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第34話:亡霊との一騎打ち

 


 ゼフィール基地の中庭。

 味方の混成部隊と敵の増援五十機が激突し、爆発と閃光が吹き荒れる外周の乱戦から隔離されたように、その空間だけが異様な静寂に包まれていた。


 私の乗る漆黒の旧型アナログ機体と、暴走状態オーバーロードに突入した『亡霊ゴースト』。

 互いに片腕を失い、装甲はひしゃげ、機械油オイルを血のように滴らせている満身創痍の二機。


 ピィィィィン……ッ!

 亡霊の胸部の奥で、リミッターを解除されたジェネレーターが限界点の悲鳴を上げた。

 破壊されたメインカメラの代わりに、機体の隙間から漏れ出す赤い光が、私を完全に『排除すべきエラー』としてロックオンした。


 ズガァァァァァァァァンッ!!!


 雪原が爆発し、亡霊が私に向かって砲弾のような速度で突進してきた。

 左腕のパイルバンカーを前に突き出し、一切の防御を捨てた完全な特攻機動。だが、ただ真っ直ぐに突っ込んでくるわけではない。

 そのステップは、前進しながら微かに左右へ揺さぶりをかけ、こちらの迎撃のタイミングをずらす『幻惑の歩法』だった。


(……見事なステップだ。相手の視線を散らしながら、反撃の選択肢を少しずつ削っていく)

(前世の俺が、装甲の薄い機体を駆って敵の懐に潜り込む時に使っていた、必殺のインファイト機動そのもの)


 私は防弾ガラスの向こうに迫る亡霊の動きを見つめながら、コックピットの中で小さく息を吐いた。

 コピー人形のAIは、自身の機体が半壊しているという事実すらも『変数』として計算に組み込み、現在出力できる最適解の暴力としてそのステップを完璧に再現しているのだ。


 普通の魔導機であれば、この気配だけで圧倒され、無駄な魔法を撃って自ら隙を晒すだろう。

 だが、私はフットペダルを踏み込み、機体の姿勢を低く落として真っ向から迎え撃つ構えをとった。


「過去の私の動きなら、目を瞑っていても読めますよ」


 ガガァァァァァンッ!!

 両者が激突し、私の機体の右腕(素手)と、亡霊の左腕パイルバンカーの側面が激しく交差した。

 金属の摩擦による火花が、コックピットの視界をオレンジ色に染め上げる。


 亡霊は激突の反動を利用し、機体を鋭く回転させながらパイルバンカーの射出体勢に入った。

 その動きは、先ほど金髪の青年の高機動機を屠った時と同じ、『左肩を落とすフェイント』からの死角への回り込み。


(来る。俺のデータなら、ここは『相手の右の死角』に潜り込んで、関節を狙う)

 私は操縦桿を左に倒し、機体の重心を強引に移動させて、亡霊が回り込んでくるであろう空間へ先回りして右の鉄拳を振り下ろした。


 ドガァァンッ!!

 私の読み通り、そこに亡霊の機体があった。だが、私の拳は亡霊の分厚い肩の装甲に阻まれ、致命傷にはならない。

 亡霊のAIは、私が「自分のフェイントを読んで先回りしてくる」ことすらも予測し、あえて硬い装甲部分を盾にして私の攻撃を受け止めたのだ。


『ピッ……ピピピッ……!』

 亡霊の機体から、演算処理の不気味な電子音が響く。


 機械の頭脳は、恐ろしいほどの速度で思考を回転させていた。

『敵の思考パターンは、オリジナル(過去のデータ)と完全に一致』

『ならば、オリジナルの戦術のさらに先を行けば、必ず撃破できる』


 亡霊は私の拳を受け止めた状態から、残されたスラスターの全推力を『真上』へと向けた。

 重力に逆らうような不自然な跳躍。

 私の機体の上空を取り、そこから機体の全重量とパイルバンカーの威力を乗せて、私のコックピットを頭上から完全に叩き潰す『処刑の機動』。


(……なるほど。俺の思考を先読みした上で、機体の安全限界リミッターを無視したAIにしかできない、狂った三次元機動か)

(前世の俺なら、機体が空中分解するのを恐れて絶対に選ばない『捨て身の一手』。……機械の分際で、なかなかやるじゃねえか)


