「剣神」と「拳神」は夫婦でした。
「おい!」
? あれ? 誰かに呼ばれたようだが、思っていた声でじゃない。
…そう、これは
「クソ師匠」
ボカッ!
痛いわ…
脳天をさすりながら目を開けると、そこは例の真っ白な空間だった。
「師匠、痛いじゃないですか! いきなり殴るなんて!」
「クソ呼ばわりされて殴られないと思ったのか?」
見上げるとクソ師匠のむさい顔があった。
「師匠、お言葉ですがクソをクソと言って何が悪いんですか?」
俺はそう言って頭を防御する。
が、予想に反してゲンコツは飛んでこなかった。
「ふんっ。まあいい。ちょうどお前に言い忘れたことを思い出したんでここに来たらこれまたちょうどお前が魔空間を使用してたんで無理やりここに引っ張ってやったんだ」
と言って、ふふんと自慢げに笑う師匠。
「…無理やり? それって大丈夫なんですか?」
俺は慌てて抗議する。
無理やりってあんた… と思いながら辺りを見渡す。
あれ? 見習いくんがいない。
「大丈夫に決まってんだろ。俺は神様だからな」
…ホント?
「ところで見習いくんが見当たらないようですが?」
「あぁ、奴は今忙しいんでここにはいねぇよ」
あ、そうなんだと思った途端、背後に殺気を感じ前にすばやく転がった。
「あら? なかなか鋭いじゃないの♪」
声のした背後を振り返ると、そこにはビキニ姿で筋肉隆々の美女が立っていた。
「…どちら様です?」
一応師匠に聞いてみる。
「おぉ! こいつが今回の用事だ」
背筋がゾクリと反応する。
ヒュッ!!!
途端に頭上で風切り音がした。
見上げると、ビキニ美女が師匠の鼻先で拳をピタリを静止させていた。
「…こいつ?」
俺は素早くその場から飛び退いた。
そして改めて横から見てみると師匠の鼻先で静止している拳はしっかりと血管が浮き出るほどの力で握られている。
伸びきっている腕にも血管が浮かび筋肉が存在感を猛アピールしている。
更に引き切っているもう片方の拳もしっかりを握り込まれており、次弾を放つべく準備万端だ。
かわって師匠といえば、完全に無防備な形で突っ立っている。
目はしっかりと拳を見据えてはいるが、口の端は下がっており少し困ったような表情に見えた。
「い、いや… あー弟子よ、よく聞け。こちらは拳の神でアグネスだ」
アグネス? 拳の神? ってなんでここに?
「それだけ?」
「…あ、あー… で、俺の妻だ」
アグネスさんが笑顔になる。
「どうも、妻のアグネスです。一度、あなたに会ってみたかったのよ。彼が自慢の弟子だって言うから」
ア、アグネスさんの笑顔が更に甘く柔らかなものになっていく。
「し、師匠、結婚してたんですか? こんな美人と」
「あらヤダァ♪」
スパンッ!!!!
ゴキッ!
奥様からにこやかに突っ込まれた。
お陰で俺の首が折れたようだ。
スゲー痛い。
俺は慌てて自己再生魔法を行使。
首をコキコキを鳴らしてちゃんと戻ったか確かめた。
…うん。大丈夫だ。
「お、奥様、私は神ではありませんので軽く叩かれただけでも骨が折れます」
「なんだオメェ、やわだなぁ」
「あら、ごめんね。でもしっかり首があるじゃない。丈夫丈夫♪」
…ここの奴らはマジで常識が通じねぇ!
これはさっさと要件を聞いて解放してもらわねば!
また勝手に修行が始まってしまう!
「師匠! で?」
「そうそう」
師匠はそう言ってガハハと笑う。
「もう」
なんて言ってアグネスさんはニコニコしている。
なんだこの二人。
やっぱり脳筋似た者夫婦なのか?
「お前、俺の修行、20万時間に耐えたんだよな」
「え? えぇ…確か最後にそんなことを言ってましたよね。それで一応免許皆伝だって」
「そう。なんだけどよ、あれ、ちょっと間違えちまってよ」
なんだ? 嫌な感じがする。
「な、何が間違ってたんですか?」
「ほれ、お前が最後に計算して20万時間だから年にすると24年くらいだとか言ってたじゃねえか」
「えぇ、確かこの世界の1日は24時間で月が12ヶ月で1年。1月が全て30日で1年が360日。それで割ったら大体24年くらいでしたよね?」
「お? おぉ、そうそう。でもよ、修行って丸一日やってたわけじゃねぇだろ?」
…ん? そういえば…
「大体だが、魔法の奴と見習いのやつとで話し合ってよ、24時間のうち、魔法で8時間、修行で8時間、あとは飯と睡眠で8時間ってやってたんだわ」
……え? あ、確かに…一日中やってた訳じゃなかったっけ…
……
ん?
