2話 相坂家
章明23年 7月6日 相坂家
「ふぅ~……ただいま、と」
家に帰って来たのは久しぶりだ。兄貴も姉貴もあまり帰ってきていなかったのか、玄関に置いてある両親の写真立てに少しばかり埃が降りていた。写真に挨拶がてら写真立てと台座の埃を払い、靴を脱いで取り敢えず居間に向かおうと廊下に2歩目を踏み出したときだった。
ガチャ
ドアノブが回され、玄関の戸が開いた。
「お、慎吏か。帰ってきてたんだな」
「ああ、今さっきな」
家に入って来た男の名は、相坂 射真。4歳上の兄貴だ。
「今さっきってことは、今日と明日はここにいるのか」
「そうだな。……そういう兄貴は?」
「残念ながら服と仕事道具を取りに来ただけだ。少しくらい休んでも間に合うから、数十分はゆっくりさせてもらうがな」
「そうかよ」
兄貴は今、どういう仕事をしているのか、よく分からない。
初めて働きに出たときは陸軍に勤めていたらしいが、今は政府関係とだけ伝えて来て、それ以外は知らされていない。……そもそも陸軍でどういう仕事をしているのかも聞かされてはいなかったが。
因みに姉貴の方は英という名で兄貴より1歳下、自分より3歳上の年齢だ。既に嫁いでいることは前の独白の通りで、盆と正月以外は基本この家に帰って来ることはまずない。
ガチャ
兄貴と玄関で出くわし、今度こそ居間へ向かおうとしたら再び玄関の戸の音がした。
「慎吏は兎も角、射真もいるのか。珍しい」
「爺ちゃんに、婆ちゃん……」
「こんにちはぁ……」
兄貴の後に家に入って来たのは父方の祖父と祖母、相坂慎宕と相坂葵だった。
2人とも元軍人だったため、その繋がりもあって自分が家に帰って来る日が伝えられていることが多い。自分が10歳のころに両親が戦死して、しばらくは兄姉2人が親代わりをしていてくれたがその2人が仕事に出たり嫁いでいった後は父方の祖父母が来たり、叔父叔母夫妻がいとこらを連れて保護者代わりをしてくれるようになっていた。叔父と叔母は両方とも血縁であり、叔父は母の弟で、叔母は父の妹らしい。
「慎吏が帰って来る前に写真立て周りだけでも掃除しようかと思っていたが、ちと遅かったか」
「その気持ちだけで充分だよ」
「俺たちの子どもでもあるんだ。自分の手で綺麗にしたくなるときもある」
この家はもともと俺の父である相坂慎治と母の相坂愛乃の家でもある。全ての遺物を処分した訳じゃないのでこの家を見て回ればその名残を感じ取ることが出来る。祖父母がよくこの家に来るのは自分の息子の痕跡を辿る為なのかもしれない。
「爺さん婆さんに慎吏もいることだし、一つ話をしたくなったな」
「すぐに仕事があるんじゃなかったか?」
「何、すぐに終わらせるつもりだし、5分10分過ぎても問題無いように予定を組んでるさ」
本当に、一体兄貴は何の仕事をしているんだか。
「あと1か月もしたら盆だからな。墓参りはどうしたもんかなと」
「『どうしたもんかな』って、兄貴は毎度仕事で来れねぇじゃねぇか」
「今年はいけるかも知れないからな」
「毎年言って無いかそれ?」
「今年は本当に行けるかもしれないんだって!」
声こそ大きいが立ち居振る舞いからひょうきんさが抜け切らず、どこまで本気なのか分からない。
「――で、やっぱり俺と爺ちゃん婆ちゃんで行くのを主軸にして姉貴は俺らが行く日に合わせて来て、兄貴はその日に行けたら行く、って感じで良いな」
「了解!」
なんだかなぁ……。
例年通りの予定となった。「今年は本当に行けるかもしれないんだって!」って本当に何だったんだ。
兎も角、相坂家とはこんな感じだった。どうにも締まらない雰囲気ばかりだ。他の家の雰囲気というものを知らないが、こういう時に壮年から中年あたりの親がいたら、どんな感じだったのだろうかと、時たま思う。
「射真の方は……まあ聞いてもはぐらかすだけだろうから、慎吏に聞こうか。仕事の方は最近どうだ? 慣れたか?」
「俺だって孫なんだぜ、爺さん」
「じゃあそっちの仕事の方はどうなんだ?」
「♪~……」
「はぐらかすくらいなら態々質問をさせるな」
兄貴は陸軍で働いていた時から“これ”だ。仕事に関してははぐらかしてばかり。仕送りはあるし収入はあるようだが、何をしているのか少しだけでも話そうとしていない。
「で、どうだ慎吏、仕事の方は」
「なんとかやってるよ」
「慣れたか?」
「んー……配属されてすぐだからなぁ……。時間に対しては、それなりに?」
「そうか。それは良かった」
孫として聞きたいことはあるのかもしれないだろうが、取り敢えず俺がまともに働いていることが分かるとそれ以上は聞いて来ない。理解ある祖父母だが、兄貴が陸軍に進もうとしたり、俺が空軍に進もうとしたときはあまりいい顔はしなかった。それもそうだろうが彼らの子どもであり、俺らの父親であるヘリコプター乗り、相坂慎治が亡くなったのは軍の作戦の中であったためだ。2人ともヘリコプターに乗ろうとしなかったから口に出しての反対こそされなかったが、もしそうとなれば明確に反対されたかもしれない。
「慎吏は晩御飯はまだか?」
「まだ食べてないけど」
「晩飯の用意とかは買ったか?」
「これからの予定だったけど」
「じゃあ、俺と婆さんが買ってきたから作って一緒に食うか?」
「頼みます。ありがとうございます」
学生時代は家に来る日は必ず、働きだした後も時折こうして顔を合わせがてら、夕飯を作りに来てくれる。
「良いなァ……俺も食いてェ……」
「時間に融通の利かない仕事を選んだのは兄貴だろ、何の仕事をしてんのか知らないけど」
「そりゃそうだけどな。じゃ、そろそろ行ってくる」
「おう、いってらっしゃい」
「……っと、慎吏」
居間から玄関に向かって出て行ったかと思ったが、顔だけひょっこり出して兄貴は話しかけてきた。
「どした?」
「確か……今の部隊は人数が多くて窮屈って話、してたよな?」
「思ってはいたけど……兄貴に言ってたっけ?」
「まあまあ」
兄貴が働き出してから会わなくなったとはいえ兄弟、心中も分かってしまうものなのだろうか。
「次は少ないところになるらしいな? 頑張れよ」
「本当だとして、なんで兄貴が知ってんだよ」
「じゃ、改めて行ってきます!」
「おい」
本当、どこからそんな情報を仕入れてきているんだか。




