第3話 バッカーノ魔獣森林
朝、ケミスト達は白い息を吐きながら大きなリュックサックを背負い、ある森林へと向かった。外はしんしんと雪が降り積もっている。サクサクと雪道を歩きながら、ケミストはこれから始まることに心躍らせていた。
「着いたよ」
2時間ほど歩き、テレサが立ち止まる。つられて立ち止まり前を見ると、そこは大きな大木がいくつも並んだ、幻想的な森林が広がっていた。
バッカーノ魔獣森林──魔獣が生息する、数少ない森林である。
「今日はそこのロープまでだ」
「資格者以外立ち入り禁止」と書かれた看板が指される。それより奥はロープが張り巡らされ、行けないことが分かった。
ケミストははい!と返事をし、早速ノートと筆記用具を取り出す。テレサが岩の上に座り、ケミストも隣に並んで座った。
「息を潜め、耳をすませ」
小さく息を吸いながら、自然の音に耳を傾ける。カサカサという葉の揺れる音、微かな虫の鳴き声──そして、魔獣の足音が聞こえた。
「まだ振り返るな」
心臓をバクバクと鳴らすケミストに、テレサは至って冷静にそう言う。ケミストははいと小さく返事をし、目を瞑った。
そのまま数分経ち、ゆっくりと目を開ける。すると目の前に、真っ白なおこじょ型の魔獣がいた。
目と鼻の先に立っている初めての魔獣に、ケミストは思わず息をするのを忘れて見入ってしまった。なんて、美しいのだろう───白いからアルビノ種だろうか。それとも元々の種族がそうなのか。はたまた保護色か。
一見普通の動物に見えるが、背中には小さな羽が生えていて、これが魔獣なのだとまざまざと見せつけられた気がした。
「アルビノ種だね、珍しい。しっかりと記録しておくんだよ」
テレサは優しく微笑みながらそう言った。おそらく魔獣に微笑んだのだろうが、ケミストはなんだかそれが嬉しくて、思わずはにかむ。
すぐさまノートに魔獣の姿を書き起こし、図解で特徴などの説明を付け加えた。
それを見て、テレサはこくりと頷く。
「中々いい書き方だ。その調子で頑張りな」
「っはい!」
ケミストは少し照れながら、ノートにどんどん説明を加えていったのだった。
やがてケミストのノートが真っ黒に埋まった頃────ケミストは満足したように顔をあげ、ノートをリュックサックの中へと仕舞った。魔獣はもう居なくなっていて、テレサも他の魔獣を見に席を外している。
ケミストはどうしようかと考えながら、キョロキョロと辺りを見渡した。
そこで、ロープの少し先に、美しく咲く花を見つける。
(あれはなんでしょう……?)
真っ白で、月下美人によく似ている美しい花。ケミストは周りに魔獣が居ないことを確認し、こっそりとロープの中へと入っていった。
たたたっと花に走り寄り、その花を摘もうと手を出す。しかしその瞬間、足元の地面が呼吸するようにずるりと動き、ケミストは思わず体勢を崩し倒れ込んでしまった。
「────危ないッ!」
そんな声が聞こえた時、何者かがケミストを飲み込もうとしていた地面を蹴り飛ばす。すると地面は耳を劈くような雄叫びをあげ、地面から這い出るとドコドコと逃げていった。そこで、ケミストはあれが魔獣だったことに気がついた。
「……危ないだろバカッ!なんでロープの中に入った!」
「そうか……あれは疑似餌……!?そんな魔獣もいたなんて!すっかり騙されちゃいました!」
「聞いてんのかい!?」
顔を赤くしながら怒るテレサに、ケミストは流石に萎縮して頭を下げる。
「身勝手な行動をしてしまいすみませんでした!そして、死にそうなところを助けていただきありがとうございます!」
「……怖くなかったのかい?」
「怖かったですよ!」
「でも」もケミストは続ける。
「どうして助けてくれたんですか?私は無魔力なのに!」
その言葉を聞いて、テレサは顔を歪めた。
「……あんたが、……あんたが死んだら、あたしが公爵家様に怒鳴られるからね」
「なるほど!そういう事でしたか!」
納得!と言わんばかりのケミストに、テレサは眉を寄せる。雪が降りしきる中、カラスがカァカァと鳴いていた。
無魔力というだけで差別されることは多々ある。それ故に、自分の命を軽く見る者も多くいた。
「あんたもかい……」
テレサははぁ、と深く息をつき、ケミストの冷たい頬を手で包み込んで言った。
「いいかい、あんたは、あたしが育てるからね。あんたはいつまでもあたしの弟子だよ」
「??はい!」
嬉しそうに頷くケミストに、テレサは複雑そうに表情を歪めた。




