第31話:思考を凌駕する手動操作(マニュアル)
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何回確認しても減らない……( ;∀;)
ズズザザザザァァァッ……!
私の右ストレートを食らい、雪原を派手に転がり飛んだ漆黒の『亡霊』。
胸部の分厚い複合装甲が大きく陥没し、ひしゃげた隙間から黒煙と火花が散っている。
だが、相手は痛覚も恐怖も持たない機械の人形だ。
ガション、という無機質な駆動音とともに、亡霊は何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がった。
折れた右腕をだらりと下げ、残された左腕のパイルバンカーを構え直す。その頭部にあるカメラアイが、赤黒い光を不気味に明滅させていた。
(……チッ。あのタイミングで、衝撃を逃がすために自分から後方へスラスターを吹かしやがったか)
(俺の直撃を食らえばジェネレーターがイカれると瞬時に計算して、被害を最小限に抑える行動を選択した。……本当に、可愛げのないポンコツだぜ)
心の中の老兵は、自分自身の思考をトレースしたAIの優秀さに、忌々しそうに舌打ちを漏らす。
亡霊のカメラアイの明滅は、先ほどの私の「規格外の動き」を新たなデータとしてインプットし、戦闘アルゴリズムを高速で書き換えている証拠だ。
次に同じようなフェイントや潜り込みを見せても、今度は完璧に対処してくるだろう。機械の学習速度は、人間の比ではない。
『れ、レイ管理官! 奴が立ち上がりました! まだやる気です!』
通信回線から、金髪の青年が焦ったような声を上げてくる。
『気をつけてください! アイツ、俺たちの動きを一度見たら、次は絶対に同じ手は食わないんです!』
「心配無用です。……機械の学習能力など、所詮は『過去のデータの継ぎ接ぎ』に過ぎませんから」
私は操縦桿を握り直し、フットペダルに足を乗せた。
「どんなに計算を重ねようと、彼らには絶対に理解できない『人間の論理』というものがあるんですよ」
私が言い終わるか終わらないかのうちに、亡霊が動いた。
ズガァァァンッ!!
足元の雪を爆発させ、先ほどよりもさらに低い、地面を這うような軌道で私に迫ってくる。
同時に、胸部のハッチが開き、内蔵されていた小型のミサイルポッドから無数の実弾が放射状にバラ撒かれた。
広範囲を制圧する弾幕。私のガトリングによる迎撃を予測し、それを相殺しきれないほどの物量で押し潰す算段だ。
「……学習したのは結構ですが、少しばかり教科書通りすぎますね」
私はガトリングのトリガーを引かず、代わりに機体の左側に装備された分厚いシールドを正面に構え、スラスターを全開にして『前進』した。
ガガガガガガガッ!!
小型ミサイルと徹甲弾の雨が、シールドと機体の正面装甲に容赦なく降り注ぐ。
火花が散り、装甲の表面が削り取られていくが、致命傷には至らない。
『なっ!? ガトリングで迎撃しないのか!?』
遠巻きに見ていた隣国軍のパイロットが、理解不能な声で叫んだ。
だが、亡霊のAIは私のその「被弾覚悟の突撃」すらも計算に入れていた。
弾幕の煙を突き抜けて私が姿を現した瞬間、亡霊はすでに私の真正面、完全なゼロ距離にまで到達していたのだ。
亡霊の左腕が、私のコックピットを正確に狙って引き絞られる。
必殺の物理兵器、パイルバンカー。
気弱な青年の重装甲すらも紙屑のように貫いたその鉄杭が、致死的な油圧の唸りとともに放たれようとしていた。
『しまっ……! レイ管理官、避け――』
味方の悲鳴が通信回線に響く。
亡霊のAIは確信していただろう。この距離、このタイミングでパイルバンカーを放てば、いかなる回避機動をとっても装甲を貫通できる、と。
機械にとって、被弾は「エラー」であり、回避は「絶対の合理性」だ。だからこそ、相手も必ず避ける行動をとると計算する。
だが。
「だから、機械だと言っているんです」
私は可憐な唇に、獰猛で残虐な笑みを浮かべた。
私は操縦桿を避ける方向に倒すのではなく、逆に、機体の左腕をパイルバンカーの射線へと『自ら差し出した』のだ。
ドガァァァァァァァァァァンッ!!!
凄まじい衝撃音が中庭に轟き、私の機体が大きく後方へ仰け反った。
亡霊のパイルバンカーが、私の機体の左腕の分厚いシールドを貫通し、さらにその奥にある腕の駆動フレームにまで深く突き刺さったのだ。
火花が飛び散り、私の機体の左腕から黒いオイルが血のように噴き出す。
『ああっ!? 装甲が貫かれた!』
『嘘だろ、自ら当たりにいったぞ!? 回避に失敗したのか!?』
敵も味方も、私が致命的なミスを犯したと思い込み、絶望と歓喜の入り混じった声を上げた。
だが、違う。
私は防弾ガラスの向こうで、赤く明滅する亡霊のカメラアイを氷のように冷たい視線で見据えていた。
「……捕まえましたよ、ポンコツ」
ギャギィィィィィンッ!!
