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みなさん、残業、お疲れ様です。


夕方、ペーター・シラー枢機卿は〝教育指導局〟のリーダー格の男から呼び出しを受けた。

どうせまた細かいことを指摘して

「大丈夫ですか? 教皇様肝入りでこの国に赴任されているとお聞きしておりますよ。枢機卿」

とか言うのであろう。

ここのところ日に数回、小姑のように文句を言われるのだ。

やれ『窓枠の埃が取り切れていない』とか

やれ『説教時の声の張りが足りない』とか

やれ『お布施の額がこれでは足りなくないですか?』とか言ってくるのだ。

全く忌々しい!

そんなことを思いながら開けた扉はいつもより乱暴に開かれてしまったようだ。

部屋に入ってリーダー格の男と目が合った時、男はちょっとだけ驚いているようだった。


ふっ ザマアミロ。


「遅くなりました」

乱暴に扉を開けたことの言い訳としてそう言いながら私はソファに腰を下ろした。

「いえいえ、慌てさせてしまい、申し訳ございませんね、枢機卿」

男はそう言って薄く笑った。

そして少しだけ居住いを直し

「奴らの潜伏先が判明しました。これからすぐに向かいたいと思います」

と言った。

「今から、ですか?」

慌てた私はつい聞き返してしまった。

「はい」

男はそう言ってニコリと笑い、ソファの背もたれに体を預けた。



シュミット衛兵団指揮官長を先頭に十数人の教会の衛兵が庶民街を進んでいく。

すでに太陽は沈みきり、建物の窓から漏れる光や街灯が、ところどころで淡い光を放っているがここは飲屋街とは違い人通りが少ないし暗い。

それでも点在している建物などからは人の話し声なども漏れ聞こえる。


「シュミットさん、相手は凶悪犯だって聞いたけどこの人数で大丈夫なの?」

物怖じしない莉美が重々しい雰囲気などお構いなしに質問を投げかける。

「なんだ? 怖いのか?」

「そりゃ怖いですよ」

すかさず静香が応える。

莉美もうんうんと頷く。

「…いい心がけだ」

シュミットは振り返りもせずにそう言って笑った。

「ただ、今日のお前たちの任務は後方待機だ。決して交戦してはならん」

「なんでだよ!」

すかさず悠斗が文句を言う。

「命のやり取りになるんだぞ? できるのか?」

「で、できる!」

悠斗は慌てて言い返すが吃ってしまい顔を赤らめる。

「ふっ 気持ちだけは一丁前だな。だがまぁお前らにはまだ早い。それに何事も穏便に済めば上場だろ? ま、ワシらに任せておけ」

「ば、バカにすんな!」

「バカにはしておらん。ただワシの経験上、お前らにはまだまだ実践は早いと思うし後方待機も立派な仕事だ。ま、対人戦は…」

そこまで言ってシュミットは口を噤んだ。

悠斗も察したのか黙ってしまった。

そう、人同士の争いになると言うことは、人に向けて剣を振るうことになる。

ということは〝人を殺す〟と言うが起こるのだ。

悠斗としては先日の悪夢が蘇ることになりかねない。

今は魔法の力を借りたりして忘れようとはしているが、こればかりはそう簡単に克服できることではない。

シュミットとしても、経験を積んでいくしかないだろうと考えている。


しばらく歩くと先頭の衛兵が立ち止まる。

目的地に着いたようだ。


本部から来た白いローブを身に纏った2人の男が先頭に立ち宿屋の扉を開け中に入る。

シュミットはふと思った。

あのイヤな感じのリーダー格の男がいないだけでこれほど気持ちに余裕ができるのかと。


「エファンゲーリウム聖教会から来ました。ここに教会関係者を攫った犯人が隠れているという通報がありました。よって調べさせていただきます」


男の言葉が終わったことが合図になって、後ろに控えていた衛兵たち4人ほどが一気に中に入る。

受付のカウンター内で掃除をしていた店主は、言い返す機会も与えられず大勢の衛兵に囲まれてしまった。

「そ、そのようなお話は聞いておりませんが…」

と言うのがやっとで、何が何だか分からずただオロオロとしているだけだった。

「では調べさせていただきます」

そう言うと衛兵たちは階段を登っていく数人と目の前の食堂へ行く数人に分かれて突入する。

どうやら目的の部屋はすでに確定しているようだ。

白ローブの二人はそのまま扉の横で待機している。



「この方向で間違いないですね?」


貴族街を歩いていた先頭のハーシェルが立ち止まり言葉を発する。

いきなり立ち止まり念を押されたユルゲンスは、慌てることなく

「は、はい。 今夜治癒が行われる貴族の家はこの区画で間違いありません」

と応えた。


「…わかりました」


ハーシェルはそう呟くと再び歩き出した。


これから〝聖女の種〟の保護に向かおうとしていた矢先にその情報が飛び込んできたのだ。

「ハーシェル様、今夜、例の高位完全治癒の男が貴族の治療を行うという話を聞きました」

控え室にて出発の準備をしていた彼に、慌てて入室してきたユルゲンスという部下が近づいてきて耳元でそう呟いたのだ。

ハーシェルはユルゲンスの襟元を掴みグイッと顔を寄せ問いただした。

「その情報は、確か、ですか?」

滅多に見ることのないハーシェルの鬼気迫る顔を間近にしたユルゲンスは一瞬、息ができないほどの恐怖に覆われ言葉を発する事ができなくなってしまった。

「あ……」

言葉に詰まる部下を見て、ハーシェルは我に返った。

彼は握っていた襟をそっと離し、半歩下がって表情を整えた。

「これは私のミスですね、ユルゲンス、許せよ」

「い、いえ。私こそ取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」


ユルゲンスの話では、王城で働いている友人からの情報であり、信用性は高いそうだ。

彼はこの国の出身でその友人とは子供の頃からの知り合いであり、現在は王様付きの世話係のような事をしているそうだ。

今夜、情報収集を兼ね、その友人と酒場で飲んだ時に仕入れた情報であった。

友人曰く

「数日前、第一王子の手下がある貴族を瀕死の状態にしてしまって、聖教会に治癒を申し出たところ断れらたそうだ。んでその尻拭いのため例の男が呼ばれたらしい」

で、その治癒が今夜、行われるという話だそうだ。

ユルゲンスは裏取りのため、ここの治癒担当の者に話を聞いたところ、ある貴族からそういった話は来たがちょうど今、高位完全治癒を行使できる魔導師である大司教が地方へ出払っていて出来ないと断った、と言う。

