第5話 貴方の瞳
「無い……?」
「はい!」
掠れた声で問うルシアンの言葉に、元気よく返事をする。
「ナイんです!元々!」
ケミストは追加のお茶菓子をことりと机に置き、ずいと顔を近づけた。その瞬間、翠の瞳と碧の瞳がかち合う。緑の瞳はまるで深い森林を彷彿とさせ、ルシアンはその目に呑まれそうになるところを必死で耐えていた。
「貴方の目、まるで深海のように綺麗ですね!」
「深海、見たことナイんですけどね!」とケミスト。ルシアンは何を言われてるのか分からないといった様子で眉をひそめていた。
ケミストはルシアンの目を覗き込んで、顎に手を当てて考える素振りをする。
「その“眼”、いつでも魔力が見えるのですか?それは疲れてしまいそうですね!」
その言葉に、ルシアンははっとする。
「……羨ましい、とか言わないんだ」
「えぇ!正直、私は全く羨ましくないですね!それに貴方の眼は────」
ケミストは迷いなく言った。
「眩しいですから」
その言葉に、ルシアンははく、と口を動かす。
一瞬笑顔を作ろうとしたが失敗して、グッと唇をかみ、はらはらと涙を流し始めた。ガラスのような雫が、静かに頬を伝う。
ケミストは突然泣き始めたルシアンに戸惑いながら、ポケットから取り出したハンカチを差し出した。
「貴方の目、色素の薄い体質的に魔力が眩しく見えると思ったのですが、違いましたかね!泣かせてすみません!」
「……合ってるし、別に君のせいで泣いてる訳じゃないし」
ハンカチを受け取ったルシアンは、やや雑に目を拭う。ケミストはどうすべきか考えあぐねて、その手をうろうろと宙で彷徨わせていた。
────ルシアンは魔力コンプレックスを持っていた。その特別な目と、生まれつきの体質が噛み合わない。そのせいで、魔力が目を劈くほど眩しく見えてしまう。しかも魔力が微弱で、その目をコントロールすることが出来なかった。
皆は言う。その目が羨ましいと。羨望の眼差しでルシアンを見る。
皆は言う。その目がもったいないと。ルシアンの魔力の弱さを揶揄って本人を否定する。
否定され、羨ましがられ、諦められる。そんな大人たちの闇の中で生きてきたルシアンにとって、無魔力ながら明るいケミストは眩しすぎたのだろう。
「皆……みんな、この目が羨ましいって言うんだ」
「そうなのですね!」
「でもちっとも嬉しくない。この目を持っているだけで頭痛がするし、強い魔力に目を焼かれる」
「それは、辛かったでしょう!」
「……分かって、くれるの?」
「えぇ!貴方の本当の辛さは分かりかねますが、客観的に見た辛さなら理解できますよ!」
「なんでも仰ってください!」そう言うケミストに、ルシアンは今度こそ唇をかみしめて、声を上げて泣いたのだった。
「落ち着きましたね!」
「……うん」
すっかり目が腫れぼったくなったルシアンに、ケミストは追加のお茶を勧めた。少し肌寒くなってきたので、レンガ造りの暖炉に薪を入れることも忘れない。炎の魔石を擦り合わせると、たちまち炎が巻き上がる。それをぽいと暖炉の中に放り込んで、ケミストはルシアンの隣に腰掛けた。
「貴方の目は素晴らしいと思います!でも、羨ましいとは思いませんね!」
「ふふ……そう」
「それより魔獣の話がしたいです!ルシアンは魔獣や植物、好きですか?」
「好きだよ。だからテレサ女史の弟子になったんだ」
「それは素晴らしい!是非夜まで語り合いましょう!」
その言葉にルシアンは声を上げて笑う。ケミストは、この人は泣いたり笑ったり、感受性が豊かな人なんだなと思った。
「あはははは!なんでそんなに元気なの!こんなことで悩んでた僕が馬鹿みたいだ」
「こんなこと、なんかじゃありませんよ!ルシアンにとっては重要なことでしょう!」
「そうか……そうだね」
あぁ、君が羨ましい。
ルシアンはそう言って、近くにあったクッションを膝の上に置いた。ぱちぱちと暖炉の中の炎が音を立てる。
「────ごめんね」
「?何がですか?」
突然の謝罪に、ケミストはクッキーをぼりぼり食べながら、不思議そうに首を傾げる。
「……情けない姿見せたことと、無魔力を馬鹿にしたこと」
「馬鹿になんかされてませんよ!」
「でも、嫌な気持ちになっただろ?勝手に魔力覗かれてさ」
ケミストは口の中のものをごくんと飲み込んで言う。
「別に!大丈夫です!それに、馬鹿にされるのは慣れちゃいましたから!」
「だから安心してください!」そう言うケミストに、ルシアンはまたぽかんと口を開けたのだった。
「だから言ったろう、あの子は中々骨のある子だって」
夜、ケミストが寝静まったところで、テレサはルシアンにそう話しかける。
ルシアンはこくりと頷くと、複雑そうな表情で言った。
「えぇ。確かにあの子は元気だ。でも……」
「底知れない何かがある、だろ?」
「っ……えぇ」
言葉を詰まらせるルシアンに、テレサは柔らかい表情で言う。
「この世界は残酷だよ。それはあんたも分かるだろ?」
「……はい」
「でもあの子はきっとこう言う。確かにこの世界は残酷だ、でもそれ以上に美しい、ってね」
ぱちぱちと、暖炉の残り火が音を立てて消えていった。




