夜空へ還る羽
「うん!」
ひばりは力強く、しかしどこか名残惜しさを滲ませながら、短く鳴きました。
そして、月光に濡れた黒い石畳を力強く蹴って、一気に宙へと舞い上がりました。
ぱたぱた、ぱたぱた、と小さな羽が夜の静謐な空気を刻む規則正しい音が、静まり返った星屑堂の裏庭に心地よく響き渡ります。
ひばりはまだ水分を吸って少しだけ重そうな身体を懸命に操りながら、まるでしぐれに自分の無事を証明するかのように、低く綺麗な円を描いて飛びました。
やがて、古道具屋の、月の光を浴びて青白く濡れたトタン屋根の端へと、音もなく静かに降り立ちました。
上空から見下ろすひばりの丸い瞳に、地上の月光を一心に浴びて、一本の細い光の針のように美しく佇む、白いきつねの姿が映り込みます。
その細い四肢と気高き尾は、まるでそれ自体が淡い光を放っているかのように幻想的でした。
「ありがとう、しぐれ!」
ひばりは屋根の上から、小さな身体をいっぱいに震わせ、精一杯の大きな声を張り上げました。
その声は、夜の静寂を優しく震わせます。
「気をつけて帰るんだよ」
しぐれは顎を少しだけ上げ、その切れ上がった金色の瞳で、屋根の上の小さな影を見つめ返しました。
その声は、やはりいつものように淡々としていて冷ややかにも聞こえましたが、夜風に優しく乗って、ひばりの元へと確かに温かく届きました。
「ねえ、しぐれ。また、ここに来てもいい?」
ひばりはトタン屋根の端から身を乗り出すようにして、切実な響きを帯びた声で尋ねました。
しぐれは、すぐには答えませんでした。
きつねという孤独を愛する生き物が、他者と関わりを持つこと。
それも、いつかは空の彼方へと気まぐれに飛び去ってしまう、自由な翼を持った生き物と。
ほんの少しの躊躇と、これから訪れるかもしれない寂しさへの予感が、彼の白い耳を僅かに伏せさせました。
けれど、自分の長い尾の中に残っていた、あの小さくて愛おしい命の熱。
世界の心臓の音を二人で聴いた、あの奇妙で優しい時間の記憶を思い出したとき、しぐれの口元が、ほんの少しだけ、柔らかく緩んだのです。
「雨の日なら」
「約束だよ!」
ひばりは嬉しそうに何度も何度も頭を振って頷くと、今度こそ本格的に、どこまでも深い夜空の向こうへと飛び立ちました。
大きく羽ばたくたび、月の光を美しく反射した小さな羽が、夜の帳の中で一瞬だけきらきらと真珠色に輝きます。
その光の粒子を星屑のように空中へ残しながら、ひばりの小さな身体は、雲の去った昏い空の向こうへ、吸い込まれるようにして小さくなっていきました。
しぐれは、その姿が完全に夜の闇に溶けて見えなくなった後も、長いあいだ、石畳の上から一歩も動かずにそれを見送っていました。
冷たい風が彼の白い毛並みを優しく揺らします。
彼の瞳には、もう誰もいない、けれどどこか前よりも優しく見える夜空の青が、静かに、そしていつまでも映り込んでいました。




