1話 壁と柵(しがらみ)
空は良い。
鳥と雲と風、そして太陽しかない。
自分の乗る飛行機から見える景色は地上や海を全て見渡せるような、丘の全てを置いて来たかのような、そんな心の自由を感じる。
地上には、柵があった。
自分の心残りと、人間関係の枷。
心残り。
自分の名前は相坂 慎吏。
終ぞ両親が生きている間にこの名前が付けられた理由、意図を聞くことはなかった。だが空を飛んでいるときだけは、両親らが飛んでいたこの空から彼らの魂が感じられるような気がする。
枷。
両親が亡くなった後、俺たちの家族はあまり仲良くは無かったし、預けられた叔父、叔母夫妻ともどうにもやりとりが上手く行かなかった思いがある。兄は両親が亡くなった後、陸軍に志願してこの家を去った。姉は更にその2年後に結婚してこの家から去っていった。今思えば2人ともこの家を去ってからも仕送り自体はあったので完全に見捨てた訳ではないだろうけど、当時の俺はそのことがあまり分からず関係は両親が生きていた時と比べて疎遠に、そしてやや悪くなった。叔父、叔母夫婦仲良くしようという意図こそ見受けられたが、自身らの子どものこともあったし、俺たちを通して父母の影を見て、時折複雑そうな顔をしていたことを覚えている。父母が亡くなってすぐは学校でも荒れて色々と迷惑を掛けてしまったし、そのときの心の傷跡が今でも少し自覚することがある。
ま、軍の中でも色々枷になるような人間関係も多少なりともあるのだが。
だが音速の壁を越えて、鳥も雲も風も置き去りにして高高度に達すると、それらの全てを忘れさせてくれる。鳥は見えず、風に渦巻く雲も下を見なければ分からない。あるのはただ、遮るもの無く無慈悲に照らす太陽と、その光が散乱して、そして阿巽の色が仄かに重なっているのかその青色の濃淡だけが存在している。
章明23年(西暦1976年) 7月3日
『3番機、『理沂』、聞こえるか』
無線越しに聞こえた戦術名に我に返った。
「こちら重功隊3番機、『理沂』。どうぞ」
『高度が高すぎるぞ、降りてこい』
「『理沂』、了解」
この大空をもう少し満喫したかったが、そうはいかなかった。たとえ空の中でもある種の柵からは逃れられない。軍人だから当たり前だが。
『哨戒任務完了。重功隊、帰投するぞ』
『『「了解」』』
飛行機乗りに成れたは良いが、現状少し窮屈に感じる。
国内最年少の超音速機乗りだとか、士官としても若くしての数少ない大出世だとか評価して言われることがあるが、そんな評価はどうでも良かった。
自分はただ、自由に空を飛んでいたかった。