裏取りとしては少し弱いと思ったが、時間がない。

なので彼は取り急ぎハーシェルにその事を伝えた、ということだ。

ハーシェルは一瞬だけ迷ったが、すぐに部隊を二つに分け、自らは〝謎の高位完全治癒を行使する男〟捕縛の方へ行く事を決めた。

ことは重大だ。

こういったことが許されてしまったら、聖教会の地位が根底から覆されてしまうのだ。

ハーシェルが信じ、守ってきた教皇様の教えを蔑ろにする者は、例え枢機卿であっても国王であっても排除しなくてはならないのだ。


瀕死の兵士を瞬く間に治癒した者がいた。


そんな噂話を聞いた部下が何人かいた。

〝聖女の種〟を探索していた時に偶然聞いた情報だ。

最初は脱走した聖女候補の者がやったことだと思ったが、よくよく聞いてみるとそれは〝貧民窟によくいる様な小汚い男〟だったそうだ。

となると、聖女候補の者ではないことになる。

だがそれはそれで由々しき問題だ。

聖教会の者以外で〝白魔法〟の上位魔法である〝高位完全治癒〟を行使できるという事実はあってはならないことなのだ。


『〝高位の治癒魔法を行使できるのは我々聖教会だけだ〟という事実が、この世界で我々が確固たる上位者の集まりであるということの証明なのです』


教皇様の教えだ。

実際、他の大陸などでは高位の治癒魔法を行使する白魔導師は結構いるらしい。

が、この大陸ではそれは我々エファンゲーリウム聖教会の独占魔法となっている。

そう、長年かけてそうなる様にしてきたのだ。

教皇様曰く

「私が数百年かけて築き上げてきたこの聖教会の地位を脅かすものは、何人たりとも許すことはできません」

枢機卿以上の方々への説法で教皇様がそう言っているのを何度も聞いている。

が、教皇様は一体何歳なのだろうか?と考えてしまう。

一度、直接聞いてみたことがある。

「私はこの聖教会のため、人として生きることを捨てました。1000年は経っておりませんが500年は過ぎたはずです」

とこっそりと耳打ちしていただきました。

「これは、私とあなただけの秘密ですよ」

と念押しされました。

…私は心の底から感動しました。

この方のため死ねると確信しました。


私は孤児だった。

所謂〝戦争孤児〟だ。

どこのどういう戦争での孤児かは誰も教えてくれなかった。

物心がつく頃に聖教会の孤児院でそうだと教えられただけだ。

本当はそうじゃないかもしれないが調べる方法はない。

そこで私たちは聖教会の教えを覚え聖職者になるよう教育をされた。

ほとんどの子は聖教会での仕事に着いた。

が、私は違った。

途中から兵になるよう教育された。

聖教会の教えと同時に戦い方を教え込まれた。

剣、盾、槍などから素手での戦い方まで徹底的に教え込まれた。

その中でも優秀だった数人が〝傭兵〟として各国の傭兵組内などに登録し働くことになった。

私は16歳から傭兵として様々な仕事に就いた。

魔物狩り、国境警備、要人警護、他国での戦争などなど…

気がつけば傭兵仲間内ではナンバーワンの地位になっており、仕事もリーダー的存在として組合から信頼され任せられていた。

そして40歳になろうかという頃に聖教会から戻ってくるよう指令を受ける。

そしてその時から教皇様直属の〝教育指導局〟の実行部隊のリーダーになったのだ。

以来10数年、数々の仕事をこなしてきた。

そろそろ引退かと思ってはいるのだが、後進の育成が全く進んでいない。

副官などは私が厳しすぎると言うが厳しすぎるくらいがちょうどいいと思っている。

そんな中、聖女の候補者が数人で脱走した。

私がこの地位についてからは初めてのことだ。

