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第37話:黒幕の失脚(社会的ざまぁ)

 


 ゼフィール基地の雪原に、冷たい風が吹き抜ける。

 先ほどまで激しい砲撃音と悲鳴が飛び交っていた戦場は、今や完全な静寂と、それに続く爆発的な歓喜に包まれていた。


 私が手元の端末を操作し、全軍へ向けた「地獄の生放送ブロードキャスト」の映像配信をカットすると、モニターは通常の通信待機画面へと戻った。

 だが、通信回線の向こう側――王都の中央司令部との『音声ライン』だけは、ルーク監査官の計らいによってまだ繋がったままである。


『離せ! 私を誰だと思っている! 特務防衛局長たる私に、こんな手錠をかけるなど許されると思っているのかァァッ!』

 端末のスピーカーから、先ほどまでふんぞり返っていたバルバレス将軍の、見苦しい絶叫が響き渡ってきた。


『往生際が悪いですよ、将軍。……貴方のその声も、今の見苦しい言い訳も、まだゼフィール基地の「生還者たち」の耳に届いているというのに』

 ルーク監査官の冷ややかな声が続く。

『貴方が見殺しにしようとした第十三小隊の皆さんに、何か最後に弁明の言葉はありますか?』


 その言葉に、将軍は一瞬言葉を詰まらせたようだったが、すぐに狂ったように喚き散らし始めた。

『捏造だ! あんな通信記録は、あの魔力ゼロの記録係が仕組んだ罠だ! 魔法の技術もない野蛮な鉄屑(アナログ機体)のデータなど、そもそも売る価値すらない! 私がそんな小銭稼ぎのために国を裏切るはずがないだろうが!』


 王都のエリートとしてのちっぽけなプライドが、彼に最後まで事実を認めさせることを拒絶させているらしい。

 私は端末のマイクを引き寄せ、コックピットのシートに深く寄りかかりながら、可憐な少女の声を氷のように冷たく響かせた。


「小銭稼ぎ、ですか」

 私の静かな声が回線に流れた瞬間、スピーカーの向こうで暴れていた将軍が、蛇に睨まれた蛙のようにビクッと動きを止めたのが分かった。


「確かに、魔法至上主義のあなた方からすれば、魔力を持たない兵器など無価値な鉄屑に見えたのでしょうね」

 私はモニターに表示されている、監査部が裏で集めていた『資金の流れ』のデータファイルを開いた。


「ですが、隣国は違いました。彼らは魔法の弱点である『詠唱時間』を物理で叩き潰すことの恐ろしさを、誰よりも正しく理解していた。……だからこそ、彼らはあの『亡霊ゴースト』のオリジナルデータに対して、国家予算に匹敵する額をあなたに提示した」


『な、なにをでたらめな……!』


「ルーク監査官が、あなたの隠し口座(魔導クリスタルバンク)の履歴をすでに洗っていますよ。……十数年前の『異界漂流物』のデータが消失した日と、あなたの口座に隣国からダミー会社を経由して莫大な資金が振り込まれた日。コンマ一秒の狂いもなく、完全に一致しています」


 私の決定的な一言に、将軍は「あ……」と間抜けな声を漏らした。

 魔法の痕跡は消せても、物理的な『金の流れ』と『時間のタイムライン』は絶対に嘘をつかない。

 私がゲイル中尉を追い詰めた時と全く同じ、完璧な物理と論理の包囲網だ。


(……戦場に立つこともなく、安全な後方で金勘定だけしている豚が。自分が何を売り飛ばしたのか、その価値すら理解していなかったくせに)

(俺のデータを売り飛ばした金で飲むワインは、さぞかし美味かっただろうな。……だが、お遊びはここまでだ。その血肉ごと、すべて吐き出させてやる)


 心の中の老兵は、画面の向こうで完全に追い詰められている悪党の姿を想像し、獰猛で残酷な笑みを深くした。


『ば、バルバレス将軍……。貴方という人は、本当に我々を見殺しにして、敵国に魂を売っていたというのか……!』

 ゼフィール基地で私の傍らに立っていた第十三小隊の部隊長が、通信マイクに向かって血を吐くような怒りの声を上げた。

『俺たちは、貴方の命令でこの死地に赴き、貴方を信じて防衛線を死守してきたんだぞ! それなのに、貴方は……!』


『だ、黙れェェッ! 左遷されたゴミ部隊の分際で、私に説教をするな!』

 将軍はついに本性を現し、マイク越しに狂犬のように吠え猛った。

『そもそもお前たちが無能だからいけないのだ! 魔法の才能もない、命令にも従えないクズ共が! お前たちのような底辺の命をいくら擦り潰そうが、国のためになるなら安いものだろうが!』


 その醜悪な本音の暴露に、ゼフィール基地のパイロットたちだけでなく、彼を拘束しているルークたち監査部隊も、深い嫌悪に沈黙した。


「……なるほど。無能なゴミだから、擦り潰しても構わないと」

 私は一切の怒りを見せず、ただ淡々と、事実だけを突きつけた。


「では、その『無能なゴミ』が、あなたの売り渡した最強の兵器ゴーストと、敵の精鋭部隊五十機を、たった数機の半壊した機体で完全にスクラップにしたという事実は、どう説明するのですか?」


『……ッ!?』


「あなたが見下していた彼らは、本物の戦場を生き抜いた一騎当千の精鋭です。……あなたのような、安全な王都でワインのグラスを回しているだけの『本当の無能』とは、覚悟の次元が違うのですよ」