「え!? え、えぇ〜! じゃ、じゃあ単純に3倍ってことすか?」
「あっはっはっはー そういうことでオメーは72年もここで過ごしてたってことだわ」
「ことだわ、じゃねぇよ! …いや? それで何か問題でも?」
ヒデェとは思ったけど、この空間は基本的に時間の経過がない。
いや違う。
時間は時間で経過するけど時間による成長や劣化がないのだ。
じゃあいくら修行しても身につかないんじゃって思うんだけど、そこはそれ〝神の領域〟ってことでスキルや知識は身につくんだそうだ。
…めちゃくちゃだわ。
まぁ、おかげでえらい強くなったし、魔法もたくさん覚えられたし、何より楽しかった。
「違う違う。俺がお前に伝え忘れてたことはそれじゃねぇ」
「…いや、師匠が言ったんですよ?20万時間のこと」
「そうなんだけどそうじゃねぇ! 実はよ前々からアグネスがお前に拳法を教えたいって言ってたんだわ」
「そうなのよ。この人に弟子が出来て、ずうっと教えてるって話しを聞かされててね」
お、奥様の乱入だ。
「ガッハッハ! そうそう! 出来は悪りぃが徐々に強くなってるってよ。半分自慢で半分愚痴で喋ってたんだわ」
「そうなの。で、一回見てみたいって言ってたのにぃ。こないだ〝いつ合わせてくれるの?〟って聞いたら、もう下界に降りたって言うのよ、ひどいでしょ?」
「はぁ、それはひどいですよね、師匠って肝心なことほど忘れますよね」
「うっせぇわ! で、見習いに頼んでお前に会わせようとここに来たらたまたまお前が来たってわけさ」
師匠がフフンを満足そうに鼻を鳴らした。
いやいやいや、俺はここに来たわけじゃないんですけど? 途中で勝手に引っ張ってきたのはあんたでしょうが。
「そうですか、では、もう目的は達成したってことですよね。すみませんが元のルートに戻してください」
俺はぶっきらぼうにそう師匠にお願いする。
ここは下界と違って時間が経たない。
…あれ? 待てよ? ってことは下界は72年、予定より進んでたってこと?
いや…俺が憑依したハンツって72歳で亡くなったって聞いたけど?
辻褄…合うの?
「まぁ立ち話もなんだから、修業をしましょう♪」
なんてことを考えてたら、アグネスさんが俺のそばに立っていた。
え? なんですって? 今〝修業〟って聞こえたんですけど? 空耳…ですよね?
なんて思った途端、もんのすごい力で腕を引っ張られた。
「うぐっ!!!」
慌てて肩が抜けないように勢いを合わせる。
……が、無理! だって身体、浮いてるんだもん!
簡単に俺の肩関節が音もなく外れた。
千切れるってぇぇぇぇ!!!
なんて口に出すことも出来ないほどの勢いで、机とか椅子とかがあった場所から修行がしやすい何もない場所へと移動させられた。
「さぁ、始めましょ♪」
言うや否や神速で拳を顔面に叩き込んでくる。
俺はそれをかろうじてかする程度で避ける。
が、すでに違う拳が横方向から脇腹目掛けて突き進んできている。
「!!!」
…吹っ飛んだ。
「あらぁ、初撃を躱したところは褒めてあげるけど次をまともに喰らいすぎ♪ じゃ、もう一回」
いやいやいや!
脈絡がなさすぎません?
なんて思う間もなくサッカーボールキックが炸裂する。
ロベカルか!?
座った状態で腕をクロスして受けるがそのまま冗談のように空を飛ぶ。
そして俺はありえない軌道を描きながらゴール隅へと突き刺さ…るわけないわ!
…当然のように腕の骨が折れた。
「ダメダメ♪ 避けなきゃでしょ?」
いやいやいや、ぶち込んでおいてから指導しないでください。
瞬速で脱臼と骨折を治す。
くっついたが痛みは残った。
「避けるなんてむずいっすよ!」
「あら? 出来ないとは言わないのね♪」
「いやいや、師匠の剣速とほぼ同じっすよ!」
「ふぅ〜ん」
アグネスさん、ニッコリと笑顔を…
おや? 目が、笑って、ない?
