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ヨハン、災難に見舞われる。

「本日は、我が屋敷の完成と、娘の婚約を祝う集いにご参加いただき、誠にありがとうございます!」


パーティー会場となっているエントランスでは、この屋敷の主人がお客たちを前に挨拶をしている。

ゆったりとした音楽が流れ、着飾った多くの男女が飲み物や軽食を口にしながら笑いながら語り合っている。

まだお酒が飲める年齢に達していないヨハンは、軽食を摘むこともなくいろいろな人に挨拶回りをしていた。

付き添いの〝お爺〟と共に人と会い、新しく当主になったことを少しでも皆に知ってもらうため挨拶をして回っていた。


はうぅ… 思っていたものとはだいぶ違うぞ?

お爺に「パーティーに連れて行く」と言われたんで、美味しい食事と面白い会話で楽しいひとときが…なんてことを想像していたのに。

私が幼い頃、父は『パーティーとは美味しくて面白いことだ』と、おっしゃっていたと記憶していたのだが…

これが現実なのか? 全然楽しくない…


「お爺、疲れた。ちょっとトイレに行ってくる」


「おぉ、気をつけてな。しばらく外の空気でも吸ってきなさい」

孫に声を掛けられた伯爵はニッコリと笑いながら左手に持っていたグラスを軽く上げ、ウインクをしながら貴族同士の会話へと戻っていった。


うーん…流石はお爺だ。

こんな長時間の立ち話でも全く嫌な顔ひとつせず、にこやかに会話を続けている。

しかし、開始から2時間ほどしか経っていないというのに、私は…


チラリと壁に架けられた豪華な時計を見て「はぁ…」と自虐的なため息をひとつ吐き、廊下へと繋がる扉を押し開け会場から脱出した。

お付きの騎士二人と一緒に小用を済ませ、背の高いガラス張りの窓が、美しい夜空をまるで絵画のように演出してくれている静かな廊下でしばし佇む。

そして、今日、挨拶を交わしたこの新邸と婚約者の二人を思い浮かべる。


二人とも〝20歳〟だと嬉しそうに私に語っていた。

これで憂うことなく家を継げるとも言っていた。

そう言われた瞬間、自分のことを振り返っていた。


父も母も同時に事故で亡くなった。

私はまだよくわかっていない幼子であった。

お爺は私にこの家を託すと言った。

今日まで、この〝託す〟という言葉の意味を考えたことはなかったが、あの二人を見た瞬間、これが家を託されるってことなんだと実感した。

楽しそうでもあり、嬉しそうでもあった。

が、家庭教師の先生が世の理〈ことわり〉の授業で言っていたことがなんとなくだが理解できそうな気がしてきた。


〝家を継ぐ〟ということは、誇りであり誉ではあるが、非常に困難なことである。


そんな言葉であったと記憶している。

先生は

「私は三男だったため、家を継ぐことはなかったが、現在の兄を見ていて思ったよ。自分じゃなくてよかったと」

と言って薄い笑顔を見せてくれていた。

あれは、苦笑いだったんだろう、と今では思える。

まだ成人前の私は〝仮〟の当主だ。

3年後には成人し、正式なミュラー伯爵家当主となる。

それまで父とお爺の意思を継ぎ、立派な当主となるため、研鑽し続けなければ。


うぅ…考えれば考えるだけ迷いが生じて全然まとまらない。

…さて、戻ろうかと思った瞬間、美しい廊下の景色にそぐわない音が耳に入ってきた。


「グエッへへへェ♪」


そう、今までの人生の中で聞いたことのないものだった。

なのでどう聞いても人の声には聞こえなかった。

最初はこの屋敷内に魔物でも湧いて出たのかと思ったほどであった。

しかし、声のした方へ近づいてみるとそこには二人の人間が壁際に向かって何やら蠢いている様子が見てとれた。

更に近づいてみれば、男二人がメイド服の小柄な女性を囲み、例の声を発しつつニヤニヤと笑っているのであった。

これは…よろしくない状況のように感じる。

メイドの顔を見ても、とても嬉しそうには見えない。

しかし、不思議なことに下品な声を出している男二人の格好はとても立派な騎士に見えるのだ。

服装も着崩したりしておらず、品の良さも感じる。

が、表情と声には全く品を感じない。

しかも〝帯刀〟しているのだ。

ということは、それなりに身分の高い人物の付き添いだろうか。


「ヨハン様、彼らは近衛兵のようです」


付き添いの一人が私にそっと耳打ちしてくれた。

あぁ… ということは、本日お見えになっている〝第一王子〟の護衛であろう。

…とはいえこの状況は看過できない。

貴族としての振る舞いとして毅然とした対応をしなくては。


「失礼。ここで何をしているのですか?」


「あぁーん?」

丁寧に声を掛けたにも関わらず、帰ってきた返事は不満げな声と表情だった。

振り返った二人の近衛兵は、声のした方へ視線を下げ

「おっと、貴族のお坊ちゃんでしたか。これは失礼いたしました」

と言ってニヤニヤと笑うのみで状況は特に変わらなかった。

「女性が困っているように見えます。解放してあげなさい」

私は舐められないよう、胸を張って意見を言ってみた。


「いやいや、これは男と女のよくあるお楽しみの一つですのでぇ」

「まぁ、お子様にはお分かりにはならないかと…へへへ」

