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鉛色の空と迷い羽

 やがて完全に夜が訪れると、世界の音という音が、一瞬だけぴたりと途絶えました。

 星屑堂の裏庭を囲む古い板塀も、大きく葉を広げた紫陽花の群生も、まるで息を殺して天空の気配を窺っているかのようでした。

 張り詰めた静寂を破ったのは、たった一滴の音でした。


 ぽつり。


 古びたトタン屋根に、鈍い乾いた音が響きます。それを合図に、天の底が抜けたかのような闇の向こうから、無数の水のつぶてが地上へと降り注ぎ始めました。

 ぽつ、ぽつ、バラバラと、速度を増していく雨脚。

 またたく間に屋根を叩く音は激しい怒号へと変わり、裏庭の空間は、真っ白な水の煙で満たされていきました。

 激しい水飛沫みずしぶきが、闇の中に白い帯を作って激しく踊っています。

 しぐれは、たまらなくなって縁側から漆黒の庭へと飛び出しました。

 冷烈な雨が、容赦なく彼の全身を打ち据えます。

 自慢の白い毛並みは一瞬にして水分を吸い、細い身体の線にぴたりと張りつきました。

 体温が奪われ、皮膚が粟立つのが分かります。けれど、しぐれの切れ上がった瞳には、歓喜の光が宿っていました。

 しぐれは石畳の真ん中で立ち止まり、口を大きく開いて、昏い天空を真っ直ぐに見上げました。

 落ちてくる大粒の雨が、彼の朱色の舌の上で激しくほどけていきます。

 それは、濃緑の青葉をすり潰したような鮮烈な味でした。

 雪解け水を湛えて奔流ほんりゅうとなる、遠い川の冷たさ。

 幾年も眠り続けた深い土が、水分を吸って目を覚ますときの、むせ返るような匂い。

 それらを運んできた、激しい北西の風の、尖った匂い。

 世界中のあらゆる記憶と物質が混ざり合い、一つの液体となって、しぐれの喉を通り、身体の奥底へと染み渡っていくのでした。

 細胞がひとつずつ、雨の色に染まっていくような奇妙な高揚感にしぐれが身を委ねていた、その時でした。


「た、助けてぇ!」


 激しい雨音の隙間を縫って、耳を刺すような、ひどくか細い悲鳴が聞こえました。

 しぐれはぴんと耳を立て、濡れた顔を巡らせます。

 金色の瞳が、激しく揺れる紫陽花の足元、濁った水が激しく渦巻く庭の隅を捉えました。

 見ると、雨水が集まってできた大きな水たまりの中で、一匹の小さな雀が、泥まみれになりながら必死に羽をばたつかせていました。

 まだ産毛の残る、幼い雀でした。

 羽を動かすたびに茶色い水飛沫が跳ね上がりますが、すでにその風切羽かざきばは水を吸って鉛のように重くなっており、どれだけもがいても、身体は浮き上がるどころか泥の底へと沈んでいくようでした。

 容赦のない雨脚は、さらにその小さな背中を激しく叩きつけます。

 しぐれは躊躇ちゅうちょすることなく、泥水の中へと駆け出しました。

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