 私の氷のような宣告が、将軍の安いプライドを粉々に叩き割った。

 彼が信奉していた魔法の力も、軍の階級も、今この瞬間、魔力ゼロの十三歳の少女の論理と、泥にまみれた兵士たちの実績の前に、完全に敗北したのだ。


『……ふん。よく言ってくれた、レイ管理官』

 ルーク監査官が、冷ややかな声で通信に割り込んできた。

『将軍。貴方が頼みにしていた「貴族派閥」の連中ですがね……先ほどの全軍への生放送を見た直後に、貴方との関係を一切断ち切るという声明を出しましたよ。貴方はもう、政治的にも完全に孤立無援の「ただの犯罪者」です』


『な、なんだと……!? あの裏切り者共め! 私を見捨てる気か!』


『見捨てたのではありません。貴方が見捨てられるだけの「無能」だったというだけのことです』

 ルークは容赦なく言葉の刃を突き立てる。

『国家反逆罪、利敵行為、および証拠隠滅のための部隊抹殺未遂。……すべて死刑、あるいは終身刑に該当する大罪だ。王都の最下層にある、光の届かない地下牢の独房が、貴方の新しい執務室になりますよ』


『いやだ……いやだぁぁッ! 離せ! 私は特務防衛局長だぞ! こんな記録係の小娘の妄言で、私の輝かしい人生が……!』

 将軍の悲鳴が、監査部の兵士たちに引きずられていく足音とともに、少しずつ遠ざかっていく。

 やがて、重い鉄扉がバタンと閉まる音が響き、将軍の醜い絶叫は完全に通信の向こう側へと消え去った。


『……ふぅ。お疲れ様、レイ。厄介なゴミ掃除はこれで完了だ』

 ルークが眼鏡を押し上げる音が聞こえた。

『見事な盤面ボードのひっくり返し方だったよ。監査部としても、長年の目の上のたんこぶだった黒幕を一網打尽にできて、これ以上ないほどの戦果だ』


「私はただ、物理法則と事実を並べただけですよ。……自滅したのは彼ら自身です」

 私は端末の通信を切り、ようやくコックピットの中で大きく背伸びをした。


 安全な後方で私腹を肥やしていた黒幕は、すべてを失い、最も見下していた地下の底へと叩き落とされた。

 これにて、完璧な論破と社会的抹殺ざまぁは完了である。


(……やれやれ。これでようやく、俺の過去のデータに関わる面倒事の清算が終わったぜ)

(コピー人形はぶち壊し、データを売ったネズミも地下牢にぶち込んだ。……傭兵としての落とし前は、これでキッチリつけさせてもらったぞ)


 心の中の老兵は、長年の肩の荷が下りたような、深い安堵の息を吐き出した。

 私がアナログ機体のハッチを開けて外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「レイ管理官!!」

 第十三小隊の生き残りたちと、王都のエリート騎士たちが、ボロボロの制服のまま、私の前に一斉に整列していたのだ。


 彼らは、私が機体から降り立った瞬間、誰に命令されるでもなく、一糸乱れぬ完璧な敬礼を捧げた。

 それは、ただの記録係に対するものではない。

 絶望の淵から自分たちを救い出し、本物の戦い方を教え、腐った上層部から誇りを取り戻してくれた『最高の指揮官(教官)』に対する、最大限の敬意と感謝の表れだった。


「……レイ管理官。俺たちは、貴女に一生ついていきます! 貴女こそが、俺たちの本当の部隊長だ!!」

 金髪の青年が、涙と泥で顔をぐしゃぐしゃにしながら、満面の笑みで叫んだ。


「素晴らしい指揮でした、レイ管理官! 王都に戻られましたら、ぜひ我々特務騎士団の専属戦術顧問に!!」

 エリート騎士の隊長も、負けじと目を輝かせて詰め寄ってくる。


 彼らの熱すぎる眼差しと、英雄を称えるような歓声。

 普通の少女なら、ここで頬を赤らめて喜ぶところだろう。


 だが、私は十三歳の可憐な少女の顔を、心底嫌そうにしかめ、深々とため息をついた。


「……お断りします」

 私は彼らの熱狂に冷や水を浴びせるように、無表情のまま言い放った。


「え?」


「部隊長だの戦術顧問だの、そんな面倒で責任の重い仕事、誰がやるものですか」

 私は制服についた黒いオイルと硝煙の汚れをパンパンと払い落とし、信じられないものを見るような目をしている屈強な男たちを見上げた。


「私はただの、しがない『第8魔導記録保管庫の記録係』です。……私の仕事は、カビの生えた地下室で、静かに本を読むことだけですから」


 私は彼らの呆然とした顔を無視して、コックピットから自分の荷物(愛読している戦術書)を取り出した。


「それより、今回の出張で私の休日は完全に潰れました。残業代と出張手当、それに特別危険手当を乗せて、王都の経理部に請求書を回しておいてくださいね。……一銅貨でも足りなければ、監査部に直訴しますので」


 戦場を物理で蹂躙し、軍の黒幕を論破して社会的に抹殺した十三歳の美少女は、最後まで自分のペースを崩すことなく、ただ「残業代」のことだけをボヤいて歩き出した。

 その後ろ姿に、歴戦の兵士たちはただ苦笑いをして、再び深い敬礼を捧げるしかなかった。


 かくして、ゼフィール基地を巡る泥臭くも熱い防衛戦は、一人の「魔力を持たない英雄」の誕生とともに、完全に幕を下ろしたのだった。


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