思議そうな表情を浮かべると顔を左右に振った。
と、彼の目が見開き
「臭くねぇ!」
と大声をあげた。
「どう? 私ならこの建物全体をキレーにできるわよ」
すかさずノィがさらに胸を張ってそう告げる。
「マジか!」
カールは大きく見開いた目をノィに向け、満面の笑みでそう言うと急に真顔になってしまった。
「…無理無理。全然臭くなくなったら獄長が怒り狂うって」
カールがそう言うとノィはちょっとだけ考え
「じゃあさ、あんたの近くだけ臭くなくなる魔法をしてあげるわ」
「そ、そんなことが出来んのか!?」
「出来るわ。あんたの服とかに持続する〝浄化魔法〟を付与してあげるのよ」
「おぉ!」
カールは嬉しそうに服を脱ぎ出した。
「あんた、魔素持ち?」
ノィがそう聞いてきたのでカールは服を脱いだ状態で「ん?」という顔になってしまう。
「…いや…ねぇよ」
「じゃあ長くても一月くらいね」
「うーん…」
カールが悩み始める。
「服とかに簡単な魔法陣を描くのよ。それに魔素を注入して魔法を発動させるんだけど発動すれば魔素はだんだんなくなってくるのよね」
「…」
「なのでぇ、普通は切れそうになったら魔素を補充してもらうんだけど…」
「そういうの、商売にしてる奴が確か街にいたわ」
カールが気付きノィもそうだとうなづいている。
「お金がかかるのよねぇ、普通は」
「カネかぁ」
「友達とかにいないの?」
「友達がいねーわ」
「…残念な人だわね」
「う うっせぇ」
「で? どうすんのよ」
カールはさらに唸りながら考え込む。
だがそれも数秒のことだった。
「よし! 決めたわ。アイツら出してやるからこのネックレスにやってくれや」
カールは首から下げているネックレスを指差し、笑った。
「オッケー! こうしょうせーりつーね!」
なんか違う! と静香は心の中で突っ込んでいた。
が、魔法ってすごいことができるんだなと改めて実感していた。
早乙女美憂はことあるごとに『魔法が使えるようになりたい』と言っていた。
自分も今、さらに深く思った。
〝魔法ができるようになりたい〟と。
「そういえば、さっき話に出てきた獄長って人、虎の人たちがいなくなったら怒らない?」
静香は二人の交渉が成立したのを確認した後、自分が思っていた疑問を聞いてみた。
「あぁ…」
カールはノィの作業を見ていたが、静香の問いに顔をあげ
「獄長は今、地下で瞑想中なんだわ。実際は寝てるだけだけどな」
と言って地下に続く階段の方を見た。
「めいそう?」
ミィがつい聞いてしまう。
「おう、獄長はこの臭いが大好きなんだわ。だからあえてもっと臭い地下で寝るんだってよ」
「ゲェ… あ…」
静香はつい汚い言葉で返したことを心の中で反省した。
「何? そいつがゲンキョーなの?」
「しかもなんか知んねーけどこの間、契約の延長とかの関係で本国に出張してたんでことさら…」
と言いながら、カールはもう一度地下に行く階段の方をチラリと見た。
ノィはそんなカールの肩を叩き
「できたわよ」
と言いながら出来上がった魔法陣付きのネックレスを手渡した。
「やりぃ! これで1ヶ月は頑張れるわ。その間に次の仕事探すわ」
「それがいいわ」
静香はカールのこれからを肯定しキョロキョロと辺りを見回した。
「で? その虎の人とかは?」
「おーい。こっちだー」
急に部屋の奥の薄暗いところから声が上がる。
静香たちは声のした方へと小走りで向かい、ある鉄格子の前で立ち止まる。
「ちょっとぉ、あんまり大きな声を出さないでよ! バレたらどーすんのよ」
近付くや否や、ノィが抗議の声を上げる。
「大丈夫ですか?」
ミィは恐縮した感じでそう問いかける。
(獣人…初めて見た…マンガで見た感じと変わらないわね…)
静香は初めて見た獣人に驚き、何も言えずにただただ見てしまっていた。
「早く出してよ。臭くって死んじゃうわ」
後ろの方から今度は女性の声がする。
「おほほ。獣人さんはお鼻が効くからたいへんでしょぉ」
ノィが胸を張り手の甲を口に当てて笑っている。