 心の中のおっさんは、自分自身の思考の殻を破ってきたコピー人形の進化に、一瞬だけ感心のようなものを覚えた。


 だが。

 それはあくまで、「過去の俺(大人の男)」の肉体と機体を基準にした論理に過ぎない。


 頭上から、亡霊のパイルバンカーが死神の鎌のように振り下ろされる。

 絶対的な死角。回避不能のタイミング。

 亡霊のAIは、この瞬間、私の撃破を完全に確信し、勝利の演算を完了させていたはずだ。


「……計算が甘いですよ、おもちゃ」


 私はコックピットの中で、十三歳の少女の可憐な唇に、獰猛で、狂気に満ちた傭兵の笑みを浮かべた。


「今の私は、過去の私ではありません」


 私は操縦桿を、前世の私なら絶対に倒さないであろう『限界突破の角度』まで力任せに引き絞り、同時にフットペダルを左右非対称に極限まで蹴り込んだ。


 ギャァァァァァァァァンッ!!!!


 私の機体の油圧シリンダーが、悲鳴を通り越して断末魔のような金属音を上げた。

 機体は回避行動をとるのではなく、信じられないほどの速度で『姿勢を極端に沈み込ませた』のだ。

 まるで、巨人が一瞬にして地面に溶け込むかのような、重力を完全に無視した変態的な超低空ドロップ。


 ドズゥゥゥゥンッ!!!

 亡霊の放った必殺のパイルバンカーは、私の機体の頭頂部から数センチの空間を虚しく空振りし、そのまま地面のコンクリートを深く穿った。


『ピ……? エラー……予測不能……』

 亡霊のAIが、あり得ない現象に完全にフリーズする。

 過去のデータ(私)では、今のタイミングで機体をここまで極端に沈み込ませることは絶対に不可能だったからだ。


(……大人の男の重い体重と、分厚い筋肉。それが前世の俺の誇りだった。だが、その肉体があるがゆえに、機体の重心移動には必ずコンマ数秒のラグが生じていたし、急激なGに内臓が耐えられなかった)


 私はコックピットの中で、全身の骨が軋み、眼球が飛び出そうになるほどの殺人的なG(重力加速度)に耐えていた。

 十三歳の華奢で小柄な少女の身体。

 筋肉はない。体重は軽い。

 だが、その『軽さ』と『小ささ』こそが、ピーキーに設定した機体の重心移動をコンマゼロ一秒で完了させ、この致死的なGをギリギリで受け流すことを可能にしたのだ。


(前世の俺のデータしか持たないお前には、絶対に弾き出せないイレギュラー。……それが、この『美少女の身体ハードウェア』だ!)


 亡霊のパイルバンカーが空振りし、機体のバランスが完全に崩れた、そのコンマ一秒の隙。

 私の機体は、地面すれすれに沈み込んだ姿勢から、まるで圧縮されたバネが弾けるように、亡霊の『完全な懐(ゼロ距離)』へと潜り込んでいた。


 目前にあるのは、陥没してひしゃげ、内部のAIコア(コックピットブロック)が剥き出しになった亡霊の胸部。

 一切の防御手段を持たない、機械の心臓部だ。


『エラー……回避不能……迎撃不能……』

 亡霊のサブセンサーが狂ったように明滅し、私の機体の動きに演算処理が追いつかず、完全に論理崩壊を起こしている。

 過去のデータをどれだけ継ぎ接ぎしても、決して辿り着けない『現在オリジナルの進化』。


「あなたのデータは、十数年前で止まっている」

 私は操縦桿から片手を離し、機体のコンソールパネルの下に隠されていた、小さな『アナログの緊急射出レバー』を力強く握りしめた。


「ですが、私は今日も生きている。息をして、泥水をすすり、常に進化を続けているんです」


 亡霊の無防備な胸部に、私の機体の右の鉄拳が、ゼロ距離からピタリと押し当てられた。

 打撃ではない。逃げ場のない、完全な密着。


「本物の兵士の執念アップデートを、その機械の頭脳でとくと味わいなさい」


 私は、その緊急射出レバーを限界まで引き絞った。

 それは、右腕の装甲内部に隠されていた、対大型装甲用の最後の切り札を作動させるための、処刑のトリガー。

 過去の幻影を完全に消し去るための、物理のカタルシスが、今、圧倒的な熱量とともに解放されようとしていた。


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