番外編 ひばりの巣立ちと雨色の空
星屑堂の古びた屋根から飛び立ったひばりは、冷たい夜風を全身に受けながら、夢中で小さな羽を動かしていました。
下を見おろせば、先ほどまでの激しい嵐に洗われた人間の町が、まるで硝子の欠片を撒き散らしたように、あちこちの水たまりで月光を照り返してきらきらと輝いています。
その光景はあまりに眩しく、ついさっきまで自分が死の恐怖に怯えていたことさえ、遠い幻だったのではないかと思わせるほどでした。
ぱたぱた、ぱたぱた。
ひばりの胸の奥は、まだトクトクと速い鼓動を刻んでいました。
それは恐怖の残り香ではなく、生まれて初めて知った「外の世界」への、言葉にできない高鳴りでした。
雀の群れの中で生まれたひばりは、いつも母親や兄弟たちから「おまえはどんくさい」「そんな細い羽では、嵐が来たら一転がりだ」と言われ続けてきました。
実際、今日の夕暮れ時に風に煽られ、あの大きな水たまりに墜落したときは、本当に自分の命がここで終わるのだと確信していました。
冷たい泥水が視界を遮り、呼吸ができなくなったあの絶望。
けれど、闇の中から現れたあの白い獣は、怖ろしい牙で自分を噛み砕く代わりに、息を呑むほど美しい真っ白な尾で、凍える身体をそっと包み込んでくれたのです。
「しぐれ……」
ひばりは飛びながら、小さな声でその名前を呟いてみました。
きつねの尾の中で聞いた、あの静かな心臓の音。
世界中の寂しさやため息を優しく溶かしてしまうという、雨の夜の不思議な話。
しぐれが教えてくれたすべての言葉が、ひばりの小さな頭の中で、まるで真珠の粒のようにつなぎ合わされていきます。
怖ろしいはずのきつねが、自分にとっては世界で一番優しい、雨の匂いのする友人になった。
その事実が、ひばりの小さな身体に、これまでにない大きな勇気を与えていました。
雲の切れ間から覗く、どこまでも深い夜空を見上げながら、ひばりは強く、強く翼を羽ばたかせました。
風はまだ冷たく、羽を押し戻そうとしますが、もう嵐の空を飛ぶことは怖くありません。
あの星屑堂の裏庭には、どんなに激しい雨が降ろうとも、自分を待っていてくれる白いきつねがいるのだから。
自分を「ひばり」と呼んでくれた、特別な友達がいるのだから。
ひばりは夜の空気をごくぐり、自分の巣がある大きな楠の枝へと滑り込みました。
周囲の雀たちはまだ嵐の恐怖に震えていましたが、ひばりの濡れた羽はもうすっかり乾き、心には、次に降る雨へのささやかな期待が、確かな体温となって満ちていくのでした。




