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世界の心臓が鳴る夜

 ひばりは不思議そうに、しぐれの白い毛並みの奥で首を傾げました。

 その小さなくちばしが動くたび、しぐれの脇腹が微かにくやすくったく揺れます。

 ひばりは尾の隙間から外の暗闇をのぞき見ようと、小さな身体をせわしなく動かしていました。

「なんで? 雨が降ると、羽は重くなるし、お腹は空くし、どこにも行けなくなるのに。鳥にとっては、雨ってちっとも良いものじゃないよ」

「世界が、静かになるから」

 しぐれはささやくように言いました。

 その声は、トタン屋根を叩く激しい雨音のなかに、不思議なほど滑らかに溶けていきました。

 雨の夜には、余計な音がすべて消え去るのです。


 昼間のあいだ、山のふもとを騒がせていた人間の町のざわめきも。

 誰かが誰かを遮るようにして放つ怒鳴り声も。

 遠い線路の上を鉄の塊が走っていく、あの重苦しい汽車の音も。


 激しい水の幕がそれらすべてを絡めとり、泥の底へと引きずり込んで、綺麗に溶かしてしまう。

 まるで世界そのものが、大きな水の手によって洗い流され、静寂の底へと沈められていくかのようでした。

「そのかわりね」

 しぐれは金色の瞳を細め、耳の先端をぴくぴくと動かしました。彼の意識は、雨のカーテンのさらに向こう側へと向けられていました。

「普段は聞こえない、小さな音が聞こえるようになるんだ」

 大きな紫陽花あじさいの葉の脈を伝い、重さに耐えかねてぽつりと滴る、透明なしずくの音。

 ひび割れた乾いた土が、喉を鳴らすようにしてごくごくと水を飲み干していく音。

 行き場を失った風が、紫陽花の花びらを優しくでて、小さく揺らす音。


 そして――

 布団の中で誰かがひっそりとこぼした寂しさや、古い枕に沈められた誰かの小さなため息。

 雨の夜は、世界がその分厚い皮膚を脱ぎ捨てて、むき出しの心臓を見せてくれる。

 その心臓の鼓動が、すぐ近くで聴こえるような気がする。

 だから、雨の中にいると、自分が一人きりではないような、世界そのものと一つになれているような、不思議な安心感に包まれる。

 しぐれは、ずっとそう思っていました。


「変なきつね」

 ひばりは、尾の隙間から小さな頭をのぞかせて、くすくすと笑いました。

「でも……ちょっとだけ、わかるかも。今、しぐれの心臓の音、ぼくの耳にもすっごく大きく聴こえてるから。トクトクって、雨の音みたいに優しく響いてる」

 二匹はそれ以上言葉を交わさず、並んで真っ白に煙る雨を見つめました。

 裏庭はすっかり水の国と化し、石畳の上をきらきらと光る水の流れがのたうっています。

 星屑堂の軒先で、風鈴が不意に、ちりん、と鳴りました。


 ちりん。


 その淡く、はかない音は、どこまでも続く雨の幕の向こうへと、吸い込まれるようにして消えていきました。

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