第26話:論理が通用しない敵
「……少し、過去の自分と『対話』をしてきますので」
私は絶望に支配された司令室にそう言い残し、重い鉄扉を開けて薄暗い地下通路へと足を踏み出した。
背後から部隊長の「待て! 外に出れば死ぬぞ!」という制止の怒号が聞こえたが、私は振り返ることなく通路の奥へと進んでいく。
分厚いコンクリートの壁越しに、絶え間ない爆発音と地鳴りがビリビリと肌に伝わってきた。
(……外のお坊ちゃんたちは、今頃パニックの絶頂だろうな)
(魔力がないただの鉄の塊が、魔法の常識をことごとく無視して蹂躙してくる。……連中からすれば、悪夢以外の何物でもねえ)
心の中の老兵は、これから外で起こるであろう虐殺の光景を正確に予測し、舌打ちを漏らした。
基地の防衛システムは、敵の「魔法」を防ぐためだけに作られている。
だからこそ、純粋な物理と火薬だけで押し通る『亡霊』には、その防衛論理が全く通用しないのだ。
ズズォォォォォンッ!!
地下通路の天井からパラパラと粉塵が落ちてくるほどの、凄まじい衝撃が基地を揺らした。
『防衛結界、出力最大! 迎撃班、一斉射撃を急げ! あの化け物を基地に近づけるな!!』
司令室から基地全体に放送される部隊長の悲痛な叫び声が、通路のスピーカーから響き渡る。
ゼフィール基地の外周には、何十基もの魔導ジェネレーターから供給されるマナによって、強固な半球状の『絶対防壁』が展開されていた。
炎も氷も雷も、いかなる属性魔法の直撃も弾き返す、魔法至上主義の国が誇る最強の盾だ。
結界の内側からは、基地の防衛隊が放つ無数の魔法攻撃が、亡霊に向かって雨あられと降り注いでいる。
『当たるわけがないだろうが。……弾幕の張り方が素人すぎる』
私は暗い通路を歩きながら、冷ややかに呟いた。
案の定、スピーカー越しに聞こえてくるのは、敵を仕留めた歓喜の声ではなく、理解不能な事態に直面した兵士たちの悲鳴だった。
『な、なんだあの動きは!? 弾幕の隙間を……いや、魔法が着弾する前に、自ら爆発を起こして土煙で視界を塞いだぞ!?』
『センサーが反応しない! 魔力がないから、自動追尾の魔法が全部見当違いの方向に飛んでいく!』
亡霊のAIには、私の前世の戦闘データが完全にインプットされている。
魔法による自動追尾など、熱源や魔力波長を誤魔化すチャフ(物理的な妨害金属片)や煙幕をバラ撒けば、一瞬でただの「真っ直ぐ飛ぶだけの花火」に成り下がる。
亡霊は魔法陣の輝きを一切放たず、地を這うような低い姿勢で雪原を爆走していた。
雨のように降り注ぐ防衛隊の魔法攻撃を、コンマ一秒の無駄もない最小限のステップで躱し、避けきれないと判断した広範囲魔法には、あえて被弾しながら分厚い『傾斜装甲』で威力を横に受け流す。
『防壁まであと数十メートル! だが恐れるな、この絶対防壁は物理的な質量も弾き返すはずだ!』
部隊長がマイク越しに叫び、兵士たちを鼓舞する。
確かに、巨大な魔力を消費して張られた絶対防壁は、ただの体当たりや砲弾程度なら魔力の反発力で弾き返すことができる。
魔法世界の『論理』で言えば、あの亡霊はここで足止めを食らい、一斉射撃の的になるはずだった。
(……だが、相手は俺のコピーだぜ? そんな馬鹿正直に、分厚い壁の正面から頭突きをかますわけがねえだろうが)
私は地下通路の奥へと歩を進めながら、亡霊が次に取るであろう行動を完全に読み切っていた。
ガガァァァァンッ!!
