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水たまりの底の恐怖

 泥水が四方に激しく飛び散るなか、しぐれの白い脚は迷いなく動いていました。

 庭の隅にできた水たまりは、大雨の勢いを得て刻一刻と深さを増し、小さな雀にとっては、まるですべてを飲み込もうとする底なしの池のようになっていました。

 激しく波打つ茶色い水面が、容赦なくその小さな頭を沈めようと、何度も何度も襲いかかります。

「動かないで!」

 しぐれは叫びました。その声は激しい雨音にかき消されそうになりながらも、真っ直ぐに雀の元へと届きます。

「で、でも、沈むよぉ! 身体が、あがらないんだぁ!」

 雀の小さな瞳は、底知れぬ恐怖に大きく見開かれ、細く不規則に震えていました。

 暴れるたびに冷たい泥水がその視界を塞ぎ、呼吸を奪っていきます。

 一度水中に沈んだ小さな羽は、雨水を吸って鉛のように重くなっており、どれだけ懸命にばたつかせても、水面を激しく叩くだけで、身体は一向に浮き上がりません。

 それどころか、もがけばもがくほど、泥の底へと引きずり込まれていくようでした。

 きつねは本来、鳥を喰らうけものです。

 一歩間違えれば、その鋭い牙が小さな命を噛み砕いてしまうかもしれない。

 ひばりの本能が、迫り来る白い大きな影に対して一瞬の恐怖を訴えかけました。

 しかし、それを上回る冷たい死の気配が、すぐ足元まで迫っていました。

 水はすでにひばりの首元まで達し、冷たい泥水がその小さな喉に流れ込もうとしています。


 しぐれは水たまりの真ん中へ容赦なく踏み込みました。

 濡れた石畳に鋭い爪を立て、じりじりと距離を詰めます。

 水飛沫みずしぶきがしぐれの顔を叩きますが、その金色の瞳は真っ直ぐにひばりだけを捉えていました。

 しぐれはそっと首を傾け、細心の注意を払いながら、雀の首根っこの羽毛を薄く口にくわえました。

 びくり、と雀の身体が強張こわばるのが、しぐれの牙の先を通じて伝わってきます。

「大丈夫、噛まないよ」

 心の中でそうつぶやきながら、しぐれはゆっくりと首を持ち上げました。

 優しく、しかし確実な力でその小さな身体を引き上げ、水が溢れてこない、少し小高くなっている石畳の上へと運び出したのです。

 泥水から救い出された雀は、冷たい石畳の上で糸の切れた人形のようにへたり込み、ぶるぶると激しく震えるばかりでした。

 濡れそぼった小さな羽は完全に皮膚へ張り付き、本来のふっくらとした愛らしい面影はどこにもありません。

 冷たい風が吹くたび、小さな身体が目に見えて小さく縮こまっていきます。

「だ、大丈夫……?」

 しぐれは顔を近づけ、心配そうに鼻先を小さく動かしました。

「う、うん……」

 かろうじて返ってきたのは、今にも雨音に消されてしまいそうな、消え入りそうな声でした。

 大丈夫、という言葉とは裏腹に、雀の身体は芯から冷え切っていました。

 激しく上下する小さな胸の隙間から、ほんのわずかな、しかし確かな生の体温が、容赦なく降り注ぐ冷雨の中へと逃げていくのが分かります。

 このままでは、雨の味を知る前に、雨の冷たさに命を奪われてしまう。

 しぐれはほんの少しだけ金色の瞳を揺らし、何かを考えるように視線を落としました。

 そして、ゆっくりと自分の身体を丸めると、雨に濡れてなお豊かなボリュームを保っている、自慢の白い尻尾をそっと伸ばしたのです。

 しぐれは、その温かい毛並みで、震える雀の小さな身体をそっと包み込みました。

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