第30話:エピローグ:本物の咆哮
燃え盛るゼフィール基地の中庭。
魔法による極彩色の閃光が完全に消え去ったその場所で、二つの漆黒の鉄塊だけが、重く、腹の底を揺らすようなエンジンの鼓動を響かせていた。
一つは、軍の上層部が隣国へ売り渡した私の過去のデータを積み、最適解の殺戮を繰り返す機械の『亡霊』。
もう一つは、そのデータの「オリジナル」である私の魂を乗せ、十数年ぶりに封印を解かれた『旧型アナログ機体』。
遠巻きに包囲している隣国軍のパイロットたちも、半壊した機体の中で息を潜める第十三小隊の生き残りたちも、誰一人として動くことができなかった。
魔法至上主義の彼らにとって、魔力を持たないただの機械同士が対峙する光景は、あまりにも異質で、それでいて目を逸らすことができないほどの『濃密な死の気配』を放っていたからだ。
ジリ……ッ。
亡霊のAIが、私の機体のスペックを完全に解析し終えたのか、カメラアイを赤く明滅させた。
次の瞬間。
ズガァァァァンッ!!
亡霊の足元の雪原が爆発した。
先ほど、気弱な青年の重装甲機を粉砕した時と同じ、初速にすべてを懸けたコンマ一秒の爆発的なスラスター機動。
亡霊は地を這うような低い姿勢で一気に距離を詰めながら、両腕のアサルトライフルから秒間数十発の徹甲弾を掃射してきた。
『っ……! レイ管理官、避けろぉッ!』
金髪の青年が、通信回線越しに悲鳴のような警告を上げる。
魔法のシールドを持たない機体にとって、その実弾の雨はかすっただけでも致命傷になる。誰もが、私がスラスターを吹かして後退するか、遮蔽物に隠れると予想した。
だが。
「避ける? ……なぜですか」
私は分厚い防弾ガラスの向こうから迫り来る実弾の雨を、まばたき一つせずに見据えた。
(弾幕を盾にして距離を詰め、相手が回避行動を取って体勢を崩した瞬間に、死角からパイルバンカーを打ち込む)
(……九五年の市街戦で、俺が編み出した『制圧突撃』のセオリーだ。俺が作った教科書通りの動きで、俺を殺せるわけがねえだろうが!)
私は操縦桿を「手前」ではなく、「奥」へと力強く押し込んだ。
後退ではない。前進。
それも、相手の弾幕の真正面へと自ら突っ込んでいく、完全な自殺行為だ。
「相手が実弾の雨を降らせてくるなら……こちらは、さらに重い『物理の質量』でそれを上書きするだけです!」
私はフットペダルを限界まで踏み込みながら、右手の多銃身機関砲のトリガーを引き絞った。
機体のメインジェネレーターが悲鳴を上げ、ガトリングの六本の銃身が狂ったような速度で回転を始める。
ズロロロロロロロロロォォォォォォォォォッ!!!
亡霊のアサルトライフルとは比較にならない、鼓膜を物理的に破るほどの圧倒的な咆哮。
吐き出されるのは、装甲車すらミンチにする極太の重徹甲弾のスコールだ。
ガガガガガガガッ!!
空中で、信じられない現象が起きた。
亡霊の放った徹甲弾の雨と、私の放った重徹甲弾の嵐が、互いの軌道上で『正面衝突』したのだ。
音速で飛来する鉛の塊同士が空中でぶつかり合い、オレンジ色の火花と金属片を撒き散らして次々と相殺されていく。
『なっ……!? 弾丸を、弾丸で撃ち落としているだと!?』
『ば、馬鹿な! 魔法の自動追尾もなしに、人間の動体視力だけで、どうやってあんな芸当を……!』
周囲で見ていた両軍の兵士たちが、理解不能な光景に絶叫する。
だが、これは魔法でも奇跡でもない。純粋な『演算と物理』の極致だ。
(相手の射線とタイミングは、完全に俺の頭の中に入っている。なら、その射線のど真ん中に、口径がデカくて質量の重い弾幕を置いてやればいいだけのことだ)
私のガトリングから放たれる重弾幕は、亡霊の弾幕を空中で完全にすり潰し、そのまま亡霊の機体へと押し寄せていく。
無敵のAIを誇る亡霊が、ここで初めて「予測不能な事態」に直面した。
インプットされた過去のデータでは、『ここで敵は後退する』はずだったのだ。正面から弾幕を相殺され、逆に押し込まれるというパターンは、AIの辞書には存在しない。
亡霊は突撃の勢いを殺し、慌てて機体を右にスライドさせて回避行動を取ろうとした。
「……遅いですよ、偽物」
私は可憐な唇に、残忍なまでの笑みを浮かべた。
ガトリングの反動で機体の姿勢がブレるのを、私は華奢な腕の力ではなく、機体の『極端にピーキーな油圧アシスト』を使って強引にねじ伏せる。
十三歳の小柄な体格だからこそ耐えられる、殺人的な横G。
私はガトリングを撃ち続けながら、亡霊が回避した「右」の空間へと、機体ごと凄まじいタックルを見舞ったのだ。
ドガァァァァァァァァァァンッ!!!
