表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/40

第27話:通信の断絶と包囲網

 


 ゼフィール基地の通信アンテナが炎を上げて崩れ落ちた瞬間、司令室のモニター群は一斉に不快な砂嵐ノイズへと変わった。

 それは、最前線の孤立無援を告げる、絶望的な暗転だった。


「終わった……。外部との通信手段が完全に絶たれたぞ……!」

 部隊長が頭を抱え、コンソールデスクに突っ伏してうめき声を上げた。

 魔力による長距離通信網も、結界を維持するための魔導ケーブルも、あの『亡霊ゴースト』の物理的な破壊工作によってすべて切断されている。

 基地内部の近距離通信だけが辛うじて生きている状態だが、それすらもジャミングによるノイズでまともに聞き取れない。


『た、隊長! レーダーに多数の機影! 敵の主力部隊が……基地を完全に包囲しています!』

 オペレーターが、真っ青な顔で補助レーダーの画面を指差した。


 亡霊が基地の防衛網を単機で食い破ったのを合図にするかのように、遠巻きに待機していた隣国軍の量産型魔導機部隊が、ゆっくりと基地の周囲を取り囲み始めていた。

 彼らは直接手を下すつもりはないらしい。ただ、亡霊が結界の内側で王国軍の兵士たちを一人残らず惨殺し、火の海に変えるのを見物(包囲)しているのだ。

 逃げ道はどこにもない。ここは完全に閉ざされた処刑場と化していた。


 ……一方その頃、最前線の地獄から遠く離れた、安全で華やかな王都の中央司令部。

 高級な調度品に囲まれた執務室で、白髭を蓄えた恰幅の良い将軍が、クリスタルグラスに注がれた高価な赤ワインを揺らしていた。


「……ゼフィール基地からの救難信号(SOS)が途絶えました。魔力通信網から、同基地の反応が完全にロストしています」

 副官が、感情の消えた声で報告する。


「そうか。あの『亡霊』とやらが、見事に仕事を完遂したようだな」

 将軍は満足そうに口の端を吊り上げ、ワインを一口喉に流し込んだ。

「監査部のルークが嗅ぎ回っていた過去の機密報告書。……その保管庫の鍵を握る目障りな記録係の小娘も、左遷組のゴミ部隊も、これで綺麗さっぱり消え失せるというわけだ」


 彼こそが、十数年前に回収された『異界漂流物』のブラックボックスを、隣国へと売り飛ばした上層部の黒幕の一人だった。

 敵国に自軍の兵士を虐殺させておきながら、彼の顔にあるのは自らの保身と完全犯罪が成立したことへの歓喜だけだ。


「閣下。ゼフィール基地から通信が途絶する直前、近隣の部隊から『ゼフィールへの援軍許可』を求める要請が上がっていましたが……」

「却下だ。ゼフィール基地は敵の大規模な奇襲により『全滅』した。……救助に向かわせるには、もう遅すぎるとな。適当に理由をつけて足止めしておけ」

「はっ。承知いたしました」


 将軍は冷酷な笑みを浮かべ、窓の外の平和な王都の風景を見下ろした。

「魔法を持たない野蛮な鉄クズのデータなど、敵国にくれてやって大金に換えるのが最も賢い使い方だ。……せいぜい、あの世で自らの無能を呪うがいい、ゴミ共め」


 彼らは信じて疑わなかった。

 魔法の通じないあの亡霊の前に、最前線の基地は手も足も出ずに蹂躙され、自分たちの悪事の痕跡はすべて雪原の灰となるのだと。


 だが、その傲慢な確信が『致命的な計算違い』であることに、王都の黒幕はまだ気づいていない。


 ――再び、ゼフィール基地の最下層。

 厚いコンクリートに守られた秘匿物資搬入エリアの奥で、私は巨大な防爆コンテナの前に立っていた。

 地上からの激しい振動が地下にまで伝わってくる中、私の制服のポケットの中で、小さな黒い箱がジリジリと振動し始めた。


「……レイ管理官。聞こえるか、レイ」

 箱の中から聞こえてきたのは、ノイズ混じりのルーク監査官の声だった。


 魔法による通信が遮断されることを予期していたルークが、私に持たせていた『旧世代のアナログ式無線機』だ。

 魔力波長に依存しないただの電波通信は、敵のジャミングの影響を極限まで受けにくく、この孤立した状況下における唯一の外部との生命線だった。


「はい。感明瞭です、監査官殿」

 私はトランシーバーのボタンを押し、可憐な少女の声を淡々と響かせる。

「そちらの状況はどうなっていますか? 王都の上層部のお歴々は、見事な『見殺し』の判断を下してくれましたか?」


『……君の予想通りだよ。中央司令部は、ゼフィール基地の全滅をすでに“決定事項”として処理した。近隣の部隊には待機命令が出され、援軍は一機たりともそちらには向かわない』

