第4話 一番弟子
「おはようございます!手伝わせてください!」
テレサの朝は早い。しかしそれに引けを取らず、ケミストの朝も早かった。
時刻は朝5時半。窓の外を見れば小鳥も鳴いていない、真っ暗な冬の空が広がっていた。テレサはテーブルにパンとシチューの入った器を置くと、柔らかい総柄のソファに座って言う。
「もう出来てるよ、早く食べな」
「はい!」
ケミストは眠そうな目を擦りながらも寝起きらしからぬ元気な声で返事をする。窓の外の木に停まっていた鳥がばさばさと羽ばたいていった。
テレサはシチューをスプーンで掬いながら、ケミストの方を見る。
「食べ終わったら念入りに家の掃除をしな。塵1つ残さずにね」
「どなたか来客ですか?」
ケミストがパンを頬張りながらこてんと首をかしげると、テレサは柔らかく微笑み、頬杖をつきながらしんしんと雪の降り注ぐ窓の外を眺めて言った。
「そうさ、今日は“あの子”が来るからね」
「??」
ケミストはその、テレサには珍しく曖昧な言い方に、またしても首を傾げたのだった。
朝食を食べ終わり、ケミストは2階の自分の部屋から引っ張り出してきた雑巾で1階の床を掃除していた。1日経つだけでも、案外ホコリは溜まる。玄関口となれば尚更だ。ケミストの持っていた雑巾はすぐに薄く灰色に汚れ、何度バケツで絞っても取れなかった。
────チリン。
そんな折、ドアベルが鳴る。
ハッと顔をあげると、そこには扉から顔を半分覗かせた白髪の儚げな少年が立っていた。
「……テレサ女史、いる?」
ケミストより1つか2つ年上だろう、その少年はケミストを見るとそう言って、ふいと目を逸らしてしまった。ケミストは「今呼んできますね!」と言い残し、雑巾を置いてドタドタと階段を上がる。
3階の展望台室にいたテレサに少年が来たことを告げると、テレサは「そうかい」と言ってゆっくりと階下へ降りていった。その後ろを、ケミストも歩幅を合わせてついて行く。
「テレサ女史、お久しぶりです」
少年はいつの間にかソファに座っていて、自分で用意したのだろう、お茶を呑気に飲んでいた。
「ルシアン。元気だったかい」
「お陰様で」
「はいはい」
少年──ルシアンはニコニコと朗らかに笑いながらテレサに話しかけている。ケミストは横で話を聞きながら、お茶菓子を用意していた。
「──その子は?」
話の途中、ルシアンがケミストを見る。その目がぎろりと睨まれているような気がして、ケミストはあは、と少し萎縮しながら会釈した。
テレサはケミストの手を引くと、ニヤッと笑いながら言う。
「この子はケミスト。あんたの後輩だよ」
「後輩……てことは、弟子にしたんですか」
「あぁ。なかなか骨のある子だよ」
その話に、ケミストは目を丸くする。後輩……ということは────
「あぁ、ケミスト。この子はルシアン・ホークス。あんたの先輩にあたる、あたしの一番弟子だよ」
「えぇ!?」
「……こんにちは。ケミストちゃん?」
にこり、と貼り付けた笑顔で笑い、しかしこちらを射抜くような目線をするルシアンに、ケミストは背筋がゾッとする。テレサはやれやれと呆れながら、ルシアンの頭を撫で回した。
「この子は少し警戒心が強くてね。なに、すぐ慣れるさ。あとは2人でゆっくり話しな」
「仲良くなっときな。私は上で研究してるよ」、テレサはそう言うと、2人を置いて階段をゆっくりと上がっていってしまった。
残された2人は気まずさに沈黙しながら顔を見合わせる。しかし好奇心には勝てない。最初に言葉を発したのは、やはりケミストだった。
「こんにちは!何歳ですか?」
「……10歳」
「結構歳近いですね!私は8歳です!ルシアンって呼んでもいいですか?」
「……好きにすれば」
素っ気ない態度で言葉を返すルシアンを、ケミストはものともせず質問を重ねていく。
「ルシアンは好きな食べ物とかあるんですか?」
「……別に」
「そうですか!本命の質問はこっちです!ずばり!好きな魔獣は!?」
「……」
ルシアンは答えない。目を見開いてケミストを睨みつけながら、なにやらブツブツと唱えていた。ケミストはその様子に不安になり、声をかけようとする────しかし、その前にルシアンが言葉を発した。
「ふぅん、君も大した魔力じゃないんだ。僕と一緒だね」
にこり、と笑うルシアン。その顔はゾッとするほど不気味で、ケミストは無意識に身構えていた。ルシアンは続けて話す。
「でも、僕より少ないか。ほとんど“視え”ない」
ルシアンの瞳は、ケミストの胸元を見て離さなかった。何かを、見透かされている。そう考えているうちに、ルシアンは目を細めて笑う。
「僕、魔力が“視え”るんだ。僕より少ない人、初めて見たよ。だからここに居るんだね」
「あのテレサ女史が弟子を取るなんて、なんかおかしいと思ったんだよ」と納得するルシアンに、ケミストは頭にハテナを浮かべる。何を言っているのだろう?私には元々“ない”のに。
ケミストがあの……と口を開きかけた時、ルシアンがずいと顔をちかづける。
「君はどんな魔法使えるの?主な属性は?」
その質問に、ケミストは少し申し訳なさそうに、しかしケロりと答えた。
「あの……私には元々“ナイ”んです!」
「……は?」
「だから、無魔力なんですよ!」
「…………え…………」
すとん、と音がするかのごとく表情が抜け落ちるルシアン。ケミストはえへ、と笑いながら頭をかいていた。
「ごめんなさい!魔力がなくて、だから実践の魔法のお話はできません!でも魔法の種類などについては詳しくお話できますよ!」
「なんでも聞いてください!」というケミストに、ルシアンはぽかんと大きく口を開けていた。




