晩餐会 ①
晩餐会の会場の扉が開かれた瞬間、熱気と何とも言えない殺伐とした雰囲気を紗蘭は感じ取った。
会場は、赤と金に加えて、新王を祝うための鮮やかな花々と料理で彩られていた。
(如何にもパーティって感じだけど、座ってる人たちはそんな楽しい雰囲気ではなさそう…)
「寅の国、新女王・紗蘭様のおなりです!」
先触れの声が響き渡ると、豪華な円卓を囲んでいた賓客たちの視線が一斉に紗蘭へ注がれた。
(……見られている。一条家のパーティーでも視線は感じていたけど、これは品定めされているような感じだわ……!)
紗蘭は震えそうになる膝に力を込め、青い絹の裾を優雅に揺らしながら歩みを進めた。
その隣を歩く白蓮が、紗蘭にそっと耳打ちする。
「王の席、左側から子、午、戌と並んでおります。……落ち着いてください。王は今、この国で最も気高い虎なのですから」
紗蘭は促されるまま、中央の玉座に近い主賓席へと向かった。
「皆様、お待たせ致しました。本日はお集まりいただきありがとうございます。」
紗蘭が軽く礼をし、席につくと、直ぐ様声を発するものがいた。
「――ほう、この子が噂の『迷い子猫の女王』か」
低い声でにやりとして、髭を触りながら声を発したのは午の王、光だった。如何にも屈強な男性で、長い髪を一つに結び、長袖の漢服の上からでも十分にわかる筋肉だ。
「光様、失礼ですよ」
その背後には、眼鏡を指先で押し上げながら、午の国の王に意見する馬の耳と尻尾が生えた白蓮と同じくらいの年と思われる青年の姿があった。
一方で、右手の席は静寂に包まれていた。
まだ幼さの残る少年王が、緊張した面持ちで背筋を伸ばして座っている。その後ろには渋い白髪混じりの男性がいた、犬の耳がなければもっと強面だったかもしれない。
(イケオジだわ……耳も可愛いかも……観察してる場合じゃないわ、私挨拶しないと!)
紗蘭は背筋を伸ばし、正面を向く。皆が紗蘭に注目する。
「……お初にお目にかかりますわ。紗蘭と申します。この度寅の国の王として即位しました。皆様遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。子の王、午の王、そして戌の王。宰相の皆様もお忙しい中来てくださり、光栄ですわ。」
紗蘭は完璧な角度で会釈を返した。
(よし、上手く言えたわ)
だが、光は満足げに鼻で笑うと、わざとらしく大きな音を立てて盃を置いた。
「挨拶はいい。それより驚いたぜ。子供の次は女か?おい白蓮、寅の国はついに戦うのをやめるのか?」
午の王の無礼な言葉に、会場の空気が凍りつく。背後に控える白蓮が、思わず息を呑むのがわかった。
(……なるほど。でもここで喧嘩するのは宜しくないわね。私だけの問題じゃないから。)
紗蘭の心の中で、何かがパチンと弾けそうになるのをぐっと堪えた。女というだけで侮辱されて悔しい反面、寅の国の王として怒りに任せるのは良くないとよく分かっていた。
光は相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「光様、先程からご無礼が過ぎますよ。」
紗蘭が反応するより前に午の国の宰相、焔が光に釘をさした。
「寅の国の王よ、わが主のご無礼をお許しください。私たちは、同盟国であります。今後ともよろしくお願い致します。」
焔は深々とお辞儀をし、光は不服げに振り向いた。
「焔!無礼もなにも、戦闘できるかは大事なことだろ!?」
「しかし、今晩餐会が開始する場面で言う必要ありますか?」
焔がそう言うと、光はむすっとして黙り込んだ。暗く重たい雰囲気を打ち切ったのは、優しい雰囲気と何とも言い難いオーラを纏った子の国の王、春だった。
「ここで争うのは得策ではないよ。僕も寅の国の今後の動向は気になっているが、まずは乾杯しませんか?」
春がにっこり微笑むと、光が小さく「悪かったよ」とぶっきらぼうに呟き場が収まった。
(すごい……鶴の一声って感じね)
紗蘭はこほんと咳払いをし、杯を両手で持ち、顔の前まで持ってきた。それを合図に他の王たちも同じ動きをする。
