第24話:実証実験、そして覚醒
翌朝。薄暗い空にゼフィール基地のけたたましい警報が鳴り響いた。
隣国軍の小規模な強行偵察部隊が、防衛ラインの隙を突いて接近してきたのだ。数は十機。通常の量産型魔導機による、嫌がらせのような散発的な襲撃である。
「……チッ。またお迎えが来やがった。第十三小隊、出撃準備だ」
司令室で安い酒をあおっていた部隊長が、やさぐれた声でマイクに向かって命じる。
普段ならば、ここでパイロットたちの悲痛な叫びや、絶望に満ちたボヤきが通信回線に返ってくるはずだった。
『第十三小隊、全機スタンバイ完了。……いつでも行けます』
だが、スピーカーから返ってきたのは、静かで、しかし確かな「熱」を帯びた金髪の青年の声だった。
部隊長が「あ?」と間抜けな声を漏らして通信機を見つめる中、私は彼を押しのけるようにしてオペレーター席に座り、マイクを引き寄せた。
「記録解析アドバイザーのレイです。これより、本機動小隊の指揮権は私が預かります」
私は可憐な少女の声を、一切の感情を排した絶対零度のトーンに切り替えた。
「全機、出撃。……さあ、私が昨夜叩き込んだ『物理のロジック』の実証実験を始めましょうか」
『了解!』
十数機の魔導機が、格納庫から一斉に雪原へと飛び出していく。
私は司令室のモニターに映し出された広域レーダーと、各機体のカメラ映像(POV)をコンマ一秒の遅れもなく脳内で処理していく。
敵の部隊は、魔法至上主義のセオリー通り、上空に優雅な陣形を組んで接近してきていた。
彼らは第十三小隊の姿を捉えるなり、機体の足を止めて、空中に巨大な炎や氷の魔法陣を展開し始める。
約三秒の詠唱時間。魔法を最大出力で放つための、彼らにとっては『常識』のタメだ。
「敵機、魔法陣展開。正面から特大の属性魔法が来ます」
私はモニターを睨みつけながら、淡々と指示を飛ばす。
「盾役。指示通りに前に出なさい。魔力は一切使わず、機体の姿勢制御にのみ集中すること」
『ひ、ひぃぃッ! や、やってやる……!』
気弱な青年が乗る『重装甲機』が、部隊の最前列へと躍り出た。
敵の魔法陣から、空間を歪めるほどの巨大な炎の槍が放たれ、彼の機体へと真っ直ぐに殺到する。
『馬鹿め! 魔法防壁も張らずに前に出るとは、自殺志願者か!』
敵のパイロットが通信のオープン回線で嘲笑う声が聞こえた。
気弱な青年も、直撃の恐怖に目を固く瞑りかけている。
「目を瞑るな! 敵の魔法の射線に対して、機体を右へ四十五度傾けなさい!」
私の鋭い号令が飛ぶ。
青年は半ば反射的に操縦桿を倒し、一番分厚い左肩の複合装甲を、殺到する炎の槍に対して『斜め』に突き出した。
ズガガガガガガァァァァァンッ!!!