外から、金属と金属が激突するような鈍い破壊音が響き渡る。
そして。
『ば、馬鹿な!? 防壁が……防壁の魔力供給が落ちた!?』
『第3、第4ジェネレーターが沈黙! 外周の結界に穴が空きました!!』
司令室のオペレーターの絶叫が、基地中に響き渡った。
兵士たちの理解を超えた現象が起きたのだ。亡霊は、防壁そのものを攻撃したわけではなかった。
『あ、あいつ……結界にぶつかる直前に、地面に向けて徹甲弾を撃ち込みやがった!』
『地下に埋設されていた魔力供給用のパイプ(ケーブル)が、物理的に切断されたんだ!』
(当たり前だ。どれだけ強固な光のドームを作ろうが、それを維持するための『電源』は必ず物理的な装置に繋がっている)
(魔力でドームを張っているなら、そのドームの足元を爆破してケーブルをぶち抜く。……それが、魔法の論理を破壊する『物理のロジック』だ)
心の中の老兵は、自分自身の戦術の冷酷なまでの合理性に、背筋が凍るような感覚を覚えていた。
亡霊は防壁の薄い足元を正確に狙い撃ち、魔力の供給を断ち切ることで、いとも簡単に絶対防壁を無力化してしまったのだ。
魔法使いにとっては「ルール違反」とも言える泥臭い戦法。だが、戦争においてルールなど存在しない。
『結界が破られた! 敵機、基地内部に侵入!!』
『ひぃぃッ! く、来るな! 撃て、撃てぇッ!』
パニックに陥った防衛隊員たちが、基地の中庭に侵入した亡霊に向けて無秩序な魔法を乱れ撃つ。
だが、もはやそれは戦闘ではなく、ただの虐殺の始まりでしかなかった。
ダダダダダダダッ!!
亡霊の両腕に懸架されたアサルトライフルが、無慈悲な鉛の暴風を吐き出す。
魔法の詠唱に入るために足を止めた魔導機から順に、装甲の薄い関節部や魔力コアを的確に撃ち抜かれ、次々と火を噴いて崩れ落ちていく。
『ぎゃああぁぁッ!!』
『駄目だ! 魔法のクールタイムを完全に読まれている! 詠唱の隙に必ず実弾が飛んでくるぞ!』
『あいつ……俺たちの動きを全部先読みしているみたいだ! まるで、こちらの思考が筒抜けになっているみたいじゃないか!!』
生き残った第十三小隊のパイロットたちも、絶望の声を上げるしかなかった。
彼らはレイ管理官に教えられた泥臭い戦術で対抗しようとするが、その戦術の『生みの親』のデータを積んだ亡霊には、通用するはずもなかった。
彼らが左へフェイントをかければ、亡霊はすでに右の死角で銃口を構えている。
彼らが装甲を傾けて魔法を弾こうとすれば、亡霊はパイルバンカーの射出角度を調整し、装甲を紙切れのように貫通してくる。
(論理が通じないんじゃない。奴は『魔法至上主義の論理』の限界を知り尽くした上で、それを殺すための最適な行動を取り続けているだけだ)
私は地下通路の階段を下りながら、冷たく響く銃声と悲鳴を聞き流していた。
基地の上層部は今頃、自分たちが信じて疑わなかった魔法という名の「絶対的な法則」が、ただの鉄と火薬によって蹂躙されている事実に、完全に発狂しているだろう。
『レイ管理官……ッ! どこにいる! あんたのナビゲートが必要なんだ!』
通路の壁に備え付けられた旧式の通信機から、金髪の青年の血を吐くような叫びが聞こえた。
彼は片腕を失いながらも、なんとか基地の中庭で防衛線を構築しようと必死に足掻いているらしい。
『お願いだ、このままじゃ基地の連中が全員殺される! あんたの……あんたの教えだけが、アイツに対抗できる唯一の……』
その悲痛な叫びは、突如として激しいノイズにかき消された。
ガガァァァンッ!!
基地の通信アンテナがある方向から、ひときわ大きな爆発音が響く。
「……通信施設が、やられましたね」
私は立ち止まり、無表情のままポツリと呟いた。
亡霊はただ殺戮を楽しんでいるわけではない。援軍を呼ばせないために、基地の目と耳を物理的に破壊するというタスクを、機械的な正確さで遂行しているのだ。
これでゼフィール基地は完全に孤立した。
上層部の黒幕にとっては、私がこのまま部隊ごと全滅してくれれば万々歳という、完璧な「暗殺の舞台」の完成である。
(……だが、お膳立てが過ぎるぜ。俺のコピーを使って、俺を殺そうとするなんてな)
(自分が売り飛ばしたデータの恐ろしさを、あの馬鹿な上層部は一ミリも理解しちゃいねえ)
私は再び歩き出し、ついに地下通路の最奥にある分厚い防爆扉の前に辿り着いた。
そこは、ルーク監査官が手配した監査部の秘密コンテナが運び込まれている、基地の最下層・秘匿物資搬入エリアだ。
私は制服のポケットから、冷たい金属の感触を取り出した。
ルークから託された、あの『旧型アナログ機体』のメインキー。
「……さあ。待たせましたね、相棒」
私は可憐な少女の顔に、歴戦の傭兵としての獰猛で、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
論理が通用しない絶望の戦場に、魔法世界を根本から否定する『本物の物理の悪魔』を解き放つための扉が、今、開かれようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。
次回お楽しみに。




