第32話:魔法の無駄遣と、実弾の美学
ゼフィール基地の上空が、極彩色の光で埋め尽くされた。
亡霊という絶対的な切り札を破壊され、パニックに陥った隣国軍の量産型魔導機部隊。
彼らはもはや陣形も戦術もかなぐり捨て、ただ眼の前にいる『物理の悪魔』を消し去ることだけを目的に、全魔力を注ぎ込んだ特大の魔法陣を一斉に展開した。
『撃てェェェッ! あんな鉄屑、跡形もなく溶かしてしまえ!!』
敵指揮官の半狂乱の絶叫を合図に、数十もの魔法陣から炎の槍、氷の散弾、そして落雷が、私の乗る漆黒の旧型アナログ機体へと向かって一斉に解き放たれる。
それは空を覆い尽くすほどの、圧倒的なエネルギーの奔流だった。
通常の魔導機であれば、最高出力の絶対防壁を張ったとしても、数秒で結界ごと蒸発させられてしまうほどの熱量と破壊力だ。
『れ、レイ管理官! 逃げろぉぉッ!』
基地の片隅で身を潜めていた第十三小隊のパイロットたちが、絶望の悲鳴を上げる。
左腕を破損し、機体のバランスを崩している今、その魔法の豪雨をすべて回避することなど不可能に見えた。
だが。
「……やれやれ。これだから、温室育ちの魔法使いは困るのです」
私はコックピットの中で、迫り来る極彩色の死の雨を前にしても、瞬き一つせずに冷たく言い放った。
私の機体は回避行動をとるどころか、その場から一歩も動こうとはしない。
ただ、生きている右腕――多銃身機関砲の銃口を、敵の魔法ではなく、私自身の『足元の地面』へと真っ直ぐに向けたのだ。
(いくら火力がデカかろうが、所詮はただのエネルギー波だ)
(当たらなければどうということはない。そして『当たらない状況』ってのは、自分の手で作り出すもんだぜ)
私はフットペダルを踏み込み、ガトリングのトリガーを容赦なく引き絞った。
ズロロロロロロロロロォォォォォォォォォッ!!!
秒間百発を超える極太の徹甲弾が、雪原と分厚いコンクリートの瓦礫が混在する地面に向かって、ゼロ距離で撃ち込まれる。
凄まじい物理的破壊力が大地を粉砕し、行き場を失った衝撃波が、数千トンもの土砂と雪、そしてコンクリートの粉塵を『巨大な壁』のように上空へと巻き上げた。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!
次の瞬間、敵の放った極彩色の魔法の豪雨が、私が作り出したその巨大な『物理的な土煙の壁』に着弾した。
炎の魔法は土砂を焼き焦がして行き場を失い、氷の魔法は巻き上げられた雪と混ざり合ってただの冷気と化す。雷の魔法は、空中に散らばったコンクリートの鉄筋の破片に誘導され、無害な火花を散らして霧散した。
『なっ……!? 魔法が、届かない!?』
『馬鹿な! 地面を撃ち砕いて、あんな巨大な防壁を作り出したというのか!?』
敵のパイロットたちが信じられないものを見たように絶叫する。
圧倒的な物量で放たれた魔法の豪雨は、私の機体に傷一つ(かすり傷すら)つけることなく、すべて手前の土煙によって物理的に相殺されてしまったのだ。
「自分の火力を過信して、無計画に魔力を垂れ流す。……それを、戦場では『無駄遣い』と呼ぶんですよ」
私は可憐な少女の声を、通信のオープン回線に冷ややかに響かせた。
魔法と物理の激突によって発生した、大量の水蒸気と粉塵。