「チッ 生意気な素人の嬢ちゃんだとは思っちゃいたが、まさか助けに来てくれるとはな」
「おほほほ もっと私を誉めなさーい」
「そういうのは後にして。早くここから出ましょう」
静香は鉄格子のこっちと向こうで交わされるやりとりを全否定して冷静に行動を促す。
「ホント、言いあってないでとっとと出てってくれよぉ」
カールがそう言いながら近づいてきてそのまま鉄格子の扉に鍵を差しガチャリと捻って開錠した。
「…いいんですか?」
皆がポカンとカールの行動を見ていた中、ミィが申し訳なさそうな感じで口を開いた。
「いいっていいって。どうせ獄長は死体以外には無関心だからよ」
「…死体…」
「で、でもヨォ…脱走したらさっきの衛兵に殺されるって…」
軽いノリのカールに、静香が恐ろしいワードを復唱し、エッホが恐々と聞き返した。
「あー あれ? ウソウソ。衛兵もこんな夜中に見回りなんかしてないし、ここに入れたってことはもう関係ないって言ってるようなもんだしな」
「え?」
「…」
皆、カールの言葉にポカンとしてしまう。
「え? 何? じゃなんで俺たちこんなとこに連れてこられたんだ?」
筋肉を震わせてブルーノが声を荒らげる。
「そんなことは知らねーしー。いいから早く行けって」
「いなくなったらあんたの立場がまずいことになるんじゃないの?」
後ろの方で小さくなっていた女性の一人が言った。
「へーきへーき。そもろも獄長は俺に関心がないし。さっきも言ったけど一階の生きてる囚人なんて基本無視だわ」
皆、本当か?という顔でカールの話を聞いている。
「そもそも一階の牢獄に誰か入ったのって、俺が来てからは初じゃね?」
「いやいや、そもそもで言えばなんで教会に牢屋があるんだよ!」
ブルーノがまたも声を荒らげる。
「なーに言ってんだ。逆らうヤツなんかを入れるに決まってんじゃんよ」
カールのこの言葉に、やっぱりみんなが〝決まってるわけない〟と思っていた。
「それじゃあ、益々あんたの立場、やばくない?」
ノィの言葉にカールは一瞬だけ首を傾げてはみたが
「良いんじゃね? 文句言われたら辞めるって言いやすいしな」
ここに来て、皆がやっと〝納得顔〟になった。
「…」
皆がいなくなり、一瞬で静寂が訪れた〝反省棟〟の一階。
カールは首から下げたネックレスを弄りながら自分の席に戻った。
と、すぐに地下から肥満した体を揺すりながらラルフ・シューリヒトが上がって来る。
そしてそのままカールの席の横に立ち
「よく出来ました」
と言って彼の肩をポンポンと叩く。
「ホントにこれで良かったんですか?」
カールがペンダントを弄ったまま呟く。
「いいんです。この間、本国に戻った時にいろいろとあってね。なんでも近いうちに〝枢機卿長の選挙〟があるそうですよ」
「選挙?」
「そうです。選挙です」
「ウチら関係ないじゃないですか」
カールはペンダントを弄りつつシューリヒトの方を向く。
「そう、関係はないんです。だからこそ、いろいろと頼まれまして…」
「いろいろっすか?」
カールはもう話には興味がないのか、再び俯きながらペンダントを弄り倒す。
「その分、何かと入り用でしょうと、とある部局から特別ボーナスとをいただきました」
「ボーナス!」
カールが目を輝かせてシューリヒトの方に顔を向ける。
「ふふふ。いいですね、反応が。大丈夫ですよ、ちゃんとマ…カール君にも出しますから、ボーナス」
「ありがとうございます!」
「ついこの間、秘密裏に遺体の処分を頼まれましてねぇ。本当は焼きたくなかったんですよ。本当は」
なんか急にスイッチが入ったみたいだ。
「なんとも素晴らしく、珍しい遺体だったのですよぉ… 女性で、大きくて太いんです!」
カールが話を続けるシューリヒトを見上げると夢見ているような表情をしている。
「しかも…脂肪で太いんじゃないんですよ。筋肉だったんです。ちょっと触っただけで私には分かります」
「あんな素晴らしい実験体を…あぁ…今思い出しても勿体無い…」
「なんで燃やしちゃったんです?」
カールが素朴な疑問を投げかける。
