第35話:ゼロ距離の徹甲弾
亡霊の胸部、その最も脆弱なAIコアが剥き出しになった装甲の陥没部分。
そこにピタリと押し当てられた、私の乗る漆黒のアナログ機体の右の鉄拳。
逃げ場はない。回避する時間も、魔法で防壁を張るためのコンマ一秒の猶予すら存在しない、完全なるゼロ距離。
「本物の兵士の執念を、その機械の頭脳でとくと味わいなさい」
私は、コンソールパネルの下に隠されていたアナログの緊急射出レバーを、力の限り引き絞った。
ガコンッ!!!
機体の右腕の内部で、分厚い鋼鉄のロックが物理的に外れる、極太の金属音が響いた。
ただの鉄拳ではない。この機体の右腕(前腕部)そのものが、一発限りの『巨大な大砲の砲身』として設計されているのだ。
装填されているのは、分厚い魔導シールドや城塞の城門すらも一撃で粉砕するために作られた、特大口径の『成形炸薬徹甲弾』。
魔法の詠唱などいらない。
火薬の点火から撃発まで、必要な時間はコンマゼロ一秒。
『ピ……ピーー……ガガッ……!』
亡霊のAIが、至近距離で発生した致死的な熱源反応を感知し、無意味なエラー音をまき散らす。
機械の演算が「自機の完全破壊」という結論を弾き出した、まさにその瞬間だった。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!
ゼフィール基地全体を根底から揺るがす、けたたましい大爆発が中庭の中央で弾けた。
右の鉄拳のナックル部分が開かれ、そこから放たれた極太の徹甲弾が、亡霊の胸部装甲を紙屑のように食い破り、機体の中心部(AIコア)へと突き刺さる。
そして、機体の内部で時間差で起爆した二次炸薬が、亡霊の身体を内側から完全に吹き飛ばしたのだ。
ズガァァァァァァァンッ!!
亡霊の背中側の分厚い装甲が、内圧に耐えきれずに火山の噴火のように弾け飛んだ。
炎と黒煙、そして千切れた配線と装甲の破片が、強烈な爆風とともに基地の雪原へと放射状に撒き散らされる。
凄まじい発砲の反動が、撃った私自身の機体をも襲った。
私は歯を食いしばり、フットペダルを限界まで踏み込んで機体の姿勢を維持する。コックピット内の計器類が一時的にブラックアウトし、火薬の強烈な匂いが換気扇を通じて鼻を突いた。
(……呆気ねえもんだ。どれだけ過去の戦闘データを詰め込もうが、物理的に頭を吹き飛ばされりゃあ、ただの鉄クズだ)
(さよならだ、俺の幻影。……お前のデータは、十数年前の俺の『最高の遺作』だったぜ)
心の中の老兵は、自分自身の過去を完全に葬り去ったことに、一抹の寂しさと、それ以上の深い安堵を覚えていた。
爆煙が晴れていく。
私の機体の右拳は、真っ赤に熱を持ち、そこから白煙をシュウシュウと上げている。
そして、その拳の先にあったはずの『亡霊』の姿は、もはや見る影もなかった。
胸部から上が完全に吹き飛び、下半身と千切れた腕だけが、無惨な鉄の塊となって雪原に転がっている。
あれだけ暴走し、圧倒的な恐怖を振りまいていた赤いカメラアイの光は、完全に沈黙し、二度と点灯することはなかった。
静寂。
硝煙の匂いだけが漂う中庭で、味方も敵も、誰一人として声を発することができなかった。
魔法という華やかな力を一切使わず、ただ泥臭い機動と、火薬と金属の暴力だけで、最強の無人機を完全にスクラップにした十三歳の少女。
彼らの目の前で起きた事象は、彼らが今まで信じてきた魔法至上主義の常識を、根底から破壊するには十分すぎる光景だった。
『……か、勝った……のか……?』
静寂を破ったのは、第十三小隊の金髪の青年の、震えるような呟きだった。
『嘘だろ……。あの悪魔を、一撃で、粉々に……』
『やった……やったぞ! レイ管理官が、あの化け物をぶち殺したんだァァァッ!!』
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!