それはゼフィール基地の中庭一帯を、視界ゼロの分厚い『煙幕』として完全に覆い尽くしていた。
『くそッ! 煙で何も見えん!』
『魔力センサーを最大にしろ! 煙の中に隠れているはずだ!』
敵の指揮官が慌てて指示を飛ばす。
魔法使いにとって、視界を奪われた時の頼みの綱は「魔力センサー」だ。相手が発するマナの波長を捉えれば、煙幕など関係なく位置を特定できる。
だが、彼らは根本的な事実を忘れている。
『だ、駄目です! 魔力反応、ゼロ! あの機体からは一切のマナが感知できません!』
『なんだと!? じゃあどうやってあの鉄屑を見つけろっていうんだ!』
そう。私の乗る旧型アナログ機体には、魔力回路が一切搭載されていない。
光学的な視界を粉塵で塞がれ、魔力センサーにも映らない。
魔法至上主義の彼らにとって、それは『敵が完全にこの世から消失した』のと同じことを意味していた。
見えない敵への恐怖が、敵部隊の連携を急速に崩壊させていく。
(……さてと。魔法使いの『目』を潰したところで、狩りの時間といくか)
心の中の老兵は、暗闇のコックピットの中で獰猛に舌なめずりをした。
私は計器板の隅にある、古びたトグルスイッチをパチンと弾き上げた。
メインモニターの映像が、カラーから緑色がかったモノクロの荒い映像へと切り替わる。
魔法世界の誰もが知らない、旧世代の遺物――『熱源探知(赤外線サーモグラフィ)』と『音響ソナー』の起動だ。
「……見えますよ。あなた方のその、無駄に大きく燃え盛る魔導ジェネレーターの熱が」
私のモノクロのモニターには、煙幕の向こう側でパニックに陥り、無駄にスラスターを吹かして飛び回っている敵機が、真っ白な『熱源』としてくっきりと浮かび上がっていた。
魔法陣を展開しようとすればするほど、彼らの機体は熱を持ち、私の目に「ここを撃て」とアピールしているようなものだ。
私は操縦桿を静かに動かし、一番近くの熱源にガトリングの照準を合わせた。
「一機目」
ズロロロロロッ!!
短いバースト射撃。一秒にも満たない射撃だが、放たれた数十発の徹甲弾は、寸分の狂いもなく煙幕の向こうの熱源を正確に貫いた。
『ぎゃあっ!?』
短い悲鳴とともに、一機の魔導機が煙幕の中から火を噴いて墜落する。
『ひぃッ!? ど、どこから撃ってきた!』
『右だ! いや、下からか!?』
見えない位置からの正確無比な射撃に、敵部隊は完全に恐慌状態に陥った。
彼らは恐怖のあまり、煙幕の中へ向かって手当たり次第に魔法を乱れ撃ち始める。
「……素人が。暗闇の中で無闇に撃ちまくれば、自分の位置を音と光で教えるだけでしょうに」
私は機体の左腕がないことによる重量バランスの崩れを、フットペダルの絶妙な踏み加減(スラスターの微調整)だけで完璧に制御し、煙幕の中を亡霊のように音もなく滑走する。
モニターには、恐怖で魔法を乱れ撃つ敵機が、まるで真夜中の花火のように鮮明に映し出されていた。
「二機目。……三機目。四機目」
ズロロッ! ズロロッ!
私は可憐な声でカウントを刻みながら、熱源のど真ん中へ向けて、無慈悲にトリガーを引き絞っていく。
『うわああぁぁッ!!』
『助けてくれ! 見えない、何も見えないのに撃たれ――』
ドガァァン! ドガァァァァン!!