と笑いながら返され、目つきも私を蔑むような感じになっていく。

よく見ると顔が赤い。

どうやら二人とも酔っているようだ。


「無礼な!」

二人の男の言いように私の付き添いの兵士の一人がキレてしまったようだ。

すると、ニヤニヤしていた近衛兵の二人は、急にスイッチが入ったように無表情になり腰の剣に手をかけた。

私はマズイと思い半歩下がって

「ここでの抜刀は罪に問われます。手を離しなさい」

と言った。

しかし、その言葉が逆に彼らを刺激してしまったようで


「ガキがぁ! 偉そうに!」

「余裕ぶってんじゃねぇよ!」


と言って二人とも剣を抜いてしまった。

慌てて付き添いの兵二人が私の前に出た。

近衛兵の後ろにいたメイドさんは恐怖でしゃがみ込んでしまった。

そしてウチの兵士が打ち込んできた近衛兵の二人に素手で立ち向かう姿を横目で見ながらしゃがみ込んでいるメイドさんの方へ私は移動した。

「大丈夫ですか?」

私は彼女のそばでしゃがみこみ、そう声を掛けるが、恐怖で震えるばかりで私の声も聞こえていないようだった。

しかし、このままここにいては争いに巻き込まれる可能性が高い。


「ここにいては危険です。移動しますよ」

私はそう言って彼女の手を取り立ち上がった。

その瞬間、身体に激しい痛みを感じその場に再びしゃがみ込んでしまった。

〝パキッ〟

……何かが壊れるような音がした。

…痛い。


「や、やべぇ!!!」

「ウオォっ!!」

「ヨハン様!」

「貴様らぁ!!!!」


すぐ後ろで誰かが叫んでいるようだが、ものすごく遠くから聞こえる。

誰かがドタドタと音を立てて走っているようだ。

何故か心臓がドクドク動いているのを感じる。

左肩が痛い、というか熱い。

左に目を向けると同時に、誰かが私の身体を支えるような感じで背中を触っている感触がした。

ん? 何も見えない。

真っ暗だ。

…いや、違う。


私の 腕 が 黒い のか? 肩が 白い?


「ヨハン様ぁ!」

誰かが私の名前を呼んだのが聞こえた瞬間から記憶がない。


あとでお爺から聞いたのだが、私は死んでもおかしくない傷を負わされてしまったようだ。

ではなぜ生きているかというと、お爺が持たせてくれた〝身代わり〟の魔道具が作動したためだそうだ。

…あぁ、あの何かが壊れるような音は魔道具が効果を発揮した音だったのだな。

私の傷の原因は、酔った近衛兵が振りかぶった剣が後ろにいた私に当たったためだそうだ。

故意ではないという話ではあるが、お爺は第一王子に烈火の如く怒ったそうだ。

王子は謝罪をしたそうだが、このことが公になることはないそうだ、ともお爺は言っていた。

なので教会に内密に治療を申し込むも

「今は忙しいので順番待ちになります」

と断られてそうだ。

そこをなんとかと言うと袖の下を要求されたそうだ。

しかも、払えるような金額ではなかったそうだ。

「ワシは怒りで血液が沸騰しそうになった」

とお爺は言っていた。

当てにならない教会を出たお爺はその足で〝白魔法ギルド〟に行って治療の依頼をした。

が、どこの国の白魔法ギルドも同じなのだが、軽傷を治療する者はいるものの、重傷の治療を出来る白魔導師は少ない。

しかも、このエーレシュタート王国のギルドの重傷を治療できる人材は、今ちょうど出払っていていないのだとのことだった。

お爺はとりあえず数名の高位の白魔導師を連れ帰り、治療に当たらせた。

その上で、直接王様にもことの成り行きを説明したそうだ。

よく王様もお爺の話を聞いてくれたもんだと思ったが、これで私が死んでしまった場合、王国としても伯爵位の貴族家が一つ、なくなってしまうのだ。

しかも後継者である第一王子の取り巻きが起こした事件のせいで。

これがきっかけで内乱などが起こる可能性も否定できない。

私がまだ赤子だった頃にも第二王子の件で結構なことになったそうだ。


しかし辛い。


治癒魔法を掛けて貰っている間は痛みも薄く意識もはっきりしているのだが、魔導師が交代する時や効力が弱まってきた途端、激しい痛みが襲ってくる。

すると、心臓の鼓動が爆音のように感じ始め意識が遠のいていくのだ。

これがほぼ丸一日続いている。

なんてことを考えていると、お爺が近づいてきた。

「ヨハンよ。つい先ほど、王から連絡が来た。最高の白魔導師を向かわせたので治療を受けてくれと」

そう言って、お爺は怒っているようだ。

「お爺、何故怒っているのだ?」

私がそう聞くと、お爺は憮然とした表情のまま

「ふん、これで上手くいってしまうと貸しがチャラになってしまうではないか」

と言ってきた。

私はクスッと笑い

「良いではないですか。どうせ貸しなど作っても返してもらえる保証などありませんよ」

と言った。

それを聞いたお爺は

「ふん! 治ったところでチャラにはせんぞ!」

と言ってニヤリと笑う。

あぁ、一応お爺も安心したのかもしれないな。


しばらくすると執事のチャンドラーが怪しい男を一人連れて部屋に入ってきた。

あぁ、この怪しい人が白魔導師なんだね。

どう見ても黒魔導師にしか見えないけど。

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