十五トンを超える鋼鉄の塊同士が、最高速度で真正面から激突する、凄絶な破壊音。
火花が舞い散り、ひしゃげた装甲の破片が雪原に突き刺さる。
魔法使い達が遠くから魔法を撃ち合うだけの戦場では絶対にあり得ない、泥と油にまみれた『ゼロ距離の肉弾戦』。
『おおおおおぉぉぉッ!?』
第十三小隊のパイロットたちが、そのあまりにも野蛮で、しかし圧倒的な迫力に言葉を失い、魅入られるように声を漏らす。
激突の衝撃で、亡霊の機体が大きく体勢を崩した。
機械のAIは、この想定外の物理的衝撃から姿勢を立て直そうと、内部のジャイロセンサーをフル回転させる。
だが、そのコンマ数秒の『立て直しの隙』こそが、私が狙っていた本命の急所だった。
(機械ってのは、バカ正直に『正しい姿勢』に戻ろうとしやがる。だが、人間のインファイトは違うぜ)
(体勢が崩れたなら、その崩れた勢いをそのまま利用して『次の一撃』に繋げるんだよ!)
私は激突の反動を利用し、機体をあえて半回転させた。
そして、遠心力が最大に乗った瞬間、アナログ機体の左腕に装備された、分厚い「装甲板」の角を、亡霊の右腕の関節部にフルスイングで叩きつけた。
バキィィィィィィィンッ!!!
鼓膜を破るような金属の悲鳴。
先ほど、金髪の青年の高機動機を容易く吹き飛ばした亡霊の右腕が、肩の駆動シリンダーごと完全にへし折られ、宙を舞った。
『て、敵の右腕が……! あの化け物の装甲が、一撃でへし折られたぞ!!』
味方の歓声が通信回線に響く。
だが、亡霊もただの機械ではない。右腕を失ったコンマ一秒後には、失った重量のバランスを瞬時に再計算し、左腕の『パイルバンカー(鉄杭)』を私のコックピットへ向けて突き出してきた。
気弱な青年の重装甲を紙切れのように貫いた、一撃必殺の物理兵器。
「……それが来ることも、分かっています」
私は冷たく呟き、フットペダルを「下」へと蹴り込んだ。
私の機体は、パイルバンカーが射出されるコンマ一秒前、まるで膝から崩れ落ちるようにガクンと高度を下げた。
ギャァァァンッ! という不快な金属音とともに、極太の鉄杭が私の機体の頭頂部の装甲を紙一重でかすめていく。
(前世の俺のデータなら、ここは『左に避ける』。……だが、今の俺のこの小柄な身体と、限界までピーキーに設定した機体なら、『下』に潜り込むことができるんだよ!)
完全に懐に入り込んだ。
亡霊の左腕が伸びきり、その無防備な胸部(AIコアの位置)が、私の機体の眼の前に完全にさらけ出されている。
私は両手で操縦桿を強く握りしめ、すべての油圧出力を右腕へと集中させた。
アナログメーターの針がレッドゾーンを振り切り、警告の赤いランプがコックピットを激しく点滅させる。
「過去のデータに縛られた亡霊に、未来を生きる兵士は殺せません」
私は可憐な少女の声を、絶対的な死刑宣告としてオープン回線に響かせた。
「本物の『物理の暴力』というものを、その機械の頭に刻み込みなさい!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
私の機体の右ストレートが、亡霊の胸部装甲に直撃した。
魔法の光など一切ない。ただ純粋な「質量×速度」によって生み出された、圧倒的な物理の暴力。
亡霊の分厚い複合装甲がクレーターのように陥没し、内部のジェネレーターから火花と黒煙が激しく噴き出す。
何十トンもの重量を持つ亡霊の機体が、そのたった一撃の物理的衝撃によって足が浮き、雪原を凄まじい勢いで転がり飛んでいった。
ズズザザザザァァァッ……!!
雪煙を上げながら数十メートル後方に叩きつけられた亡霊は、全身から黒煙を上げ、ピクリとも動かなくなった。
静寂。
砲撃音も、兵士たちの悲鳴も、すべてが消え失せた。
風の音と、私の機体が発する低く唸るようなアイドリング音だけが、戦場を支配している。
『……や、やった……。あの悪魔を……殴り飛ばした……』
『すげえ……。あれが、本物の……レイ管理官の戦い方……』
第十三小隊のパイロットたちが、震える声で呟く。
敵の隣国軍は、自分たちが最も恐れていた「魔法の通じない亡霊」が、さらに恐ろしい「物理の悪魔」によって子供扱いされた事実に、完全に戦意を喪失して後ずさっていた。
私はコックピットの中で荒い息を吐きながら、操縦桿から片手を離し、額に滲んだ汗を制服の袖で拭った。
全身の骨が軋むような激しいGと緊張感。魔法のインターフェースでは絶対に味わえない、この圧倒的な疲労感こそが「生きている」という証だ。
「……まずは一発、挨拶代わりです」
私は通信機のマイクに向かって、氷のような、しかし獰猛な笑みを含んだ声で告げた。
「さて。私の部下をいじめてくれた落とし前……これくらいで終わると思わないでくださいよ?」
倒れ伏す亡霊と、それを取り囲む敵の量産機部隊へ向けて。
銀髪の美少女が乗る漆黒のアナログ機体は、処刑の始まりを告げるように、再びガトリングの銃身をゆっくりと回転させ始めた。
これより、前世の幻影を完全に論破し、魔法至上主義の軍隊を物理で蹂躙する、本物による圧倒的な反撃の時間が始まる。
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次回お楽しみに。




