今夜は〝初めてのお使い〟ならぬ〝初めてのお仕事〟です。
「おぉ男爵! よく帰ってきてくれた!」
片膝ついて背中を丸め拳を床に付けた体勢で、心の中で『ダダンダンダダン』と繰り返していた俺に、王様の悲鳴に近い声がかけられる。
俺はすっくと立ち上がり、声のした方に体を向けニッコリと笑い
「帰還命令をいただき、急ぎ戻ってまいりました」
…言葉、変だったかな?
「すまんな。目的地目前で呼び戻したりして」
王様は多少慌てた雰囲気で俺を気遣う。
「いえ。で、何事でしょうか」
急いでいる感じだったので要件を聞いてみる。
「実はな」
俺は今、貴族街の道をひっそりと歩いている。
この街区は街灯もあり衛兵の見回りもある。
そんな道を俺は見るからに怪しい格好で歩いているのだ。
漆黒のローブに銀糸の縁取り。
そして顔が隠れるようにフードを被り歩く。
裾は脛の真ん中までありほぼマントだ。
靴はゴム底の長靴で音が立ちにくい作りになっている。
そして極め付けが〝マスク〟をしているのだ。
但し、普通の〝マスク〟ではない。
いわゆる〝魔道具〟だ。
「正体を隠すアイテムとして、良いものがあるぞ」
王様が自慢げに手渡してくれたのがこの〝石仮面〟だ。
……
正直、言われた瞬間、背筋が凍ったわ。
〝石仮面〟って…
被った途端、シュシュって骨針が伸びて吸血鬼になっちゃったりして…
なんて思ったけど、見た目はあの感じじゃなくて、ただの黒いカレー皿って感じだ。
で、これを顔に装着すると着けた人の魔力で張り付きよほどのことがない限り外れないそうだ。
効果としては、装着した途端、顔が黒い靄に包まれたようになるんだわ。
俺が見た感じでは〝ブラックホール〟のようだと思ったよ。
その上、声もだいぶ変わっちゃってマジすごい。
これでフードを被れば完全に顔は見えないし個人を特定するのは困難だろう。
でもまぁ、怪しさ満点だけどね。
王様曰く
「正体を知られるのは困るんだわ。王室お抱えの謎の白魔導師ってことにしてぇんだ。お前、土魔法得意だろ? なら相性もバッチリだ!」
と勝手に俺の設定を決めてくれたようだ。
「俺もお忍びで出かける時に何度か使ったけどよ、気配まで薄くしてくれるみたいだしいいぜ」
とのことだ。
こんな貴重な魔道具や高価そうなローブをタダでくれて、ありがとう! 王様!
…これぞまさに異世界の○ラック○ャック!
なんてはしゃいでいる場合ではない!
なんと、髭を全部剃るハメになったのだ!
〝謎の白魔導師〟って設定のためには特徴的な外見は避けなければならないとかなんとか言われて抵抗する間もなく椅子に座らされてしまったのだ。
そして
「刃物を使いますので。くれぐれも暴れたりしないようにお願いいたします♪」
と城のメイド長らしき初老の女性に念を押され、散髪と髭剃りを決行されてしまったのだ。
おかげで顔はスッキリしました!、髪の毛もばっさりイカれてしまいました。
ただ、髪の毛の長さだけは〝長めで!!〟と強硬に主張したため肩甲骨に掛かるくらいの長さで妥協していただき、街でよく見かける〝ちょっと髪の毛長めの魔導師スタイル。〟なりました。
髪の毛なんていつなくなるかわからんのだから、生えているうちに楽しまないとね。
…それまでは背中の真ん中ぐらいまであったのに…
しかも、髭、全部剃られてから例のマスクを渡されたんだよね。
これって髭、あってもなくても関係なくない?
スッキリした顔にピッタリと仮面をはめた状態で貴族街を闊歩する俺。
『見るからにぃ〜♪怪しいよねぇ〜♪』
鞄の人が歌っている。
…確かに。
こんな姿で職質などされようものなら、即逮捕だ!
だから、なるべく衛兵の見回りに合わないよう、細心の注意を払って歩いている。
無事に目的の屋敷の裏門に辿り着いた。
コンコン ココンコン コンコンコン
あらかじめ示し合わせてある、と説明されたノックの回数を実行する。
しばらくするとカチャリと金属音がし、扉の上の方にある小さい覗き窓の蓋が外れた。
……覗かれているようだ。
裏門をはいえ、ここは貴族の邸宅だ。
ちゃんと扉を照らす門灯?もあるし明るい。
ただ、反対に覗き窓の奥は真っ暗でこちらからは何も見えない。
あれ? 俺、マスク被ってますけど大丈夫?
