第1話 ラヴォス家の変人
「お嬢様!お待ちください!」
名門、ラヴォス公爵家には変人がいる。類い稀なる好奇心を持ち、無魔力でありながら大人顔負けの知識欲と行動力を持ち合わせる────彼女、ケミスト・ラヴォス(5)は、今日も絶好調であった。
「やっっっと捕まえましたわ……」
お付の侍女はぜぇはぁと肩で息をしながら、ケミストの泥だらけになった手をしっかりと握りしめていた。
「なぜ、中庭に畑を作ろうなんて思い至ったのですか……!」
咎める言い方をする侍女に、ケミストはふんすと鼻息を吐いて言う。
「そこに土があったから、ですかね!」
「はぁぁ〜……」
心底疲れたとため息をつく侍女に、ケミストはそーっと目を逸らしたのだった。
ケミスト(5)は、いついかなるときでも変である。それはこの屋敷の周知の事実であった。あの魔力測定検査の日以来、彼女はおかしくなってしまったと。使用人は口々にそう息を吐いた。
なんてことない、真相は前世を思い出し、そしてその前世の精神が上塗りされただけなのであるが、そんな事を言ったら今度こそおかしくなったと思われかねない。そのためケミストは、元からこうでしたけど?と素知らぬ顔を貫いていた。
だから、カウンセリングの時は全力で逃げたし、父や使用人の気遣いは要らないと突っぱねていた。
私は大丈夫だと、そう言うケミストに、周りは次第に慣れていった。そしてそれが当たり前になり、その変な行動が目に余るようになり、今に至るのである。
薬草畑を作ろうと息巻いていたケミストは、侍女に怒られ意気消沈といった様子で図書室へと向かった。
ギィ、と重ための扉を開くと、そこには高くそびえる本棚に囲まれた空間がある。真ん中にはモスグリーンのソファがちょこんと置いてあり、近くにはまるでケミストが来ることを想定していたかのようにクッキーと紅茶が並べられていた。
「ははーん、お父様ですね!」
ありがとうお父様!と廊下に向かって叫び、ケミストはソファの上にボフンと座った。少なくとも淑女の行いでは決してないが、それは仕方の無いことだ。なんたって、ケミストなのだから。
ケミストはまず初めに、「魔獣学新書」とでかでかと書かれた表紙の本を手に取った。そこには、ありとあらゆる魔獣が図解と共に説明が綴られている。ケミストはこの本が好きだった。ドラゴンやオーク……なんといっても、その魔獣たちがこの世界に本当に存在するということが面白かった。
何度か父親に見に行きたいと相談したが、全て却下されてしまったため、ケミストはこうして本を読んで知識欲を満たしていた。
──そんな時、コンコンと扉がノックされる。ケミストははい!と元気よく返事し、扉を開け放った。
「おねえさま!」
そこには3つ年下の腹違いの弟がいた。名を、ルーカス・ラヴォスという。綺麗なブロンドが光にあたりキラキラと艶めいている。
ルーカスはテコテコと歩いてくると、鼻水を垂らしながらケミストの腹あたりに抱きついた。
ケミストは少し驚きながらも、イイ!とかなんとか言って、ルーカスを抱き上げた。
まだ3つにも満たない弟。変人なケミストだが、人並みの感性は持ち合わせている。つまるところ、小さな弟が可愛くて仕方ないのだ。
しかし、そんな風に戯れていると、突然ルーカスが宙に浮いた。それは魔力でもなんでもない。ルーカスはケミストの継母に当たる──つまりルーカスの実の母──に抱き上げられたのだ。
継母はケミストを一瞥すると、一言も発さずに踵を翻して庭へと向かってしまった。ルーカスがコホコホと噎せるように咳をする。
中身が17歳のケミストは、多分自分が気に入らないのだろうと踏んでいた。無魔力で変人、だなんて、自分の大切な息子を近づけたくないのも納得できる。
ケミストはうんうんと唸り、また図書室の中へと引きこもっていった。
そして3時間が経ち────またしても、コンコンと扉が叩かれる。ケミストははい!と返事をして、扉を開いた。そこには今朝の侍女が立っており、大人しく本を読んでいたケミストを安心したような目で見る。
「お嬢様、ディナーのお時間でございます。あと、ご主人様と奥様から大切な話があるそうです」
ケミストは侍女のアンに分かりました!と元気よく返事をし、図書室を飛び出した。
「ケミィ、大切な話があるんだ」
食事中、肉を引き裂いて食べていたケミストは、その父の言葉に食べる手を止めた。父はそれを確認すると、神妙な面持ちになって話し出す。
「ケミィ、君にはこの家は窮屈すぎるだろう」
「いえ!そんなことは!」
「そこでだ、君にある案を提案したい」
父は1拍置くと、机の下からケミストが愛読する「魔獣学新書」を取り出して言った。
「リリィ(ケミストの継母)がこの本の作者と知り合いらしいんだ!そして話をつけて、しばらくケミィを預かっていいと言うんだ」
どうかな?と聞く父に、ケミストは目を輝かせた。きっとこれは、リリィ継母による、自分を追い出す作戦なのだろう。しかしそれは、今のケミストにとってはどうでもいいことであった。憧れの本を書いた著者に会えるなんて、なんて素敵なことだろうか。
おそらく父は本気でケミストの為を思っているのだろう。それだけで十分だ。
「本物ですか!」
「あぁ、もちろん。かの有名なエリスト・テレ────」
「その案、受けさせていただきます!」
ケミストは父の言葉を遮りだんと机に手をつくと、大声でそう言った。父は嬉しそうに、リリィ継母は安心したように息をついている。
(ルーカスと離れるのは悲しいが!仕方ない!)
ケミストは心の中でそう納得し、早々にディナーを食べ終わり、早速部屋で荷造りを始めたのだった。




