次の雨が降るまでに
嵐が去ってからの数日間、山のふもとには、雲一つないからりとした晴天が続いていました。
六月の強い日差しが星屑堂の瓦屋根を容赦なく照らしつけ、裏庭の石畳はすっかり乾いて白く爆ぜています。
あれほど水を湛えていた紫陽花の葉も、今は強い光に背を丸めるようにして、じっと静かに佇んでいました。
雨水に洗われて真珠のように輝いていたあの夜の美しさは、まるで蜃気楼だったかのように、どこかへ消え去ってしまったかのようでした。
雨が降らない日々、しぐれは食事を摂ることができません。
けれど、彼の身体が衰えることはありませんでした。
ただ、陽光が強ければ強いほど、しぐれは世界の饒舌さに少しだけ耳を塞ぎたくなるのでした。
人間の楽しげな笑い声、荷車の軋む音、乾いた埃の匂い。
世界が騒がしく自己を主張する晴れの日、しぐれは一日の大半を、薄暗い星屑堂の店内で静かに過ごしていました。
日の当たる場所を避け、家具の隙間や棚の陰に身を潜めていると、時折、自分の長い尾のなかに残る「あの夜の熱」を思い出すことがありました。
ある午後のことでした。
おばあさんが店の奥で心地よさそうに居眠りをしている、時計の針の音だけが響く静かな時間。
しぐれは、格子戸から差し込む埃の舞う光の筋を避けるようにして、店の一番奥にある、普段は誰も近づかない棚の最下段をそっと覗き込みました。
そこには、何十年も誰の目にも留まっていなそうな、小さな、古びた木箱が置かれていました。
金具はすっかり錆び、表面には薄く灰色の埃が積もっています。
しぐれが鼻先でそっと蓋を押し開けると、中から現れたのは、親指ほどの大きさしかない硝子の細工物でした。
それは、少し古ぼけた水色の硝子で出来た、小さな、小さな鳥の形をしたおもちゃでした。
光にかざしてみると、まるで本物の雨粒をそのまま手で固めて翼を与えたかのように、淡く、涼しげな光を放ちます。
気泡がわずかに混じったその硝子の身体は、見つめているだけで、あの激しかった嵐の夜の、冷たくも優しい質感を思い出させるものでした。
「……ひばり」
しぐれの口から、無意識にその名前が零れ落ちました。
その瞬間、彼の細い胸の奥が、小さな火を灯されたようにじんわりと熱くなるのを自覚しました。
これまで、ただ雨が降るのを、何をするでもなく受動的に待つだけだった彼の孤独な時間。
それが今は、「次の雨が降ったら、あの子が来る」という、能動的な待ち遠しさに塗り替えられていたのです。
ただやり過ごすだけだった晴れの日々が、約束の日に向かうための大切な助走のように思えてくるから不思議でした。
しぐれは硝子の鳥を傷つけないよう、そっと口にくわえ、自分の寝床である縁側の隅へと運びました。
外からは、気の早い油蝉の声が、遠くの木々でひとつ、ふたつと聞こえ始めています。
季節は確実に、ぎらぎらとした夏へと向かっていました。
本格的な夏が来る前に、空はもう一度、あの優しい涙を流してくれるだろうか。
白いきつねは、縁側の影に身を潜めながら、乾いた風の向こうにある、まだ見ぬ雲の気配を、じっと静かに探していました。