司令室のモニターが白飛びするほどの爆発と閃光。
部隊長が「あーあ、だから言わんこっちゃねえ」と目を背けた、次の瞬間。
『ほ、本当だ……! 弾けた! 魔法が、ただ滑っていっただけだ!!』
土煙の中から、無傷の重装甲機が姿を現した。
炎の槍は分厚い装甲の斜面に直撃し、その威力を横へと完全に逃がされていたのだ。
装甲の表面がわずかに焦げただけで、機体へのダメージは完全にゼロである。
『ば、馬鹿な!? 直撃したはずだぞ! 防壁なしでどうやって耐えた!?』
敵部隊がパニックに陥り、陣形がわずかに乱れた。
(当たり前だ。エネルギーの指向性ってのは、角度(傾斜)さえ殺してやればただの熱風に過ぎねえんだよ)
(魔法使いってのは自分の火力が絶対だと信じてるから、それが物理的に『弾かれた』時の精神的ダメージは計り知れねえ)
心の中の老兵が、狙い通りの光景に獰猛な笑みを深める。
私はその敵の動揺(数秒の隙)を、決して見逃さない。
「驚いている暇はありませんよ! 前衛、高機動機。敵の詠唱のクールタイムです、一気に懐へ潜り込みなさい!」
『おおおおぉぉぉッ!!』
金髪の青年が乗る『風属性・高機動機』が、重装甲機の背後から弾丸のように飛び出した。
昨夜まで彼が乗っていた重鈍な氷属性機体とは違い、彼のコンマ二秒の反射速度に、紙装甲の機体が完璧にリンクしている。
『な、なんだあの速度は!?』
『速すぎる! 照準が合わない!』
『はっはぁ! すげえ、機体が俺の手足みたいに動きやがる! これなら、魔法なんて当たる気がしねえぜ!』
金髪の青年は、敵が慌てて放った牽制の魔法を、紙一重の鋭いステップで次々と躱していく。
装甲がない分、そのスピードは常軌を逸しており、あっという間に敵陣のど真ん中へと切り込んだ。
「魔法の無駄撃ちはやめなさい。近接用の魔導ブレードを展開し、敵の機体の『関節』だけを狙うんです」
『了解だ、アドバイザー殿!』
青年は敵の懐に潜り込むと、流れるような動きで敵機の膝関節と肩のシリンダーを斬り裂いた。
装甲の薄い駆動部を破壊された敵機は、バランスを崩して次々と雪原に墜落していく。
『くそッ! 魔法陣を展開しろ! あんなハエみたいな機体、一網打尽にして――』
上空で体勢を立て直そうとした敵の指揮官機が、再び巨大な魔法陣を展開しようとした、その時だ。
「遊撃班。敵が詠唱のために足を止めました。……『仕事』の時間ですよ」
『オラァァァァッ!!』
炎属性の機体に乗ったパイロットたちが、一切の魔法を使わず、スラスター出力を限界まで引き上げて敵機へと肉薄した。
そして、魔法陣が完成するコンマ一秒前、その分厚い機体質量を敵の横っ腹に強烈に叩きつけたのだ。
ガガァァァァンッ!!
『がはぁッ!?』
凄まじい物理的タックルを受け、敵機は弾き飛ばされて魔法陣が完全に霧散する。
魔法の詠唱を「体当たり」で強制キャンセルさせるという、軍の教範には絶対に載っていない泥臭すぎる戦法。
だが、それが魔法至上主義の敵にとっては、文字通り『手も足も出ない』最悪のカウンターとなっていた。
『ば、馬鹿な……こいつら、魔法の撃ち合いを放棄しているのか!?』
『陣形が組めない! 詠唱の途中で必ず潰される! なんなんだこの部隊は!』
敵の通信から、完全にパニックに陥った悲鳴が聞こえてくる。
当然だ。彼らはお上品な魔法の撃ち合いしか想定していない。
そこへ、防御は装甲の角度で物理的に弾き、攻撃は魔法ではなく近接格闘と体当たりでゴリ押してくる『野蛮人(傭兵)のロジック』をぶつけられたのだから。
(……見事だ。昨夜教えたばかりの泥臭い連携を、死に物狂いでモノにしやがった)
(才能の使い所を間違えていただけで、こいつらは十分すぎるほど『戦える』部隊だ)
私は司令室のモニターの前で、静かに唇の端を吊り上げた。
「盾役、敵の残党が後退しつつ牽制の魔法を撃ってきます。右前方へ出て壁に」
