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第25話:襲来する「亡霊(ゴースト)」



 ピーーーッ!!

 ゼフィール基地の司令室に、鼓膜を劈くような最高レベルの警戒警報アラートが鳴り響いている。

 広域レーダーの端から、常軌を逸したスピードで接近してくる単独の光点。

 だが、その光点からは、この世界の兵器が必ず発するはずの「魔力反応」が一切検出されていなかった。


「……速度がおかしい! なんだこのスピードは!? 魔法による飛翔フライトじゃない、地形を直線的に蹴り飛ばして迫ってきているぞ!」

 部隊長がモニターにすがりつき、血の気を引かせて叫ぶ。


「魔力ゼロの鉄塊が、ただ物理的な『脚力』と『スラスターの推進力』だけで雪原を爆走しているんですよ」

 私は可憐な少女の顔に一切の感情を浮かべず、冷静に事実を告げた。

 だが、膝の上で組んだ私の両手は、微かに、しかし確実に震えていた。


(……来やがった。前世の俺の戦闘データを完全にトレースした、殺戮の自動人形オートマタ

(映像で見るのと、実際にレーダーの波形で『殺意』を感じるのとじゃ、プレッシャーの桁が違いすぎるぜ)


 モニター越しに映し出された最前線の雪原。

 先ほどの勝利の歓喜に沸いていた第十三小隊のパイロットたちも、目前に迫る不気味な気配に完全に言葉を失っていた。


『な、なんだあれ……』

 金髪の青年が、震える声で通信機に呟く。

 吹き荒れる雪煙を切り裂いて姿を現したのは、先ほどまで彼らが戦っていた優雅な魔導機とは全く違う、無骨で角張った漆黒の機体だった。

 分厚い複合装甲。剥き出しの油圧シリンダー。そして両腕に懸架された、魔法の杖ではなく火薬式の巨大なアサルトライフルと鉄杭パイルバンカー


『あ、あれが……亡霊ゴースト……!』

 気弱な盾役の青年が、恐怖で声を裏返らせた。

 その機体は、魔法陣の輝きなど一切持たず、ただ黒い排気ガスを吐き出しながら、音もなく小隊の真正面へと歩みを進めてくる。


「全機、散開! 絶対に足を止めるな、常に動き続けなさい!」

 私はマイクを握りしめ、かつてないほど鋭い声でナビゲートを飛ばした。

「相手は魔法を使いません! 詠唱の隙は存在しない。……コンマ一秒でも機体を静止させれば、ハチの巣にされますよ!」


『りょ、了解ッ! くそッ、いくら悪魔みたいな機体だろうが、中身は人間だろ!』

 金髪の青年が、恐怖を振り払うように自らを鼓舞して叫んだ。

『俺たちだって、レイ管理官に泥臭いインファイトを叩き込まれたんだ! 魔法がねえなら、俺のスピードで背後を取ってやる!』


 彼はスラスターを全開にし、紙装甲の高機動機で亡霊へと向かってジグザグの鋭いステップを踏み込んだ。

 先ほどの戦闘で、敵のエリート魔導機を面白いように翻弄した、コンマ二秒の反射速度を活かした完璧な肉薄。


(……馬鹿野郎!! そのステップは――)

 心の中の老兵が、絶望的な予測に目を見開く。


 金髪の青年が亡霊の懐に飛び込み、魔導ブレードを振り下ろそうとした、その瞬間。

 亡霊は一切の動揺も見せず、突如として『左肩を極端に落とす』独特の予備動作を見せた。


『なっ……!?』

 青年が虚を突かれたように動きを止めたコンマ一秒の隙。

 亡霊はその左肩の沈み込みをバネにするように、機体を右前方へと滑らせ、青年の『完全な死角』へと回り込んだ。


 ズガァァァァンッ!!

『がはぁぁぁッ!?』


 亡霊の右腕から放たれたゼロ距離の徹甲弾が、金髪の青年の機体の右腕を、肩の関節ごと物理的に吹き飛ばした。

 火花とオイルを撒き散らしながら、青年の高機動機が雪原に叩きつけられる。


「前衛機、大破! 駄目です、相手の動きが完全にこちらの手の内を読んでいます!」

 私はギリッと奥歯を噛み締めた。

 当然だ。今の『左肩を落とすフェイントから死角へ滑り込む』動き。あれは他でもない、前世の私が編み出し、この世界で彼ら「ポンコツ部隊」に叩き込んだ戦術の『完全なオリジナル』なのだから。


(俺の戦術の劣化版コピーで、俺の完全版オリジナルに挑むなんて、自殺行為以外の何物でもねえ!)

(向こうのAIの中には、相手がどう動けばどう隙ができるか、そのパターンのすべてが完璧にインプットされてやがるんだ!)


『うわああぁぁッ! 前衛がやられた! て、敵がこっちに向かってくる!』

 亡霊がアサルトライフルの銃口を、パニックに陥っている後衛の機体へと向けた。


「盾役! 前へ! 装甲を四十五度に傾けて弾道を逸らしなさい!」

 私の叫びに呼応し、気弱な青年が乗る重装甲機が、決死の覚悟で仲間の前に躍り出た。

 彼は先ほど魔法を弾いた時と同じように、一番分厚い左肩の装甲を斜めに傾け、亡霊の銃撃を物理的に受け流す姿勢(避弾経始)をとる。


 だが、亡霊はトリガーを引かなかった。

 傾斜装甲それを見た瞬間、亡霊のAIは「弾丸が滑る」と瞬時に物理演算で判断したのだ。

 亡霊は発砲をキャンセルし、爆発的なスラスター推力で一気に重装甲機の眼の前にまで肉薄した。


『え……? う、うわぁぁぁッ!?』

 気弱な青年が悲鳴を上げる。

 亡霊は、斜めに構えられた装甲に対して、その『傾斜と直角に交わる角度』から、左腕のパイルバンカー(鉄杭)を容赦なく打ち込んだ。


 ガガァァァァァンッ!!!


