第36話:記録の公開(ブロードキャスト)
「監査官殿。軍の全回線を『強制』してください。……前線からの、地獄の生放送の始まりです」
私がアナログ無線機越しにそう告げると、通信の向こう側でルーク監査官が息を呑む気配が伝わってきた。
軍の全魔導通信網をジャックし、一介の記録係が全軍に向けて強制的に映像を配信する。それは軍規のあらゆる条項に違反する、前代未聞の大罪だ。
『……最高司令部のメイン回線をハッキングしろだと? 発覚すれば、私どころか監査部そのものが解体されかねないぞ』
「あら。怖気づきましたか? 監査部の特権とご自身の首を懸けて、リミッター解除のマスターキーを盗み出した男が」
私が挑発するように可憐な声で笑うと、ルークはフッと自嘲気味な笑いをこぼした。
『ははっ。誰が怖気づいたと言った? 軍の暗部を暴くのが我々監査部の仕事だ。……こんなに最高で、イカれた大立ち回りの舞台、乗らない手はないさ』
ルークの背後で、凄まじい勢いで端末のキーボード(魔導盤)を叩く音が聞こえ始める。
『メインサーバーのバックドアを開くのに三分もらう。その間に、そっちのブラックボックスのロックを解除して、映像出力の準備を整えてくれ』
「了解です」
私は無線機を切り、手元にある亡霊のブラックボックスと、監査部の小型解析端末をケーブルで物理的に繋いだ。
敵の軍事機密である以上、データには厳重なプロテクトがかけられている。普通の魔導技師なら、魔力によるパスワード解除に数日はかかるだろう。
だが、中身のシステムが「魔法を持たない機体」のものである以上、そのロック機構も極めてアナログな物理暗号だ。
「……幼稚な暗号ですね。まるで知恵の輪です。私の前世のデータを盗んでおきながら、セキュリティの概念は三流以下のようです」
私は端末のキーを高速で叩き、コンマ一秒の迷いもなく暗号の数列を解いていく。
ものの数十秒で「カチッ」という電子音が鳴り、ブラックボックスの内部データが完全に私の手元へと開示された。
そこには、亡霊の戦闘ログだけではない。
隣国軍がこの機体を運用するための指示書のデータ、そして……この亡霊を製造するための「オリジナルデータ」を、隣国軍へ超高額で売り渡した『王国軍上層部の人物』の、生々しい通信記録と魔力署名が残されていた。
(……見つけたぜ、売国奴。俺の魂を売り飛ばし、俺の部下たちをゴミのように使い捨てたクソ野郎の尻尾をな)
心の中の老兵は、画面に表示されたその『名前』を見て、絶対零度の殺意を煮えたぎらせた。
「レイ管理官。……それ、見つかったんですか?」
包帯を巻いた金髪の青年と、エリート騎士の隊長が、固唾を呑んで端末の画面を覗き込んでくる。
「ええ。完璧な『証拠』です。言い逃れの余地など一ミリもありません」
私は小型端末のカメラを起動し、そのレンズを自分自身と、背後に転がる亡霊の残骸、そして第十三小隊の生き残りたちへ向けた。
「さあ、皆さんもカメラの前に立ちなさい。……死体として処理された人間が、元気に画面の向こうから手を振ってやれば、王都の連中もさぞかし喜ぶでしょうからね」
――同じ頃。
王都の中央司令部、最高司令官の執務室。
黒幕である将軍は、高級なソファに深く腰掛け、勝利の美酒である赤ワインを優雅に揺らしていた。
「そろそろ、ゼフィール基地の残骸すらも雪に埋もれた頃だろう」
彼は白髭を撫でながら、忌々しい記憶が完全に消え去ったことに満足げな笑みを浮かべる。
「監査部の小賢しい連中も、証拠の現物が焼け焦げた炭になってしまえば、手も足も出まい。……すべては闇の中だ」
彼がワイングラスを口に運ぼうとした、まさにその時だった。
ブツッ! ギィィィィィンッ!!
