第29話:美少女、鉄の棺桶へ
「さあ、お遊戯会は終わりです。……ここからは、本物の授業を始めましょうか」
オープン回線に乗せてゼフィール基地、いや、戦場全体に響き渡ったその声は、鈴を転がすような、あまりにも可憐で透き通った少女の声だった。
分厚い鋼鉄のハッチを吹き飛ばし、地獄の底から這い出してきた漆黒の悪魔。その中から発せられた『十三歳の美少女の声』という圧倒的なギャップに、戦場は文字通り凍りついた。
『な……女、の子……? レイ管理官!? あの鉄の塊に乗っているのは、レイ管理官なのか!?』
中庭で半壊した機体の中で吐血していた金髪の青年が、信じられないというように目を見開いた。
『ば、馬鹿な! あんな少女が、魔力を持たないただの鉄屑でどうやって……!』
遠巻きに基地を包囲していた隣国軍の指揮官も、通信回線越しに困惑の声を上げる。
無理もない。彼らの常識では、魔導機は魔力の強さがすべてだ。魔力ゼロの人間が機体を動かすことすらあり得ないのに、それがか弱い子供であるなど、悪い冗談にしか聞こえないだろう。
だが、その『悪い冗談』は、今まさに彼らの眼の前で、けたたましい重低音とともに雪原の空気を物理的に震わせている。
ズズンッ……ズズンッ……!
漆黒の旧型アナログ機体が、中庭の瓦礫を踏み砕きながらゆっくりと前進する。
一歩踏み出すごとに、過剰なまでの油圧で制御された関節部から「プシュゥゥッ!」と高温の蒸気が噴き出し、周囲の雪を一瞬にして蒸発させた。
その背中から立ち昇る黒い排気ガスは、まるで悪魔の翼のように天に向かって広がっていく。
――機体の内部。分厚い防弾装甲と鉛に囲まれた、薄暗く狭いコックピット。
魔法による美しいホログラムモニターなど一切ない。無数のアナログメーター、トグルスイッチ、そしてむき出しの配線が這い回る、むせ返るような機械油と火薬の匂いが充満する『鉄の棺桶』。
その中央に鎮座する、皮の剥げた無骨な操縦桿。
それを握りしめているのは、華奢で色白な、十三歳の美少女の細い腕だった。
(……ああ、これだ。このエンジンの鼓動、操縦桿から直接手のひらに伝わってくる、金属の悲鳴と火薬の匂い)
(魔法使い共の優雅なコックピットじゃ絶対に味わえない、命を削って鉄を動かす、この泥臭い感覚……!)
心の中の老兵は、前世の死地でともに戦った相棒の感触を完全に思い出し、歓喜のあまり震え上がりそうになっていた。
ルーク監査官が極秘に用意してくれた分厚いシートクッションのおかげで、小柄な私の体格でも、フットペダルにはしっかりと足が届いている。
だが、ただ足が届くだけでは意味がない。大人の男の筋力でねじ伏せるように操縦するこの機体を、か弱い少女の筋力で扱うために、私は昨夜のメンテナンスで『極端な調整』を施していた。
「操縦桿の遊び、ゼロ。……油圧アシストのリミッターを完全カット。……ピーキーすぎて、素人が触れば一瞬で機体が転倒する暴れ馬の設定です」
私は可憐な唇の端を吊り上げ、氷のようなサファイアの瞳を細めた。
「ですが、この『軽さ』でなければ、私のコンマ一秒の反応速度にはついてこれませんからね」
(今の俺の身体は、前世みたいな筋肉ダルマじゃねえ。……だが、筋肉の代わりに、この身体には『軽さ』と『異常な動体視力』がある)
(前世の俺のコピー人形(亡霊)ども。……俺が過去の栄光にいつまでも縋っているとでも思ったか? 俺は、今この瞬間が全盛期なんだよ)
私はフットペダルを軽く踏み込み、機体のスロットルを一段階上げた。
ギュイィィィィンッ……ズガァァァァァン!!