「では、今日という日に祝福があらんことを。また寅の国の繁栄を願って。」
杯をお互いさらに高くあげ、ぐいっと一口飲む。どうやらこの世界ではこれが乾杯らしい。
「じゃ、ぼくたちの自己紹介から行こうかな。名前も分からないと不便だろうからね」
またもや春が先陣を切って声を発した。
(自己紹介!有難いわ。名前を覚えられるかしら)
紗蘭は深く頷きそうになるのを我慢して、背筋を伸ばし直した。
「僕は子の国の王、春。この世界にきて50年くらいになる。よろしく。そして後ろにいるのは宰相の氷雨。」
氷雨は表情を一切変えずに一礼をした。ずっとニコニコしている春とは正反対に見える。
「よろしくお願いします」
(白蓮が言ってた鋭い宰相は氷雨のことだったかしら。確かに、その通りに感じるわ。あと春さんってどこかで見た気が……)
「じゃ次は藍かな。」
皆が戌の国の王を見ると、ピンっと背筋を伸ばし、緊張しているのが伝わってきた。
(緊張するわよね、私も緊張してるもの)
「あ、えっと……戌の国の藍です。この世界には1年前に来ました。12歳です。よろしくお願いします。」
藍は小さく会釈をすると恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「そして宰相の磊と申します。見ての通りの老体ですが、皆様のお力添えをできればと思っております。よろしくお願い致します。」
磊は低く渋い声で、物腰柔らかく話した。
その声を打ち消すように、午の国の王、光がぐいっと杯に残っていたお酒を飲み干し、勢いよく机に杯を置く。
「俺は光、王になって20年くらいだ。午は寅と同じく、攻撃を得意としている。」
ふんっと鼻を鳴らし、腕を組む姿に、後ろの宰相が溜息をついた。
「焔なんだ!?溜息か!?」
「ええ、あまりに光様が無作法なので。」
光はわなわなと震えているのに対し、焔と呼ばれる宰相は飄々としていた。
(なんだかこの2人、良いコンビな感じするわね)
「……私の主が、重ね重ね失礼いたしました。午の国で宰相を務めております、焔と申します。
光様はあのように野蛮な方ですが、同盟国の窮地を放っておくような男ではございません。今後とも、どうぞ良きよしみを」
焔は切れ長の目を紗蘭に向け、優雅な一礼を捧げた。白蓮も隙がない感じだが、焔はさらに隙がなさそうに見える。
(これで全員の紹介が終わったのね。……それにしても、三者三様、いえ、宰相たちも含めれば六者六様だわ)
紗蘭は、青い絹の袖の中で、そっと自分の指先を握りしめた。
子の国の春は、どこか親しみやすくも底が知れない。
戌の国の藍は、まだあどけないものの、しっかりと王としての責任を果たそうとしている。
午の国は、光は少し乱暴に見えるが、悪い人ではなさそうにみえる。
そして彼らの後ろには、氷雨、磊、焔といった一癖も二癖もある宰相たちが目を光らせているのだ。
(宰相の皆さんは冷たく見える方もいるけど、やっぱり各国特有の耳と尻尾が可愛く思えちゃうのよね……)
「皆様、ご丁寧な紹介をありがとうございます。まだ至らぬ身ではございますが、この寅の国を預かる身として、皆様お話できることを嬉しく思いますわ」
紗蘭が完璧な微笑みをたたえて応じると、会場に並んだ料理から、ふわりと香ばしい中華風のスパイスの香りが立ち上った。
「皆様、今日はわが国の料理人が腕を振るった料理ばかりです。どうかお召し上がりください。また私からも、今後とも皆様よろしくお願い致します。」
白蓮は深々とお辞儀をすると、春がパンっと手を合わせる。
「さぁ皆、冷めないうちにお料理をいただこうか」
春が楽しげに箸を動かすのを合図に、静かだった晩餐会の会場が、にぎやかな談笑の渦へと変わっていく。
しかし、紗蘭の戦いはここからが本番だった。
(春さん……どこで見たのかしら。現世の記憶のどこかに、あの笑顔が引っかかっているような気がするのだけれど……。それにこの食事の間にも、それぞれの国の考えや今後の動向に探りを入れなくてはね)
一口運んだスープの温かさにホッとしながらも、紗蘭の頭脳はフル回転を始めていた。