執務室に設置されていた巨大な魔導モニターから、突如として不快なハウリング音が鳴り響き、画面が激しいノイズに包まれた。
いや、彼の部屋だけではない。
中央司令部のすべてのモニター、各部隊の通信クリスタル、さらには王都の広場に設置されている市民への広報用大画面にいたるまで、軍のネットワークに接続されたすべての映像端末が、一斉にジャックされたのだ。
「な、なんだ!? 何が起きている!?」
将軍が驚いて立ち上がり、ワイングラスを床に落として割った。
慌てて副官が飛び込んでくる。
「か、閣下! 軍のメインサーバーが何者かに強制ハッキングされました! 回線の制御が効きません! 何かが……全軍に向けて『強制配信』されようとしています!」
「馬鹿な! 軍の最高防壁を突破して全回線をジャックするなど、監査部の特級権限でも使わない限り不可能だぞ!」
将軍が血相を変えてモニターを睨みつける。
ノイズが晴れ、そこに映し出された光景を見て、将軍は呼吸を完全に停止させた。
『――王国軍の全将兵、並びに王都の皆様。……突然の通信割り込み、失礼いたします』
画面の向こう側に映っていたのは、硝煙と油にまみれ、黒煙を上げる瓦礫の山となったゼフィール基地の光景だった。
そして、その凄惨な背景の中心で、可憐な少女の声を響かせながら真っ直ぐにカメラを見据えているのは、紛れもない『第8魔導記録保管庫の記録係・レイ』の姿だったのだ。
「なっ……! き、貴様は……記録係の小娘!? なぜ生きている! ゼフィール基地は全滅したはずだぞ!!」
将軍が信じられないものを見たように、モニターに向かって絶叫する。
『私は特任記録解析アドバイザーのレイです』
画面の中の私は、将軍の悲鳴など聞こえないふりをして、淡々と、しかし全軍に響き渡る声で言葉を続けた。
『中央司令部の公式発表によれば、ここゼフィール基地は敵の大規模な奇襲により全滅したことになっていると伺いました。……ですが、ご覧の通り、私たちは全員「生きて」います』
カメラがスッと動き、私の背後に立つ第十三小隊のパイロットたちと、加勢に来たエリート騎士たちを映し出す。
彼らは包帯まみれで泥だらけだが、カメラに向かって力強く敬礼をし、自分たちの生存を王都へとアピールした。
『な、なんだと……!? あの見捨てられた左遷部隊が、あの亡霊から生き延びただと!?』
『しかも、あそこにいるのは中央の特務騎士団じゃないか! なぜゼフィール基地に!』
王都の司令部や、各地の基地でモニターを見ている兵士たちの間に、どよめきと混乱が広がっていく。
『ご安心ください。ゼフィール基地を襲撃した隣国軍の量産機五十機、および……魔法の通じない未知の機体「亡霊」は、我が部隊によって完全に「スクラップ」にされました』
私がカメラの向きをさらに動かすと、そこには頭部を粉砕され、胸部を内側から吹き飛ばされて惨めな鉄屑と化した『亡霊』の残骸が映し出された。
「ひぃッ!?」
将軍はついに腰を抜かし、無様に床にへたり込んだ。
敵の最強の切り札であり、魔法世界の常識を覆すはずだった亡霊が、ただのスクラップにされている。しかも、魔法を一切使えないはずの記録係の少女と、落ちこぼれのポンコツ部隊の手によって。
それは将軍の計画が完全に破綻したことを意味していた。
『さて。生存報告はここまでです。ここからが「本題」の記録解析の成果報告になります』
画面の中の私は、可憐な少女の表情から一切の感情を消し去り、氷のように冷たく、絶対的な『処刑人』の眼差しへと切り替わった。
『この隣国軍の「亡霊」という無人機。……その制御AIを解析した結果、極めて興味深い事実が判明しました』
私は手元にあるブラックボックスの端末をカメラに向けた。