亡霊がパイルバンカーの鉄杭を引き抜こうとした瞬間、不快な金属の摩擦音が響き渡り、亡霊の動きがピタリと停止した。
抜けない。
亡霊のAIが何度油圧をかけても、私の左腕に突き刺さった鉄杭は、まるで万力で締め付けられたようにビクともしなかった。
『な……なにが起きている!? なぜアイツの武器が抜けないんだ!』
隣国軍の指揮官がパニックに陥って叫ぶ。
(当たり前だ。シールドの装甲を貫通する瞬間に、あえて関節の駆動系を噛み合わせて、機体の『フレームの骨格』で鉄杭をガッチリと挟み込んだんだからな)
(肉を切らせて骨を断つ。……被弾を絶対に避けるようにプログラミングされた機械(AI)には、絶対に理解できない『狂気の合理性』だ)
心の中のおっさんは、してやったりの爆笑をこらえながら、獰猛に舌なめずりをした。
計算通りの戦闘など、ただのお遊戯会だ。
本物の血の通った殺し合いというのは、もっと痛くて、泥臭くて、そして狂っている。
自分の左腕の機能を完全に犠牲にして、相手の最強の武器(左腕)を完全にロックする。
この瞬間、亡霊は私とゼロ距離で繋がれたまま、身動きが取れない『ただの的』と化した。
亡霊のAIが激しいエラーを起こしているのが分かった。
「回避」ではなく「あえて被弾して拘束する」という人間の狂った判断。
それは、過去の戦闘データから導き出される最適解の中には絶対に存在しない『バグ』だ。
カメラアイが狂ったように点滅し、機械の頭脳が解決策を求めてフリーズする。
「エラーを吐いている暇はありませんよ。……授業はまだ終わっていません」
私は操縦桿を握りしめ、私の機体の『自由な右腕』を高く振り上げた。
そして、亡霊の機体の最も装甲が薄い部分――首の関節部(メインカメラの基部)に向けて、鉄の拳を容赦なく振り下ろした。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
強烈な右フックが亡霊の頭部を捉え、装甲がひしゃげる凄まじい音が響く。
だが、左腕で拘束されているため、亡霊は後ろに吹き飛ぶことすらできない。衝撃のすべてが機体内部のフレームに蓄積されていく。
「どうしました! 私の動きを学習したのではないのですか!」
ドガァァン! ドガァァン!
私は可憐な少女の声を戦場に響かせながら、亡霊の顔面と胸部を、右の鉄拳で何度も、何度も殴りつけた。
「魔法使いの真似事をして遠くから撃ち合うのが戦争だとでも思っていたのですか!」
バキィィッ!
「泥水すすって、機体のオイルにまみれて、自分の手足を犠牲にしてでも相手の息の根を止める! それが、本物の『傭兵』の戦い方だ!!」
ガガァァァァァァァァァァンッ!!!!
最後の一撃。
私は機体の全重量とスラスターの推進力を右拳に乗せ、亡霊の頭部を完全に叩き潰した。
カメラアイが粉々に砕け散り、首の駆動系が完全に断線する。
プシュゥゥゥ……。
亡霊の機体から、断末魔のような蒸気が噴き出した。
AIの論理が完全に崩壊し、機能停止のシャットダウンが始まったのだ。
私はゆっくりと左腕の拘束を解き、亡霊のパイルバンカーから機体を離した。
支えを失った亡霊は、まるで糸の切れた操り人形のように、ズシンと重い音を立てて雪原に崩れ落ちた。
静寂。
圧倒的な、そして完全なる沈黙が、ゼフィール基地を支配した。
魔法の通じない恐怖の象徴であった亡霊が、ただの泥臭い殴り合い……いや、人間特有の『狂気の手動操作』の前に、完全に手も足も出ずにスクラップにされたのだ。
『……か、勝った……。あの悪魔に、完全に打ち勝った……!』
『すげえ……。自ら腕を差し出して動きを封じるなんて……あんなの、教範のどこにも載ってねえぞ……!』
第十三小隊の生き残りたちが、信じられないものを見たように震える声で呟く。
彼らは理解したのだ。
レイ管理官が彼らに教えていたのは、ただの物理のセオリーではない。
生き残るためには常識も機体もすべて利用し尽くす、本物の戦場の『執念』なのだと。
私はコックピットの中で小さく息を吐き、赤熱した右腕の装甲を冷却した。
だが、まだ終わってはいない。
私の視線の先には、基地を遠巻きに包囲していた、隣国軍の量産型魔導機部隊の生き残りがいる。
『ば、馬鹿な……。我が軍の最高機密であるゴースト機が、あんな旧型の鉄屑に……!』
隣国軍の指揮官が、恐怖と混乱で通信回線に金切り声を上げた。
『ええい、怯むな! 相手はたった一機、しかも左腕を破損している! 今ならやれるはずだ! 全機、一斉に魔法攻撃を仕掛けろォォォッ!!』
指揮官の絶叫に急き立てられるように、残存する数十機の魔導機が、パニックに陥りながらも一斉に魔法陣を展開し始めた。
空を覆い尽くすほどの、極彩色の炎と雷の陣形。
彼らはもはや、魔法の誇りも陣形も忘れ、ただ目の前の恐ろしい『物理の悪魔』を排除することだけに全魔力を注ぎ込もうとしていた。
「……やれやれ。頭がやられたからといって、無秩序に魔法を乱れ撃てば勝てるとでも思っているのでしょうか」
私はコックピットの中で、忌々しそうにため息をついた。
(魔法の無駄遣いってやつを、とことん教えてやる必要がありそうだな)
(俺の機体の左腕はイカれちまったが、このガトリングの弾薬はまだまだたっぷり残っているんだぜ)
私は右手のアナログスイッチを弾き、多銃身機関砲の銃身を再びゆっくりと回転させ始めた。
十三歳の少女が操る、完全無欠の『論破』の時間。
亡霊を葬った本物の物理の暴力は、そのまま魔法至上主義の群れへとその牙を剥き出しにした。
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次回お楽しみに。




