白い尾のなかの体温
しぐれの白い尾は、外側こそ激しい雨に打たれて冷たくなっていましたが、その奥の、皮膚に近い毛の隙間には、きつねとしての確かな体温が静かに満ちていました。
幾重にも重なる密な純白の毛が、外からの冷たい雨粒を遮断する頑丈な盾となり、その内側に小さな、優しい空気の部屋を作り出していたのです。
ふわりとした純白の檻に閉じ込められたような格好になり、雀は驚いて丸い目をさらに丸くしました。
あまりの温かさに、最初は強張っていた小さな足の指が、時間をかけてゆっくりと解れていくのが分かります。
「きみ、優しいんだね」
尾の隙間から、小さな、しかし先ほどよりは幾分か落ち着いた声が漏れ聞こえてきました。
まだ細かく震えてはいるものの、そこには明らかな安堵の響きが含まれていました。
「普通だよ」
しぐれは冷淡を装うように、短く答えました。
視線は動かさず、雨に煙る裏庭の闇をじっと見つめたままです。
「でも、きつねって、もっと怖いと思ってた。絵本の中だと、いつもずる賢くて、夜中にこっそり僕たちの巣を襲って、一口で食べちゃうんだ。だから、お母さんからも『白い影を見つけたらすぐに高く飛びなさい』って言われてたの」
「それは昔話のきつね。あるいは、山の奥に住む本物の獣たちのこと。ぼくは、星屑堂の裏庭で雨だけを食べて育ったから。肉の味なんて、最初から知らないんだ」
しぐれはそう言って、再び天を仰ぎました。
上空では、ちぎれた黒雲が巨大な渦を巻くようにして、恐ろしい速度で東の方角へと流れていきます。
雨脚は弱まる兆しを微塵も見せず、むしろ勢いを増して、庭に咲く大輪の紫陽花を折らんばかりに激しく揺さぶっていました。
叩きつけられる水の衝撃で、紫陽花の薄紫色の花びらが、一枚、また一枚と無残に剥がされ、石畳の濁流へと流されていきます。
その情景は激しく、どこか哀切を帯びていました。
しぐれは自分の尾の中に、小さな、しかし確かな温かさが完全に戻りつつあるのを感じていました。
トクトクトクと、きつねのそれよりも遥かに速く、小刻みに刻まれる雀の心臓の鼓動が、濡れた毛並みを通じてしぐれの脇腹の皮膚に直接伝わってきます。
それは、しぐれが普段の孤独な生活の中では決して触れることのない、「他者の生」そのものの確かな響きでした。
自分以外の命がすぐ傍で息をしているという事実に、しぐれの胸の奥にも、名前のない不思議な感情が芽生え始めていました。
「きみ、名前は?」
しばらくの沈黙に耐えかねたように、尾の中から再び小さな声がしました。
「ひばり」
「雀なのに?」
しぐれは少しだけ驚いたように、尖った耳の先端をぴくと動かしました。
「お母さんがね、雨雲を突き抜けて、空を高く、どこまでも高く飛べる強い鳥になるようにって、そう願ってつけてくれたの。今はまだ、こんな水たまりで溺れちゃうくらい、どんくさいんだけどね」
ひばりは、冷たい雨を遮る白い尾のなかで、自嘲するように小さく笑いました。
その細い笑い声は、激しい嵐の中にひっそりと咲く、名もなき野花のように頼りなく、けれどひどく綺麗に、しぐれの心の奥底を照らすようでした。
「きみは?」
「しぐれ」
「雨の名前だね」
「うん」
しぐれは、静かに頷きました。
「ぼく、雨が好きだから」