プライド、傷つけちゃった?
「あ、いや、師匠より速いかも」
「生意気!」
「面白いわぁ♪」
間髪入れずに師匠とアグネスさんが同時に襲いかかってきた。
師匠の袈裟斬りを素早く抜いた剣で滑らせ、アグネスさんのストレートを耳たぶを犠牲にして避け切る。
…耳たぶ、焦げたっぽい。
「やるじゃねぇか」
「なかなかね♪」
初めての共同作業ですか?
いや、初めてじゃなさそうですね。
コンビネーション、バッチリじゃないですか。
後は思い出すのも困難なくらいの怒涛の攻めを二人から喰らい続けた。
避け、避け、躱す。
流す、逃げる、舞う、飛ぶ。
迎え撃つことなど出来る訳もなく、ただひたすら回避に専念する。
「やだわぁ♪ 逃げるだけじゃつまらないでしょ?」
「反撃せんと終わらんぞ?」
いやいやいや! 絶対無理ですって!
二人はそう言いながら攻撃の手を緩めることはない。
こっちは話しかけられても口を開くいとまも無いくらいだってのに。
でも、流石に慣れてきたかな? と思った途端、二人のスピードが上がる。
え? 何? 俺の心、読まれてるの?
避ける。掠める。逃げる。喰らう。吹っ飛ぶ。よける。
「あらぁ… これを避けちゃうのね♪ 楽しいわぁ♪」
「おー! 教えた通り動けてるじゃねぇかよ! 感心感心!」
「いやいやいや! 速ー」
速すぎて避けるのがやっとですよ と言おうとしたが、セリフの途中で二人の共同作業が再開する。
どれだけ時間が経ったのかわからないが、なんとか師匠の刀をへし折ってアグネスさんの左フックを取り、投げるように見せかけて思いっきり逆に倒れ込みながら肘を入れた。
俺の肘が地面に突き刺さったところで
「よーし! 合格だ!」
と師匠が言った。
パチパチパチと誰かが拍手をしている。
そっちを見ると見習いくんがニコニコと笑いながら拍手をしていた。
…あぁ、用事から戻ってきてたんか。
「いやぁ、迫力満点のお二人のコンビネーション。素晴らしいですね。えー、ただ、ここは私の領域ですのであまり勝手に使用されると…」
「かてぇこと言うなって! いいじゃねぇか。オメーもこいつが強くなる分には文句はねぇだろうが」
「そうよぉ♪ 夫婦であなたのためにやってあげてるんだから♪ 感謝の言葉以外受け付けないわよ」
二人ともニッコリと笑ってはいるが、圧が強い。
やっぱり神と見習いじゃ格が違うんだろうな。
「さて、一週間も俺たちの攻撃を交わし続けた褒美に良いものをやろう!」
「ウフッ♪ これは、あなたならきっとやってくれると信じて、用意、しといたのぉ♪」
そう言ってアグネスさんが両手を前に出し、なんか大きめのお皿を持つような形にするとその手の上にフワンと何かが湧いて出てきた。
「これはぁ、あたしと旦那の合作よ♪ 相手を殴り殺すための武、器♪ 大元のナックル部分と指先の突起はわ、た、し♪ 横の鉤爪が旦那♪ どう?カッコいいでしょ?」
そう言って手渡されたものは俗に言う〝メリケンサック〟だ。
一般的には〝ナックルダスター〟というらしい。
いや、一般的なものじゃないし。
「あんたたちって、思ったよりも身体、弱いじゃない? たくさんぶっ飛ばしてたら拳の方が壊れちゃうじゃない? それじゃあ教えたこっちがつまらないのよねぇ。だ・か・ら! どんなに殴り続けても大丈夫なようにって感じ?」
「こいつならナマクラくらいなら叩き折れるし普通のアーマーなんて紙みてぇにぶち破れんぞ!」
マジですか? それって貰っちゃっていいんですか?
「そんな顔すんなって!オメーの戦い方からしてもこういう形の武器は必要だろ? これなら殺さないで無力化できるって!」
「えぇ〜? ぶっ飛ばすんなら殺す気でやらないトォ。相手に失礼でしょ?」
「あぁ、そういう使い方ですか。ならいけそうですね」
俺はそう言ってメリケンを鞄にしまった。
「んじゃあな! せいぜい俺たちを楽しませてくれよ!」
「じゃあね♪ また会いましょ♪」
二人はニッコリを笑いながらパッと消えた。
……
武器かぁ。
武器といえば俺の頭に真っ先に浮かぶのはやっぱり〝銃〟なんだよな。
…あれ? そういえば、師匠たちとやってたのって…一週間って言ってたっけ?