『この機体を動かしていた戦闘データは、十数年前に我が王国軍が極秘に回収した「異界漂流物」のデータを、完全にコピーしたものでした。……魔力を持たない物理兵器のデータを、敵国がゼロから開発できたわけではありません』
全軍が息を呑むのが、画面越しにも伝わってくるようだった。
私は無慈悲に、決定的な事実を言葉にする。
『我が軍の上層部に、この超特級の軍事機密を、隣国軍へと「意図的に売り渡した」売国奴が存在します』
「や、やめろ……! 通信を切れ! ただちにその小娘の通信を物理的に遮断しろォォォッ!!」
将軍が泡を吹くような勢いで叫び、副官たちに命令を下す。
だが、監査部のルークが掛けた最高レベルのプロテクトは、司令部のシステムエンジニアが束になっても解除できるものではない。
『このブラックボックスの中には、隣国軍と裏取引をした際の一部始終の音声記録と、譲渡契約書に刻まれた「魔力署名」が残されていました』
私は端末のボタンを、一切の躊躇なく押し込んだ。
『では、皆さんにその「死人の声」をお届けしましょう。……とくとお聞きください』
全軍のモニターから、ノイズ混じりの、しかしハッキリと聞き取れる音声が再生された。
それは、数日前に将軍が執務室で交わしていたのと同じ、傲慢で欲深い『あの将軍の声』だった。
《……魔力を持たない鉄屑のデータなど、我が国には無用の長物だ。金貨一千万枚。それに、今後の国境線の不可侵条約を密約として結ぶなら、このブラックボックスの原本を貴国に譲渡しよう。……はっはっは、互いに賢く立ち回ろうではないか》
音声が流れると同時に、画面の横に決定的な『魔力署名の波形』が表示され、軍のデータベースと照合された結果が「100%一致」という赤い文字で全画面にデカデカと表示された。
そして、その魔力署名の持ち主の名前が、全軍に向けて残酷なまでに晒し上げられる。
『中央司令部・特務防衛局長……バルバレス将軍。……貴方のことですよ』
画面の中の私が、真っ直ぐにカメラを見つめ、王都にいるはずの将軍を直接指差した。
「あ……あああ……」
執務室の床にへたり込んだ将軍は、完全に言葉を失い、白目を剥きそうになってガタガタと震えていた。
誤魔化すことなど不可能だ。彼の生声と魔力署名が、何万という兵士たちの前で白日の下に晒されたのだから。
最前線の兵士たちが命を懸けて戦っている裏で、敵に軍事機密を売り渡し、その結果として味方が蹂躙されるのをワインを飲みながら見物していた。その事実が、全軍に知れ渡った。
『自らの利益のために前線の兵士を売り飛ばし、都合が悪くなれば基地ごと証拠隠滅を図る。……軍人の風上にも置けない、三流以下の悪党ですね』
私の冷酷な声が、全軍の怒りを代弁するように響き渡る。
『私を見捨てたこと、そして私の「過去」を勝手に売り払ったこと。……その残業代は、高くつきますよ』
王都の中央司令部。
将軍の執務室の重い扉が、外から蹴破られるように乱暴に開かれた。
「……そこまでだ、バルバレス将軍」
飛び込んできたのは、重武装した『監査部』の実働部隊と、白衣を着たルーク監査官だった。
「国家反逆、および利敵行為、部隊の意図的見殺しの容疑で、貴様を拘束する。……言い逃れは聞かんぞ、全軍がお前の「証言」を聞いていたからな」
「ち、違う! これは罠だ! あの記録係の小娘が捏造したデータだ!!」
将軍が見苦しく叫びながら逃げようとするが、屈強な監査部の兵士たちによって床にねじ伏せられ、魔力封じの枷をはめられた。
圧倒的な物理の暴力で亡霊を粉砕し、完璧なデータと論理で黒幕の息の根を止める。
十三歳の美少女による、完璧なまでの『社会的な抹殺』が完了した瞬間だった。