調べてみると組織のあちこちに堕落した〝ほつれ〟が多々見受けられた。

なので粛清の意味も兼ねて大勢の関係者を処罰した。

教皇様に報告した時には「お前はやはり頼りになる」とお褒めの言葉をいただいた。

嬉しかった。

私を褒めてくれるのは傭兵組合の偉いさんか教皇様だけだった。

そして今、逃げ出した聖女候補者の保護に赴いたこの国で、教皇様の教えに逆らう魔導師の噂を聞いた。

そんなことは許されるはずはない。

幸い聖女の種たちの捕獲は難しいことではないと判断できたので、私は精鋭を連れその魔導師の排除に向かうことにした。

ユルゲンスの情報は〝確実〟ではないが〝嘘〟だと決めつけることは難しい。

なので私自ら確かめる必要がある。

情報では今夜魔導師がある貴族の家で治癒を行うらしい。

できれば治癒の前に接触したかったがダメだった。

なので、その帰り道で接触を行うことにした。


絶対に許されることではないのだ。

絶対に排除しなくてはならないのだ。

絶対に…



奴隷商の一行は、聖教会のガサ入れの時ちょうど食堂で食事をしていた。


「エファンゲーリウム聖教会から来ました。ここに教会関係者を攫った犯人が隠れているという通報がありました。よって調べさせていただきます」


言われた途端、拾った女の子の中のひとりが鬼の形相で立ち上がり臨戦態勢になる。

一番小さい子はビクリと怯えるように身震いし一番年嵩の子の後ろへと逃げ隠れた。

喧嘩っ早い獣人の戦士だった彼女はニヤリと笑い腰の剣を抜き払いテーブルの前へと進み身構えた。

大柄な獣人の男は彼女の後ろに控えるようの立つと皆を庇うように胸を張った。

が、よく見ると足は小刻みに震えている。

他の者たちは何が起きたのか分からなかったが、獣人たちの行動を見て慌ててその影へと身を隠した。


「あたしはねぇ、聖教会ってやつが心底嫌いなんだわ」


獣人の女はそう言って低く構えた。

すぐにドヤドヤと銀色に光る聖教会の鎧を身につけた衛兵数人が食堂に乱入してきた。

「お、お待ちください」

宿屋の店主は慌てながらも小走りで衛兵たちの後ろから声をかける。

「店主。これは聖教会の正式な捜索である。邪魔をすれば反逆者として逮捕することになる」

教会衛兵団指揮官長 ゲアハルト・シュミットが落ち着いた口調でそう告げる。

「正式なと申されましても…当店は聖教会には属しておりません」

店主も負けじと言い返す。

「そういう問題ではないのだ。ここに教会に逆らう集団がいるとの情報を得たのだ。となれば調べなくてはならん、そうであろう?」

一見穏やかな言い方には聞こえるが、よくよく聞けば高圧的だ。

教会に逆らう者がいる、その者がここにいるらしい、では調べるのが当たり前だ、邪魔をすれば仲間とみなす、と言うことだ。

「…」

道理ではないが、逆らうことも難しい。

エファンゲーリウム聖教会はこの大陸では最もメジャーな教会だ。

エーレシュタート王国では一応〝国教〟として信仰されている。

貴族の多くは信仰しているそうだが、この国の一般市民はあまり宗教に興味がないのだ。

とはいえ国教である。

逆らうことはできない。

店主は仕方なくその場をあけ、食堂の隅に移動した。

同時に衛兵数人がグルリと食堂を見渡し、一組のテーブルに目をとめた。


「獣人か。邪魔をするな、その後ろの」

衛兵のひとりがそう言った途端、彼女はバネ仕掛けの人形のような素早さで先頭の衛兵をショルダータックルで吹き飛ばした。

「はっはぁー! 王都の聖教会の衛兵さんは弱いねぇ!」

彼女はそう言い放つと横の衛兵に殴りかかる。

衛兵は素早く籠手でパンチを受け流しつつ刃のない捕獲用の剣を横に薙ぎ払った。