…はぁ… いくら時間が経たないって言ったって途中で休むとか考えんのか?
やっぱ〝脳筋夫婦〟だな。
おっと、いい機会だ。
この空間なら時間が経過しないし、ちょうどいいから俺なりの〝武器〟ってやつを作ってみるか?
「えーと…三畑さん? そろそろ戻ってもらってもいいでしょうか」
なんてことを考えてたら、後ろから見習いくんに声をかけられた。
「…帰れってこと?」
「え? あ、まぁ…端的にいえば…」
「勝手に呼ばれただけなんですけど? 俺」
考えてる最中の話しかけられたせいか、ちょっと口調が強めになっていた。
でもまぁこいつもあれだ、神様の見習いとはいえ、この空間の所有者ってことだしな。
「…」
思いっきり愛想笑いをしている見習いくんから視線を外し
「ちょっとやりたいことがあるんで俺の作業台、使ってもいいですかね」
と言った。
「か、かまわないけど…それって時間、かかる?」
「さあ? やったことないことをやってみようって感じなんで、時間のことはわかんないですね」
「あー…なるべく早めにしてくれると助かる、かな?」
なんでしょうか。
やけに時間を気にしてる感じがするんですけど。
「え? だってここ、時間の経過がないんでしょ?」
「ま、まあそうなんだけど、それは下界の時間経過とは隔離されているってだけで、ここの中では時間はちゃんと流れているんで…」
ん? なんだ? なんかしどろもどろだなぁ。あれ? 俺がここにいるとなんか不都合でもあるのか?
「なんでそんなに俺を帰したがってるのさ。この後、何かあるの?」
「いやいやいや! 何もないよ? 誰も来ないよ?」
はい、墓穴!
「誰が来るのさ」
「こ、来ないですよ! 誰も!」
めっちゃ慌ててる。
いやいや、そんなに慌てられたらこっちも困るわ。
「慌てんなって。俺のことは上手く隠蔽してくれればいいじゃん。別に騒いだりしないし」
「じゃじゃあ、あの作業台の周りに障壁と隠蔽の魔法をかけておくからね。よろしくね」
見習いくん、あからさますぎるって。それじゃ逆に誰が来るのか知りたくなるって。
…ま、今回はいいか。やることあるから。
俺はそう思いながら〝作業台〟の方に移転する。
お、懐かしいな。ここでいろいろ試したっけ。
流石に俺以外使う人がいないせいか、作業台の周りはキレイだわ。
ここで魔法と錬金術の勉強とかしてたっけな。
……あ
「そういえば、師匠から聞いたんだけど、俺ってここで下界時間の72年間も修行してたってホント?」
「え? あ、えぇ…そういう、感じです…」
「何? はっきりしないねぇ。何か不具合とかあったの?」
なんかちょっとだけ言いにくそうにしてる。
こういう時って大抵何かトラブルがあったんだよね、流石に70年以上も一緒にいたからそういうのって分かるんだよね。
「予定の時間を大幅に超過してしまったので、本部からいろいろ言われてしまって…ペナルティも…」
見習いくん、モジモジしてる。
「本来なら、まだ生きているハンツさんと一緒に脱獄してもらい、いろいろと指導してもらうっていう感じの計画でしたので…」
え? 何? もしかして…こっちで修行に明け暮れてる間にハンツさんが死んじゃったってこと?
「…それって、まさに致命的なミスだよね」
「あははは…」
笑い事じゃないでしょ?
「誰のせい?」
「…あー… まさか剣神様があれほどあなたを気に入るとは…」
はぁ…やっぱ師匠のせいか。
そうね。長い付き合いだし、なんとなく師匠の性格だと周りの事なんか気にするとかしないもんな。
「で、でも、結果的には三畑さんは思った以上にお強くなられてようですし、おかげ様で計画…思った以上の感じです」
ん? なんだ? 今、途中で言葉を変えた?
やっぱりなんか企んでんな、こいつら。
…ま、聞いたところで教えてくれそうもないし、知ったところで今となってはどうしようもないんだろうね。
俺はなんかまだ一人で喋ってる見習いくんをほっといて作業台の椅子に座る。
「さて、始めますか」