『はいッ! 見えます、敵の射線が完全に読める!』
「前衛、そのまま敵の退路を絶ち、各個撃破。……一機も逃す必要はありません」
私のコンマ一秒の狂いもない完璧なナビゲートと、パイロットたちの適性を極限まで引き出した編成。
わずか十分足らず。
あの日、絶望に沈んでいた「ポンコツ部隊」は、味方の被害ゼロ(無傷)という信じられない戦果で、敵の強行偵察部隊十機を完全にスクラップに変えていた。
『お、終わった……?』
『俺たち、一機も落とされずに……敵を全滅させたのか……?』
雪原に立つ第十三小隊の通信回線に、荒い息遣いとともに、事態を呑み込めないような呟きが漏れる。
だが、それが紛れもない現実だと気づいた瞬間、鼓膜を破るような歓声が爆発した。
『うおおおおおぉぉぉッ!! 勝った! 俺たち、無傷で勝ったぞ!!』
『レイ管理官! あんたの言う通りだった! 魔法なんて撃たなくても、機体は俺の手足みたいに動いたぜ!!』
『すげえ! 敵の魔法が本当に弾けた! 僕の視野が、僕が、部隊の命を救ったんだ!!』
彼らの声には、もう絶望や諦めは微塵もない。
自分たちは無能ではない。正しい戦い方を知れば、これほどまでに圧倒的な力を持てるのだという、兵士としての確固たる『誇り』がそこにはあった。
「……おいおい、嘘だろ……」
背後で成り行きを見守っていた部隊長が、手から酒瓶を取り落とした。
ガチャンと瓶が割れる音すら気にも留めず、彼は信じられないものを見るような目で私を見つめている。
「あの死に損ないの烏合の衆を……たった一晩で、一糸乱れぬ精鋭部隊に変えたってのか……?」
「適材適所と、ほんの少しの『物理のセオリー』を教えただけですよ」
私は振り返り、可憐な少女の顔のまま淡々と答えた。
「彼らはもう、ポンコツではありません。立派な実戦部隊です」
司令室の通信回線からは、なおも私を称賛し、神のように崇めるパイロットたちの歓声が鳴り響いている。
彼らの私に対する信頼度は、今や完全にマックス(限界突破)状態だ。
私が「死ね」と命じれば、笑って死地に飛び込んでいくだろう。
(……よし。これで、部隊の指揮権は完全に俺の掌握下に入った)
(上層部の馬鹿どもは俺を孤立させて殺すつもりだったろうが、残念だったな。俺はたった一晩で、最前線に『俺の私兵(手駒)』を作り上げちまったんだよ)
心の中のおっさんは、してやったりの獰猛な笑みを浮かべる。
だが、その勝利の余韻に浸る時間は、あまりにも短すぎた。
ピーーーッ!!
突如として、司令室の広域レーダーが、先ほどとは比較にならないほどのけたたましい警告音を鳴らし始めたのだ。
レーダーの端から、信じられないほどのスピードで接近してくる『一つの光点』。
「なんだこの速度は!? 魔力反応は……ゼロ!?」
部隊長がモニターに張り付き、血の気を引かせて叫んだ。
「ば、馬鹿な……! 先鋒がやられてから、まだ数分しか経っていないぞ! もう『奴』が来たっていうのか!?」
その言葉に、私の背筋に冷たいものが走った。
通信回線越しに聞こえていたパイロットたちの歓声も、凍りついたようにピタリと止まる。
『あ、あれは……!』
『間違いない、装飾のない鉄の塊……! 亡霊だ!!』
モニターの映像の向こう。
雪煙を切り裂き、いっさいの魔法陣を展開することなく、圧倒的な物理の暴力だけで地を這うように迫り来る漆黒の機体。
(……来やがったな。俺の戦術を丸写しした、気味の悪いコピー人形が)
私は可憐な少女の顔から一切の感情を消し去り、モニターに映る『過去からの刺客』を静かに、そして冷酷に睨みつけた。
お遊戯会は終わりだ。
本当の地獄が、今、最前線基地に襲い掛かろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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次回お楽しみに。