 装甲の角度を完全に殺す、完璧なベクトル計算に基づいた物理打撃。

 重装甲機の分厚い肩パーツが紙屑のように陥没し、内部の駆動シリンダーが悲鳴を上げて粉砕される。

 機体は凄まじい衝撃で吹き飛ばされ、雪原を何度もバウンドして機能停止した。


「……信じられない。あの分厚い盾を、力押しじゃなく『角度の計算』でぶち破りやがった……」

 司令室の部隊長が、腰を抜かして床にへたり込む。

「あんなの、人間業じゃない。魔法の通じない悪魔だ……。俺たちは終わりだ、全員ここでスクラップにされるんだ……!」


 司令室のモニターには、絶望的な光景が広がっていた。

 つい先ほどまで、見事な連携で敵を無傷で撃退した第十三小隊。

 彼らが、たった一機の『亡霊』によって、わずか数十秒の間に半壊させられてしまったのだ。


『くそッ……動け……機体、動いてくれ……!』

『誰か、魔法でアイツの足を止めてくれ!』

『無理だ! 詠唱しようとした瞬間に、関節を的確に撃ち抜かれちまう!』


 生き残ったパイロットたちが必死に抵抗を試みるが、亡霊は文字通り『無駄のない完璧な殺戮』を続けていた。

 魔法を撃とうとする者の脚部を撃ち抜き。

 逃げようとする者のスラスターを正確に破壊する。


 致命傷コックピットはあえて狙わず、機体の戦闘能力だけを確実に削いでいく。

 それは、傭兵が弾薬を節約しつつ、敵を無力化するための最も冷酷で合理的な『マニュアル戦術』の極致だった。


(……チッ。機械の分際で、俺の泥臭い戦術を完璧に再現しやがって)

(疲労も恐怖もねえ、処理落ちもねえ。俺の過去の『最適解』を、コンマ一秒の狂いもなく延々と出力し続ける、タチの悪い自動人形だ)


 私はマイクを握る手に、血が滲むほど爪を立てた。

 私のナビゲート(頭脳)がどれだけ的確でも、それを実行するパイロットの身体ハードが追いつかなければ、この機械仕掛けの幻影には絶対に勝てない。


『レイ管理官……ッ! 指示を……どうすればいい……!』

 金髪の青年が、片腕を失った機体の中で吐血しながら通信を入れてくる。

 その声には、死の恐怖と、私に対するすがるような信頼が混じっていた。


「……全機、防御を捨てて後退しなさい。それ以上の戦闘は許可しません」

 私は可憐な声を限界まで低くし、静かに、しかし絶対の命令を下した。


『後退って……そんなことしたら、基地が直撃を受けるぞ!』

「構いません。基地の防衛ラインまで下がりなさい。……奴の相手は、あなた方には荷が重すぎる」


 私がそう言い捨てた瞬間、司令室のメインモニターがノイズとともに激しく明滅し始めた。

 ただの機材不良ではない。強力なジャミング(妨害電波)だ。


「な、なんだ!? 通信回線が……モニターの映像が次々と消えていく!」

 部隊長がパニックを起こしてコンソールを叩く。


(……通信設備の破壊、か。前衛の無力化と同時に、後方の目と耳を潰す。これも俺の戦術のセオリー通りだ)

 心の中の老兵は、自分自身のコピーの徹底ぶりに深い溜息をついた。


「外部との通信が完全に遮断されました。……ゼフィール基地は今、完全に孤立しましたよ」

 私は明滅するモニターを見つめながら、淡々と状況を報告する。


 通信設備が破壊されたということは、中央司令部への援軍要請も不可能になったということだ。

 もっとも、私をここで暗殺しようと企んでいる上層部の黒幕が、援軍など送るはずもないが。

 この閉ざされた雪原で、無力化された部隊ごと、私はあの亡霊によって「事故死」として処理される運命にある。


「……終わりだ。俺たちは、この閉鎖空間でアイツに一人ずつミンチにされるのを待つしかないのか……」

 部隊長が絶望に顔を覆い、嗚咽を漏らし始めた。

 司令室のオペレーターたちも、迫り来る死の恐怖に震え上がっている。


 だが。

 ただ一人、十三歳の銀髪の少女だけは、そのサファイアの瞳に微塵の絶望も浮かべていなかった。


(……ナビゲート(言葉)だけじゃ、俺のコピーには勝てねえか)

(なら、仕方ねえ。俺自身が直接、物理で教鞭を執ってやるしかないようだな)


 私は誰にも気づかれないよう、制服のポケットの中に手を忍ばせた。

 そこにあるのは、冷たい金属の感触。

 ルーク監査官が極秘裏にこの最前線基地へと運び込んでいた、あの「旧型アナログ機体」の、物理的なメインキーだ。


「……部隊長殿。部隊の生存者の回収と、基地の防衛結界の維持に全力を注ぎなさい」

 私はパイプ椅子から立ち上がり、制服のシワを軽く手で払った。


「な、なにを言っている! 防衛結界なんて、あの化け物の前じゃ紙切れ同然だぞ! それに、お前はどこへ行く気だ!」

 部隊長が血走った目で私を問い詰める。


「ええ。だから、私が外に出て『時間稼ぎ』をしてきます」

 私は振り返り、可憐な少女の唇に、歴戦の傭兵の獰猛な笑みを浮かべた。


「……少し、過去の自分と『対話』をしてきますので」


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