「監視です! 監視がいたのですよ! 流石の私でもどうすることもできませんでした……」
はぁ…と一息吐くとシューリヒトは一瞬だけ動きを止めた。
「ところが、です…それを服ごと焼いたところ…もの凄い異様な匂いがしまして…」
突然再び喋り出したシューリヒトは、そう言いながらうっとりとしている。
カールはそれを見て顰めっ面を顔をする。
「これがまた…この私が気持ち悪くなるような臭いだったのですよ…」
そんな匂いがあるのか? とカールが思ったがシューリヒトの表情を見て(あるんだ)と思い直した。
「それが例の〝留学生〟の遺体だったのですよ」
ハァ〜っと恍惚の表情でため息を吐く。
「で、おかしいと思いまして、調べようとしたんですが…」
カールはシューリヒトが言葉を切って貯め始めたので逆らわずに辛抱して待った。
「…ダメでした」
彼はわざとらしく落胆した態度を見せてきた。
カールは愛想笑いをし
「わからなかったんですか?」と質問を投げかけた。
「謎の留学生。謎の匂い。謎の上層部。謎だらけです」
アンタが言うなと思ったが、確かにみんな謎だなぁとカールは思った。
「なので本部の言うように〝引っ掻き回して〟みたのですよ、いろいろと」
「まーた〝いろいろ〟なんですか?」
「おほほほ… いろいろあり過ぎまして…」
「あー…あるんですね? いろいろ」
「そう。いろいろね」
「はあ…?」
「いいんです。マル…カール君には関係ないですから」
「いやいや獄長! 完全に片棒担いでますって!」
「ふふふ。本国からは〝この件に関しては独自に動いて良し〟とのお墨付きをもらってますんで」
肥満体はそう言ってフフンと笑い自分の席へと移動する。
そしてその巨体をドスンと椅子に乗せるとハァと大きく一息吐き
「これは教育指導局とは別の部局からのお仕事ですので、ね」
ほほほと笑いながら自分の指の臭いを嗅いでいる。
「それに、ここの衛兵どもなんかは絶対に関係したくないでしょ? 我々とは」
と言いながら背もたれに身を任せる。
「あと…ここの支部長も、いろいろと本部に目をつけられているみたいです」
「あぁ、だからですかね? ここの支部長さんってやたらと本部の動向を気にしてるっていうか… そういえばあの〝教育指導部〟ってなんで来たんです?」
カールの言葉にシューリヒトは天井を見ながら
「ふふふ、表向きは脱走した聖女候補者の探索だそうですよ。でもまぁ…どこまで本当のことを言ってるのか…」
と言うとゆっくりとカールに笑顔を向けた。
「その辺もいずれ明らかになるんじゃないですかねぇ」
「…いずれ、ですか?」
「それよりも、もっと大きなイベントが起きるそうですよ」
「え? イベント…ですか?(なんかやたら情報が多すぎるような…)」
「そうです。本部はそのうち帝国が大きな戦争を仕掛けるって言ってましたね」
「や、やばいじゃないですか!」
「そうです。ヤバいです」
「な、の、で、ペーター君はもっと大変になるでしょうね、多分」
と言って深呼吸をした。
「いやいやいや! 我々も大変じゃないですか! 帝国ですよ!? あの教会嫌いの!」
そう言ってカールは慌ててペンダントをシャツの中に仕舞う。
「そ、あの帝国が。です。面白そうでしょ? ふふ」
「あー…獄長、戦争になると死体が増えるとか考えてるんじゃないです?」
カールがそう言ってシューリヒトの方を見た。
「おやおや、カール君もなかなか鋭い。でも、それは正解ではありませんよ」
「は?」
カールはシューリヒトに褒められたことと返した答えが正解ではないということでちょっと眉間に深い皺が寄ってしまった。
「ほほほ。そんな顔をしない。大丈夫、大丈夫。聖教会はちゃんと対策を考えてますから」
シューリヒトはそう言ってニヤリと笑う。
ペーター君、上層部から目をつけられた上に、隠し部屋の第三王子がいなくなったことがバレたら…どうなることやら…楽しみかもですね。
手駒もいい感じで揃って来ましたしぃ…あぁ、それに、あの大御所が近々ここに来るはず、ですね。
うふふふ…あの屍を動かす…楽しみですねぇ…




