5話 領空侵犯
章明23年 8月末 ヴィトゥス海 上空
『『礬床』から『理沂』へ。もうすぐ北極海だ』
遠くユーリシア大陸の最東端、セミョン岬を望みながら機体を駆る。
『今回の任務はこれで達成だ。転進し、行きと同じようにメラシア帝国沿岸部に沿って帰る。高度は維持。ここが一番イギンダに近い地域でもある。イギンダが不審に思う前にずらかるぞ』
「『理沂』から『礬床』へ、了解した。隊長機に追従する」
受けた命令。それはとても不明瞭なものだった。
それは要点だけ言えば「北極海からパーラメント連邦のある島の偵察、そして要請がある場合指定の箇所への攻撃」だ。
今回の“これ”はそのための準備……というか、予行演習のようなものだ。
はっきり言ってこの任務、海軍の空母を中心に行った方が効率がいいというか、やりやすくはある。しかし自分たちが選ばれたのには複雑に絡み合った理由がある。
まず1つ目は、空母機動艦隊はそうそう簡単には動かせないということ。これは空母艦隊を動かすのに費用が掛かるというような話では無く、国際秩序の話だ。空母艦隊がメラシア帝国とイギンダ連邦の近い場所をうろついていれば両国とも不審に思うことだろう。……メラシアに関して言えば政治関係の色んなことから話がある程度通されていてそこまで近づかなければ不審がられることはないらしいが。
兎に角、空母はある程度浜綴本土側に近い方が良いという話だ。そしてもう1つ、海軍の基地航空隊にでも任せれば良いという話もあるのだが、海軍が扱う航空機はその特性上航続距離が短くなっている。艦上戦闘機は様々な制限が掛かるということ、基地航空隊の物は基本的に迎撃任務を主としているため高速性が求められその分、航続距離が犠牲になっているという感じだ。空中給油機はいるが、部隊の機動性という意味では落ちてしまうという点もある。
対して空軍のこの機体は航続距離が充分であり、海軍の運用する空中給油機で給油が可能であるということ。凰奏自身、凰奏同士での空中給油が可能であるという点を加味されてこの機体が選ばれたということだ。自分たち柚雅隊が組織され、そして根倉素府下基地へ送られたのもこの任務の為だったらしい。ついでに言えば、自分たちの機体が対磁気嵐仕様の乙型であるのはこの任務に於いて支障をきたさない為ということらしかった。まあ、それはこの任務でなくてもこの地に配属される時点でこの機体を指定されることに変わりはないという話だったが。
閑話休題。
『お迎えだ』
暫く飛び続け、メラシア帝国の防空レーダー網を抜けたあたりで海軍の空中給油機、「夏空」が見えた。
『こちら帝國空軍特設航空団飛行群、第401飛行隊、柚雅隊。応答せよ』
『こちら帝國海軍第264航空群、第402飛行隊、佐油隊。お帰りなさい。給油装置を展開した。1機ずつ給油態勢へ移れ』
『了解した。『理沂』、こちらから先にしても良いか?』
「『理沂』から『礬床』へ、大丈夫です」
『助かる。ではこちらから給油を行う』
陸海軍の間はまだ軋轢が古株らの間であるようだが、空海軍、空陸軍の間ではそこまで対立は無い。その代わり空軍の中にいる設立時の陸軍航空隊出身派と海軍航空隊出身派での摩擦は多少あるが、大元の陸海軍ほどではない……と思う。少なくとも今の空軍内での将兵の過半数以上は空軍設立後に入った者たちであることだし、そこでいがみ合っても部下、後輩に醜態を晒すだけだということは彼らも分かってはいるし。
『柚雅1番機の給油は完了した。2番機は給油態勢へ移れ』
「『理沂』、了解」
給油が終わり次第、更に方向を変えて自らの基地へと戻るのであった。
同日 根倉素府下基地 飛行場
「ふぅーっ。いつになったら“本番”が来るんでしょうね」
「さぁな? だが、基地司令官殿の様子だと、もうすぐになるんじゃないかな。準備演習ももう終盤の雰囲気がでてきて、もう1つの隊の方の訓練もこちらと大差ない程熟達してきたからな」
「寒くなる前に終わって本土の方に帰りたいですね」
「ま、それは俺もだ」
ここのところ終わりの見えない訓練ばかりで辟易していてどうにも苦労は絶えなかったが、終わりが見えるのなら多少は気が楽になる。
気合一つ入れて、もう少しの訓練を続けていくのだった。
同年 9月上旬 根倉素府下基地 庁舎 会議室
「諸君、よく集まってくれた」
予定されていたとはいえ、改めてこう招集を掛けられると空気の緊張感に気圧されて、やや呼吸がしづらくなる。
「明日、行われる軍務省特殊逓信部からの特命による特殊作戦、『離混作戦』について、改めて説明と確認を行う。よく聞いてくれ」
基地司令官が口を開いた。明日行われる、自分たちの作戦の概要を読み上げる為に。