「どちら様ですか?」
真っ暗な顔に動じていないのか、落ち着いた声でそう聞かれた俺は、何も言わずに覗き窓に王様から渡されていたカードを差し入れた。
キィ
カードを渡すとすぐに扉が開く。
「お待ちしておりました」
対応してくれた執事風の初老の男は、すぐにカードを俺に返却した上で深々と頭を下げる。
「いえ。で? 現状は?」
王様からは結構切迫してると聞いていたので挨拶もそこそこに案内を請う。
男は「こちらへ」と言い、早足で俺を誘う。
裏口を開け屋敷の中へと入るとそこには数名の神妙な面持ちのメイドたちが列を作っていた。
そして俺と男が通り過ぎると皆一様に深々と頭を下げてくる。
何人かは俺の顔を見てビクッとしていた。
うわぁ…これはなかなか深刻な症状だね…
廊下を過ぎ、2階へと上がる。
と、一番奥の部屋の扉の前には数人の騎士が完全武装で立っている。
男はその騎士たちに軽くうなづく。
と、騎士たちは滑らかな動作で扉を開ける。
そして前を通り過ぎる俺に向かい深々と頭を下げるのであった。
…これは…
部屋に入るとそこは戦場だった。
20畳ほどの広さの部屋だ。
壁紙も腰板も柱の装飾も落ち着いた雰囲気ではあるが豪華さが滲み出ている。
天井の装飾も立派で、床の絨毯も厚手のものであるし細かい模様が編み込まれている。
誰もが認める〝ザ・貴族〟って感じの部屋だ。
が、そんなこと感想が吹っ飛ぶくらいの状況が目の前にはあった。
すぐに目に入るものは部屋のあちこちでぐったりしている人たち。
そして肉が腐ったような臭いと血と汗の匂いが混ざったような嫌な匂い。
部屋の真ん中に置かれたキングサイズのベッドに乗り、何やら魔法を行使し続けている魔導師が二人。
それを見守る数人のメイドたちと使用人や騎士たち。
その中心が、ベッドの上で上半身裸で座禅のような形で静かに目を閉じている少年だった。
年のころは10歳くらいか?
華奢な身体ではあるがそこそこ鍛えてあるのか筋肉もあるようだ。
髪は金髪の癖っ毛で短めに刈られているが幼さの残る顔には似合っているように思う。
その童顔は青白く、頬はこけ目の下は青黒い隈がある。
俺を案内してきた執事と思われる男が早足で、その少年の元へと移動する。
そしてそっと耳打ちすると少年がゆっくりと目を開けた。
「夜分遅くに申し訳ない。私がこの屋敷の主人、ヨハン=フリードリヒ・ミュラー伯爵である」
彼はそう言ってニコリを笑う。
いやいやいや! 笑わないで! その状態で笑われても困るって!
そうなのよ。彼の左肩には深々とえぐれた刀疵があるのよ。
それがほぼ左肺を縦断している上に、もうちょっとで心臓に達するほどの深い傷なんだわ。
これ…よく死ななかったよね…
「いえ、ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。王命により参上いたしましたヴァイセ・ナハトと申します」
俺は深く腰をおり王様が用意してくれた偽名を名乗った。
途端、周りに控えていたメイドたちの視線が険しくなる。
騎士たちの表情も俺をお客として迎え入れるようなものではなくなった。
「今更何をっ!」
「お爺、やめろ!」
ベッドの真後ろに立っていた一番年嵩の白髭の騎士が、顔を真っ赤にして俺に対して怒鳴り声を上げた。
が、途中でヨハン君に怒られてしまう。
お爺…これが前主人のヨハンの祖父に当たるグレゴリー・フォン・ミュラー伯爵か…
今の国王の母親の弟に当たる人だ。
息子のフリードリヒが事故死したため幼くしてミュラー家の当主となった孫のヨハンくんをずっと支えてきた男。
確かまだ60歳手前だと聞いたが、苦労の連続だったのだろう、80歳くらいの老人に見えるわ。
深い皺、長く白い髭、落ち窪んだ目。ただ、姿勢はしっかりしているし眼光も鋭い。
多分、今でも孫のピンチになれば、いの一番に剣を片手に馳せ参じるだろう。
その孫がこの状態では…ね。
「お怒りはご尤もかと。王より出来る限りの治癒をと命じられました。よろしくお願いいたします」
俺はそう言ってグレゴリーさんの方へ頭を下げた。
「…」
彼は無言だったが怒りの表情は消えたので早足でヨハンくんの元へと進んだ。
「失礼します」
そう言って傷口を見る。
……
やっぱり生きてるのが不思議なくらいの深手だ。
しかも傷口は化膿し始めているし少量ではあるが血が滲み出ている。
「まずは痛みを」
俺はそう言って〝麻酔〟の魔法を行使した。
「おぉっ! 痛みが!」
ヨハンくんが笑顔になった。
すぐに横で何やら魔法を行使していた魔導師っぽい人がフゥとため息を吐くとゆっくりと後退し壁際でコテンと倒れ込んだ。
もう魔力切れ寸前だったのだろう。
ってことは、彼の役目は〝痛み〟を緩和するような魔法を掛けていたのかな?
俺はもう一方で魔法を行使し続けている女性に顔を向け
「あとは任せてください」と言った。
彼女はチラリを俺を見てからスッと力を抜いた。が、そのまま白目を剥いて倒れ込んでしまった。
慌てて騎士の一人が彼女を抱え、ベッドの上から運び出した。
彼女が行使していた魔法を確認したかったんだけどなぁ。
止まってからも特に変化は見受けられない。
…てことはケガの進行とかを抑制してたのか?
確か一般の魔導師では簡単な治癒以外は出来ないとか言ってたよね。
なんでも治癒魔法は聖教会の独占魔法だとかなんとか…
王様もなんか
「あいつらはいつもそう言って法外な値段をふっかけてきやがる!」って怒ってたしね。
「痛みは緩和しましたか?」
俺は一応尋ねてみた。
「あぁ! 全く痛みを感じないぞ! 凄いな!」
…良かったぁ。
さっきまでいた魔導師の〝痛み止め〟より効かなかったらどうしようかと思ってたから良かった良かった。
「では次は腐りかけているところを切り取ります」
「うむ、頼む」
…大したもんだ。
相当不安だろうに。
この年で当主になっているだけあって威厳すら感じるわ。
俺はゆっくりと傷口へ右手を翳し目を閉じると〝探査〟の魔法を行使する。