煙幕の中で、次々と爆発の閃光が瞬く。
魔法陣を展開する暇など与えない。相手が魔力を収束させ、熱源が最大になった瞬間を狙って、装甲の薄いジェネレーター部分に徹甲弾をピンポイントで叩き込む。
(魔力の大きさを競い合うだけの、大味な魔法の撃ち合い。……そんなものは戦争じゃねえ、ただのお遊戯だ)
(弾薬の残量を計算し、敵の急所を的確に抜き、必要最小限の鉛玉で命を刈り取る。……これこそが、研ぎ澄まされた『実弾の美学』ってもんだ)
心の中のおっさんは、長年のブランクを全く感じさせない完璧な射撃精度に、深い陶酔を覚えていた。
ただ闇雲に弾をバラ撒くのではない。一発一発の徹甲弾に、確実な殺意と物理演算を乗せる。
魔法という華やかな虚飾を剥ぎ取った後に残る、冷たく、泥臭く、そしてどこまでも合理的な殺戮の芸術。
『ば、馬鹿な……。たった一機の、魔力も持たない旧型機に……我が軍の精鋭部隊が、一方的に狩られているだと……!?』
敵の指揮官が、絶望に満ちた声でうわ言のように呟く。
彼らは手も足も出なかった。
魔法の射程外から、あるいは視界の外から、コンマ数秒の射撃だけで味方が次々とスクラップに変えられていく。
防壁を張ろうにも、ガトリングの重徹甲弾は魔導シールドを物理的な質量で容易く粉砕してくる。
圧倒的な火力の差。いや、それ以上に『戦術の次元』が違いすぎた。
「さて。弾薬の無駄遣い(オーバーキル)はプロの恥ですからね。そろそろ仕上げと行きましょうか」
私は残弾計の針を確認し、残された最大の熱源――敵の指揮官機へと照準を定めた。
指揮官機はパニックになりながらも、全魔力を振り絞って極大の氷魔法を展開しようとしていた。その熱源反応は、モニターの中で一際大きく、不格好に膨れ上がっている。
「あなたのその巨大な魔力、見掛け倒しの的でしかありませんよ」
私はフットペダルを深く踏み込み、機体を一気に上空へと跳ね上げさせた。
分厚い粉塵の煙幕を突き抜け、私の漆黒の機体が、雲の隙間から差し込む月光を浴びて空中にその姿を現す。
『い、いたぞ! 上だ! 殺せェェェッ!!』
敵指揮官が血走った目で私を睨みつけ、完成しかけた氷の魔法陣を私へと向けた。
だが、その魔法が放たれるよりも早く。
私は空中で機体を反転させ、ガトリングの銃口を指揮官機の真上からピタリと押し付けるような軌道を取った。
「授業終了です。……落第点ですね」
ズロロロロロロロロロォォォォォォォォォッ!!!
残された徹甲弾のすべてが、指揮官機の頭上から降り注いだ。
魔法陣ごと機体を縦に真っ二つに引き裂く、圧倒的な物理の暴力。
指揮官機は悲鳴を上げる間もなく、空中で大爆発を起こし、無数の火の粉となってゼフィール基地の雪原へと散華した。
……数分後。
巻き上がっていた土煙が冷たい夜風に吹かれて晴れていくと、そこには地獄のような光景が広がっていた。
基地を包囲していた数十機の隣国軍部隊は、ただの一機も逃げることなく、すべて地面に叩き落とされ、黒煙を上げる鉄屑の山と化していた。
その鉄屑の山の頂点に、私の乗る漆黒の旧型機が、左腕からオイルを滴らせながら静かに降り立つ。
赤熱したガトリングの銃身から立ち昇る白い煙が、冷たい空気に溶けていく。
『……あ、あぁ……』
基地の中庭で身を寄せ合っていた第十三小隊の生き残りたちは、そのあまりにも一方的で、恐ろしいほどに美しい殺戮劇の顛末に、完全に言葉を失っていた。
これが、魔法の常識を否定した、純粋な物理と実弾の頂点。
彼らは今、本物の『戦争』というものを、骨の髄まで理解させられたのだ。
「……通信施設は生きていますか、第十三小隊」
私はコックピットの中で、熱を持った操縦桿からそっと手を離し、オープン回線に可憐な声を響かせた。
「敵のお掃除は終わりました。……ここからは、私たちを見捨てた王都の『ゴミ掃除』の時間ですよ」