 ルークの声には、腐りきった上層部に対する激しい怒りと、私を死地へ送ってしまったことへの痛切な悔恨が滲んでいた。


『すまない。監査部の権限でどうにか援軍を捻り出そうと動いているが、軍の正規の命令系統を掌握されている以上、時間がかかりすぎる……!』


「謝罪は不要です。……援軍が来ないのは、最初から分かっていたことですから」

 私は一切の動揺を見せず、冷たいコンクリートの壁に寄りかかった。

「むしろ、好都合ですよ。上層部が完全にこちらを『見捨てた』という証拠が、今そちらの監査部の記録に残ったわけですからね。後の裁判ざまぁの、何よりの決定打になります」


『君は……この絶望的な状況で、まだそんな先のことまで計算しているのか』

 ルークが、呆れたような、しかし深く安堵したような息を吐く音が聞こえた。


「当然です。私の仕事は、彼らの矛盾を論破することですから」

 私はトランシーバーを握り直し、地上の状況へと意識を向けた。

「ですが、その前に……地上で暴れ回っている『私のコピー』を、どうにかしてやらなければなりませんね」


 通信回線の向こう、監査部の秘密回線を通じて、地上の断片的な音声データがノイズ交じりに流れ込んでくる。


『くそッ! 囲まれてる! 逃げ道がねえ!』

『弾薬が尽きた……魔力ももう空っぽだ……!』

『誰か……誰か助けてくれ……!』


 それは、第十三小隊の生き残りたちの、絶望に満ちた悲痛な叫びだった。

 彼らは基地の中庭に追い詰められ、四方を隣国軍の部隊に包囲された状態のまま、亡霊による残酷な『狩り』の標的となっている。

 魔法を弾かれ、機動を読まれ、反撃の手段をすべて奪われた彼らには、もはや死を待つことしかできない。


(……よく耐えたな、坊やたち。俺のコピー相手に、今の今まで生き残っているだけでも、十分に賞賛に値するぜ)

(だが、お遊戯会はここまでだ。ここから先は、本物のプロの仕事テリトリーだ)


 心の中の老兵は、自分を信じて死地で足掻いている私兵パイロットたちの声を聞き、静かに、しかし爆発的な闘志を燃え上がらせていた。


「監査官殿。通信の維持を頼みます。……これより、私はコンテナを開封し、機体に搭乗します」

『分かった。レイ管理官……いや、君の『真の姿』を、監査部の名において全力で援護する。死ぬなよ』

「誰に言っているのですか。私は、ただの記録係ですよ」


 私は無線機を切り、ポケットにしまい込んだ。

 そして、手の中にある冷たい金属のメインキーを、分厚い防爆コンテナのロックパネルへと差し込み、重い手応えとともに回す。


 プシュウゥゥゥッ……!

 圧縮された空気が抜け、重々しい金属音とともに、コンテナの巨大な扉が左右にゆっくりと開いていく。

 中から現れたのは、地下のアーカイブ室で整備を完了させていた、あの漆黒の『旧型アナログ機体』だ。

 傷だらけの複合装甲。無骨な多銃身機関砲ガトリング。そして、魔法世界の常識を粉砕するための、純粋な物理の結晶。


 機体は、まるでこれから起こる凄惨な死闘を待ちわびているかのように、暗闇の中で鈍く獰猛な光を放っていた。


(さあ、相棒。……お前のデータを盗み、お前の姿を模倣して、俺の部下を傷つけた不届き者が上にいる)

(あんなお上品なコピー人形に、俺たちの戦術を騙らせておくわけにはいかねえよな?)


 私はコンテナの中に足を踏み入れ、アナログなタラップを身軽な動作で駆け上がる。

 王都の上層部が援軍を送らないのなら、都合がいい。誰の目も気にすることなく、純粋な物理の暴力を、この絶望の戦場に解き放つことができるのだから。


 包囲網によって完全に逃げ場を失った基地。

 だが、それは同時に、亡霊(敵)もまた、この基地から『逃げられない』ということを意味していた。


 十三歳の銀髪の美少女は、一切の恐怖を見せることなく、油にまみれた鉄の棺桶へとその華奢な身体を滑り込ませた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