生き残った第十三小隊のパイロットたちと、加勢に駆けつけていた王都のエリート騎士たちから、堰を切ったように爆発的な歓声が上がった。
彼らは半壊した機体の中で涙を流し、互いの通信回線で抱き合うようにして勝利を喜び合っている。
『信じられん……! これが、記録係の少女の戦い方だと言うのか!?』
『素晴らしい! なんという泥臭さ、なんという物理的合理性! レイ管理官、貴女はやはり我々の最高の教官だ!!』
エリート騎士の隊長が、興奮冷めやらぬ声で通信を叫ぶ。
一方、遠巻きにそれを見ていた隣国軍の増援部隊(五十機)は、完全に戦意を喪失していた。
彼らの最大の切り札であり、魔法世界の常識を覆すはずだった『ゴースト機』が、さらに常識外れの旧型機によって子供扱いされたのだ。
これ以上、あの「黒い悪魔」を相手に戦おうなどという狂気を持つ者は、隣国軍にはもう一人も残っていなかった。
『て、撤退だ! 全機、ただちにゼフィール基地から離脱しろ! これ以上あの化け物に関わるなァァッ!』
敵の指揮官が半狂乱になって退却命令を出す。
五十機もの大部隊が、たった一機の(しかも片腕を失い、武器の残弾も尽きた)旧型機に背を向け、蜘蛛の子を散らすように雪原の彼方へと逃げ去っていく。
私はその後ろ姿を追うことはしなかった。
弾薬はもう空っぽだし、機体の駆動系も先ほどの過負荷で完全に限界を迎えている。これ以上動かせば、今度こそ機体が自壊してしまうだろう。
「……やれやれ。これで少しは、この戦場も静かになりますね」
私はコックピットの中で、熱を持った操縦桿からゆっくりと手を離し、深く息を吐いた。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、極度の緊張が解けたことでドッと疲労が押し寄せてくる。
だが、まだ休むわけにはいかない。
この戦場の本当の『敵』は、逃げ去った隣国軍でも、破壊したコピー人形でもないのだ。
(さてと。……俺たちをこの地獄に放り込み、見殺しにしようとした王都のクソ野郎どもに、きっちりと「残業代」を請求してやらなきゃな)
心の中のおっさんは、鋭い眼光をギラリと光らせた。
私は機体の残された油圧を操作し、吹き飛んだ亡霊の残骸へと近づいた。
そして、機体の足先を使って、残骸の中から焼け焦げた黒い箱――『亡霊のAIコアの記録媒体』を器用に蹴り出す。
ガチャッ、とハッチを開け、私は硝煙の匂いが立ち込める外気の中へ、生身の姿で降り立った。
銀色の髪が冷たい風に揺れ、十三歳の華奢な身体が、巨大な鉄の残骸を見下ろす。
私は雪の中に落ちていたそのブラックボックスを拾い上げ、ポンポンと表面の灰を払った。
「レイ管理官! 無事ですか!」
金髪の青年が、足を引きずりながら機体から降りてこちらへ駆け寄ってくる。
他のパイロットたちも、次々と生身の姿で集まってきた。皆、ススと血にまみれ、満身創痍だが、その瞳には本物の兵士としての誇らしい光が宿っている。
「ええ、無傷ですよ。……あなた方も、よく私の『論理』に従い、生き残ってくれました」
私は彼らを労うように、可憐な少女の顔に僅かな微笑みを浮かべた。
「第十三小隊は、もはやポンコツではありません。……胸を張りなさい、あなた方は一騎当千の精鋭部隊です」
その言葉に、金髪の青年も、気弱な青年も、ポロポロと涙を流してその場に泣き崩れた。
ゴミとして捨てられた彼らが、自らの手で生と誇りを勝ち取った瞬間だった。
「さて……感動のフィナーレには少し早いですよ」
私は彼らの背中をポンと叩き、手の中のブラックボックスを掲げて見せた。
「この亡霊は、隣国が軍の極秘回線を使って運用していた無人機です。つまり、この記録媒体の中には、隣国軍の通信ログ……そして、隣国と裏で取引を行っていた『我が国の上層部の黒幕』の生データが、丸ごと保存されているはずです」
その言葉に、パイロットたちと、駆けつけていたエリート騎士たちの顔色が変わった。
「レイ管理官、それは……!」
「ええ。私を最前線に送り込み、あなた方ごと証拠隠滅を図ろうとした連中の『首』です」
私は制服のポケットから、ルーク監査官と繋がっているアナログ式無線機を取り出した。
「ルーク監査官。聞こえていますか」
『ああ、全部聞いていた。……見事な手並みだ、レイ。監査部も、君のその泥臭い勝利に最大の賛辞を贈らせてもらうよ』
ノイズの向こうから、ルークの興奮と安堵の混じった声が返ってくる。
「おしゃべりは後です。……今からそちらの監査部の端末へ、このブラックボックスのデータを直接送信します」
私は手元の小型端末とブラックボックスをケーブルで繋ぎ、冷酷な光を瞳に宿した。
「王都の中央司令部は今頃、私たちが全滅したと思い込み、祝杯でもあげている頃でしょう」
『だろうね。……それで、このデータをどうする気だ? 監査部の権限で軍事裁判にかけるか?』
「そんな悠長な手続きは踏みません。私に手を出したことを、徹底的に後悔させてやります」
私は通信のスイッチを切り替え、可憐な少女の声を、悪魔のような冷たさで響かせた。
「監査官殿。軍の全回線を『強制』してください。……前線からの、地獄の生放送の始まりです」
物理による蹂躙は終わった。
これより、安全な王都でふんぞり返る黒幕たちを社会的に完全に抹殺する、最悪で最高の『論破』のカタルシスが幕を開ける。