獣人はしゃがみ込むことで剣を避け足払いを放つ。

が、威力が弱かったのか蹴られた衛兵はバランスを崩した程度で持ち堪え、踏みとどまった。

そのまま剣を振り下ろそうとしたが、もうひとりの衛兵が振り下ろした剣とぶつかってしまい獣人の頭上で二つの剣が弾けた。

「にゃはは~ん」

彼女はそう笑いながら素早く最初の場所に引き戻り、再び低く構えて衛兵たちを睨み据えた。


「ほほーぉ、なかなか味のある相手のようじゃないか」


一歩引いて戦況を眺めていたシュミットがそう呟きズンズンと最前列へと歩を進めた。

「げっ! やべっ 強そうなの来ちゃったじゃん!」

彼女はシュミットが前に出てきた途端、フーッと唸り声を上げ体毛を逆立てた。


「すみません!」


食堂に女の子の声が響いた。

皆がピクリと反応し動きを止める。

すると大きな獣人の後ろから女の子がゆっくりと姿を現した。

「戻りますのでこの方達には何もしないでください」

俯きながらの訴えだが、声は震えておらずしっかりと聞こえた。

「ふむ… こちらとしてはひとりが吹っ飛ばされとるしのぉ… 何もしないってわけにはいかんのだが!?」

シュミットはそう言いながら髭を扱く。

さて… 吹っ飛ばされたくらいで済んだんで良しとしたいところだが…本部の奴らはどう思うか…

なんて考えていたからだろうか、後ろからその〝奴ら〟が声を上げる。


「何を勝手な! 我々聖教会に仇なすものは皆等しく罰せられるのだ!」


やれやれ… このまま静かにことを収めれば双方とも損害なく終わると言うのにの…

「助けがいるだろう!? 俺を使え!」

さらに被せるように悠斗が叫ぶ。

…全く… わざわざことをややこしくしおってからに…

ズカズカと本部の二人と悠斗が食堂に侵入してくる。

その後に3人の女勇者たちが続く。


「無駄な争いは避けるべきじゃない?」

「ホントに…悠斗くんは暴れたいだけでしょ」

「うーん… 対人戦はまだちょっとイヤかも…」


後ろの3人はこの争いには消極的だ。

何せ相手は〝人〟なのだ。

正義か悪かとか関係なく、人を殺す可能性があるのだ。

ただの女子高生だった3人からすれば悠斗の言ってることなど理解ができないのだ。


「やめておけ。奴らの中で戦える者など二人だけだわ。それでもやるって言うならやるが、ただの虐殺になってしまうぞ?」


「ヒィ」

シュミットの声を聞いた宿屋の主人が短く悲鳴をあげた。

「嘘つけ! あのデカイ獣人なんてめっちゃ強そうじゃんか!」

「よく見ろ悠斗、あいつ、こっちをジッと睨んではおるが足なんか震えとるわ」

言われて悠斗が虎の獣人の足を見ると、確かにプルプルと小刻みに震えていた。

「なんだよ! でかい図体して! 情けねぇな!」

「む、ムチャゆーな! お、俺は料理人なんだよ!」

悪態をつかれた虎の獣人が反射的に言い返す。

「教育局のお二人。ここは穏便に話をまとめた方がリーダーの心象も良いと思うのだが?」

後ろに来ていた本部の男にシュミットはそう言ってニコリと笑って見せた。

「無駄に一般市民の家を壊したりしても聖教会の評判が下がるだけであろうよ」

そう付け加えわざとらしく大きな仕草で剣を鞘に収めた。

何か言おうと口を開けたが、せっかく事が綺麗に収まる機会を逃すことになると悟った男は「ゴホン」とわざとらしく咳をし

「そうですね、わざわざ事を荒立てることもないでしょう。ただ騎士長殿? 我々は教育指導局のものです、お間違えのないように」

と言って薄く歪んだ笑顔を顔に浮かべた。

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