メインエンジンの回転数が跳ね上がり、機体が威嚇するように天に向かって咆哮を上げた。
その凄まじい爆音に、基地を包囲していた隣国軍の魔導機たちが思わず数歩後ずさる。
『ひぃッ!? な、なんだこの音は! 魔力じゃない、ただの機械の音がどうしてこれほど……!』
『怯むな! 相手はたった一機、しかも魔力を持たない鉄の塊だ! あの亡霊の出来損ないに決まっている! 一斉射撃で灰にしてしまえ!!』
隣国軍の指揮官が、恐怖を振り払うように部隊に命令を下した。
包囲網を敷いていた数十機の魔導機が、一斉に巨大な魔法陣を空中に展開する。
炎、氷、雷。極彩色の破壊の光が、私の漆黒の機体へと一斉に狙いを定めた。
『や、やめろ……! レイ管理官、逃げてくれ! いくらなんでもその装甲じゃ……!』
第十三小隊の金髪の青年が、絶望的な一斉射撃の光景に悲鳴を上げる。
普通の魔導機であれば、絶対防壁を張らなければ一瞬で溶かされるだけの熱量だ。
だが。
「逃げる? 誰がですか」
私は操縦桿を握りしめたまま、微塵の恐怖も抱かずに正面を見据えた。
「あんな的の大きな魔法陣、詠唱の途中で『ここを撃ってください』と言っているようなものですよ」
私は右手の手元にある、赤いアナログスイッチを親指で弾き上げた。
ガチャコンッ! という重い金属音とともに、漆黒の機体の右腕に懸架されていた分厚いカバーが外れ、その『凶悪な兵装』が姿を現した。
魔法の杖でも、優雅な剣でもない。
何千発もの実弾がジャラジャラと給弾ベルトに連なり、六本の太い銃身が束ねられた、悪魔の武器――『多銃身機関砲』。
「さあ。魔法の常識を、物理の弾幕で粉砕して差し上げます」
私はフットペダルを踏み込み、機体の姿勢を低く落とすと同時に、操縦桿のトリガーを底まで引き絞った。
ギュルルルルルッ……!
モーターが銃身を回転させる短い唸り音の直後。
ズロロロロロロロロロォォォォォォォォッ!!!
空を切り裂くような、鼓膜を破壊するほどの連続発砲音が戦場に轟いた。
ガトリングの銃口から吐き出された、秒間百発を超える極太の徹甲弾の雨。
それは、オレンジ色の曳光弾の軌跡を伴って、漆黒の機体から放射状に放たれる『物理のレーザー』だった。
『な、なんだこれは!? ぎゃあああぁぁぁッ!!』
魔法陣を展開しようとして足を止めていた隣国軍の魔導機たちに、逃げる暇などなかった。
彼らが三秒の詠唱を終える前に、音速を超えた実弾の雨が彼らの機体を容赦なく襲う。
魔法陣を物理的な衝撃で粉砕し、優雅な装甲をハチの巣にし、魔力コアを次々とぶち抜いていく。
ドガァァン! ドガァァァァン!!
空中に展開されていた数十の魔法陣が発動する前に、魔導機たちが次々と連鎖的に爆発し、中庭の周囲に火柱を上げた。
たった数秒の掃射。
それだけで、基地を包囲していた量産機の部隊の半数が、ただのスクラップの山へと変貌したのだ。
『ば、ばばば、馬鹿な……!? 詠唱なしで、これほどの弾幕を……!?』
『魔導シールドが紙切れのように……! あ、悪魔だ! アイツは、本当に物理の悪魔だぁぁッ!』
生き残った隣国軍のパイロットたちは、あまりの理不尽な暴力に完全にパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように後退を始めた。
『す、すげえ……』
第十三小隊の生き残りたちも、自分たちを追い詰めていた敵軍が、瞬きする間に粉砕された光景にポカンと口を開けている。
これが、レイ管理官の教えの『究極系』。
魔法の隙を突き、実弾の暴力で圧倒する、本物の傭兵の力。
(……ふん。雑魚の相手はこんなもんでいいだろう。弾薬の無駄遣いはプロの恥だからな)
私はトリガーから指を離し、赤熱して煙を上げるガトリングの銃身を冷却させた。
包囲網が崩壊し、燃え盛る基地の中庭。
その中心で、私の漆黒の機体と、あの『亡霊』だけが、静寂の中で互いに向き合っていた。
亡霊のAIは、眼の前に現れた『未知の機体』に照準を合わせ、その動作パターンを解析しようとカメラアイを不気味に明滅させている。
「……私のコピーの分際で、随分と調子に乗ってくれたようですね」
私はコックピットの中で、氷のような瞳で亡霊を睨みつけた。
向こうのAIの中には、前世の私の戦闘データが詰まっている。
だが、眼の前の私の機体の『あまりにもピーキーな設定』と、私自身の『少女の身体に合わせた反応速度』は、インプットされている過去のデータとは完全に一致しない。
亡霊のAIは今、過去のデータと目の前の現実との『矛盾』に、激しい演算の迷いを引き起こしているはずだ。
「教えてあげますよ、鉄屑。……データの中で過去を反芻しているだけの偽物が、今を生きる本物に勝てる道理など、物理法則のどこを探しても存在しないということをね」
コックピット内のアナログ計器が、すべての圧力をレッドゾーンのギリギリで安定させ、グリーンランプを点灯させた。
機体の準備は、完全に整った。
私は操縦桿を強く握り直し、フットペダルに体重をかけた。
戦場に再び、爆発的なエンジンの咆哮が轟く。
十三歳の少女が操る、過去の亡霊を論破するための『本物の戦い』が、今、完全に火蓋を切った。
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次回お楽しみに。




