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洗われた月の国

 雲の切れ間から滑り落ちてきた月光は、まるで冷たい銀の針のように、夜の闇を一本ずつ丁寧に刺し貫いていきました。

 それまで空を完全に覆い尽くしていた分厚く黒い雨雲が、まるで舞台の幕が左右に引かれるようにしてゆっくりと割れていきます。

 そこから顔を出した三日月は、まるで今しがた鋭い刃物で研ぎ澄まされたばかりのような、冷徹で、それでいて言葉を失うほどに清らかな輝きを放っていました。

 庭を埋め尽くしていた激しい水の煙が完全に引くと、そこには息を呑むほどに美しい、もう一つの世界が広がっていました。

 激しい嵐という名の産みの苦しみを終え、生まれたばかりの新しい季節が、世界の隅々で静かに、しかし力強く息を吹き返し始めている、そんな特別な夜の始まりでした。


「きれい……」

 ひばりが、しぐれの白い尾の隙間からそっと丸い頭を覗かせ、ぽつりとつぶやきました。

 その声は、まだ恐怖の名残で少しだけ震えていましたが、目の前に広がる光景の美しさに、完全に圧倒されているようでした。

 しぐれもまた、濡れた長い睫毛まつげを揺らしながら、静かにうなずきました。

 彼の金色の瞳には、月光を反射して白銀に輝く世界が、鏡のように鮮明に映り込んでいました。

 雨上がりの世界は、まるで綺麗に洗われたばかりの、誰かの瑞々(みずみず)しい夢の跡のようでした。


 大輪の紫陽花あじさいの葉や花びらには、数え切れないほどの透明なしずくが宿り、それらが月光を浴びて、真珠のように、あるいは星屑ほしくずのように気高くきらめいています。

 風が吹くたびに、葉の上に溜まった水の塊が重さに耐えかねて「ぽつん」と石畳に落ち、静かな夜の空間に小さな、しかし心地よい残響を響かせていました。

 先ほどまで濁流がのたうっていた石畳は、今は平らな黒い鏡のようになり、天空に浮かぶ淡い三日月と、雲の合間から覗く数等星の微かな光を、その冷たい底に静かに映し出していました。

 まるで、天と地がひっくり返ってしまったかのような錯覚を覚えるほど、地上の水たまりは美しく澄み渡っていたのです。

 吹き抜ける風の質感が、いつの間にか劇的に変わっていました。

 それは水分をたっぷりと含んで重たく、けれどどこか清涼で、はるか遠くの深い森の青葉の匂いと、もうすぐそこにまで迫っている、本格的な夏の夜の熱気をはらんでいました。

 雨が世界の汚れをすべて洗い流してくれたおかげで、空気の隅々までが澄み切っており、深く息を吸い込むと、胸の奥がすっと軽くなるような心地よさがありました。

 それはまさに、初夏の夜の匂いそのものでした。


「もう、羽は乾いた?」

 しぐれが静かに尋ねると、ひばりはしぐれの身体から一歩離れ、石畳の上に小さな両足を下ろしました。そして、ゆっくりと自分の両翼を大きく広げてみせました。

 まだ羽毛の根元には少しだけ湿り気が残っていましたが、しぐれの尾がくれた確かな体温と、夜空から降り注ぐ月光の優しさのおかげで、羽は本来の軽やかさと、ふんわりとした柔らかさを取り戻しているようでした。

「うん、もう、大丈夫。飛べるよ」

 ひばりは石畳の上で、ぱたぱた、ぱたぱた、と嬉しそうに羽ばたいてみせました。

 小さな羽が空気を捉える軽い音が、静まり返った裏庭に響きます。

 その丸い瞳には、先ほどまでひばりを支配していた雷鳴への恐怖の影は、もうどこにもありませんでした。

 あるのは、新しく洗われた夜空へ飛び立つことへの、小さな、しかし確かな高鳴りだけでした。


 けれど、それは同時に、二匹で身を寄せ合って過ごした、この優しく奇妙な夜の終わりを意味していました。

 嵐が去り、空が晴れ渡ったということは、雀が本来いるべき大空へ帰る時間が来たということだったのです。

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