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32

 一夜明け、ワルターはしっかりとベッドから下り立った。まだ体は重いが、歩けない程でもない。

 自分が寝ていたベッドを見る。

 そこにヘレーナの姿はなかった。

 寂しいと感じる。

 いつの間にか、毎朝ヘレーナの顔を見るのが当たり前になっていたのだ。思わずきょろきょろと部屋の中を確認するが、ヘレーナの気配はなかった。

 そう言えば、ヘレーナは自室で休んだほうがいいと勧められていた事を思い出す。

 一瞬、ヘレーナの部屋まで探しに行こうかと迷った。

(だが、何と言う? 何を言う?)

 ワルターは自嘲気味に笑い、その考えを振り払う。守ると豪語しておきながら、逆に助けられてしまった。あのように、敵にやられ情けない姿を晒してしまった。

 黒の国の王として、最大の失態だ。

 そんな自分を、ヘレーナはどう思っただろう?

 しかも、自分は、ヘレーナに愛していると叫び、それを皆に聞かれてしまった。

 のろのろと上着を着ていると、ドアがノックされた。

 どきりと、胸が鳴る。

 もしやヘレーナか? だとしたら、どんな顔をすればいいのか。

「誰か?」

「失礼します。ルーカスです」

 だが、ドアの外から聞こえたのは、近衛兵隊長の声だった。

 拍子抜けした、とは思ったが、安心してルーカスを呼び入れる。

「入れ」

 寝室に姿を現したルーカスは、恭しく頭を下げた。

「お目覚めでしたか。調子はいかがですか?」

「ああ、大丈夫だ。力も戻ってきている」

 ルーカスは、ワルターが術に囚われてから目覚めるまでの出来事をかいつまんで話した。特に、ヘレーナが自らワルターの中へ入ると言ったことについて、ワルターは密かに胸を弾ませた。

「今日の予定ですが、午後から臨時の議会が」

「分かった」

 敵にしてやられたことについて、言及があるだろう。厳しい意見も出るかもしれない。ワルターは、最強であってこその王だと思うから。

 自然、表情が引き締まる。

「それと、王妃様よりお時間を頂きたいとの連絡を受けております」

「え……」

 隣の部屋にいるのに、何故ルーカスを通したのだろうか。

 改まった話があるのだろうか。それは、もしや、おめおめと術をくらった自分に愛想が尽きて……。などなど、ワルターは正直、嫌な考えを山ほど頭に浮かべ動揺した。

「そ、そうか。そうか、分かった……」

 先ほどとはうってかわり、自分でもびっくりするほどの情けない声が出た。

「ああ、いや。分かった。時間を見つけて話をしよう」

 部下にそのような態度を見せてしまったことを瞬時に後悔し、ワルターは一度大きく頭を振った。身体が重く、本調子ではないのだ。

「ところで、将軍はどうした?」

 いつもの巨体が見えない。ようやくそれに気が付き、その所在を問う。

「将軍は執務室で謹慎中です。私も、本来ならば責を負うべきところ、王妃様が通常通り職務につくよう仰せつかりました。ですが、それは仮の措置です。王、私は……」

 珍しくルーカスが目を伏せる。

 それは、もしや自分が倒れたことだろうか。ワルターは思い至り、腕を組んだ。

「分かった。いずれ処分を考えよう」

 やられたのは、ワルターの油断からだと思う。ヘレーナが通常通り職務につくよう促したのならそれでいいと思う。それに、おそらく将軍も、執務室で行う仕事をこなしているだろう。

 しかし、実質懲罰無しの処分は、誰よりもルーカスが納得していないはずだ。

 王を守れなかった不甲斐なさを、どこかで罰してほしいと。

 何より自分の不甲斐なさを感じているワルターだからこそ、そう思った。

「ありがとうございます」

 頭を下げるルーカスに対して、ワルターが頷く。

 ルーカスを伴い、部屋を出る。

 まずはヘレーナを探すことになった。

 ルーカスによれば、早朝から細々とした仕事のため、城内を動き回っているようだ。

 しばらく城内を歩いていると、人だかりが見えた。

 何事かと近づくと、男女の言い争うような声。昼間っから何をしているのかと、ワルターは足を止める。

 聞こえてきたのは、聞いたことのある声だった。

「しつこい。これ以上貴方に割く時間はないです」

「そ、そこを何とかっ」

 憮然とした表情で相手を睨みつけるユリア。

 その後で、困惑の表情を浮かべるヘレーナ。

 そして、彼女達に必死に何かを訴える……シュテフォン。

 ワルターは驚いて三者を見比べ、足を進めた。もしやシュテフォンがヘレーナに言い寄ってきたのかと思ったのだ。それほど、シュテフォンの表情は必死だったし、ユリアの瞳が冷たく光っていた。

「おい、こんな所で何を……」

 ワルターの言葉が終わる前に、シュテフォンがヘレーナとユリアに一歩近づいた。

 瞬間、シュテフォンの身体が吹っ飛ぶ。

 三人の様子を見物していた侍女や兵士など、誰も反応できなかった。

 シュテフォンを吹き飛ばしたのはユリアだ。迫ってきた腕を器用につかみ、強引に投げ飛ばした。

 一つ息をするかどうかの間に、ルーカスがワルターの前に出る。

 結果として、シュテフォンは頭を下にして、逆立ちをするような格好でルーカスに受け止められた。

「こんな場所で何をしている。騒がしいぞ」

 ワルターが現れたと知って、侍女や兵士はさっと引けていった。

「その声はワルター様ですね。……ワルター様。俺は、ただ、ただ……」

 顔が下にあるので、声で判断したのだろう。

 ルーカスに掴まれたままで、シュテフォンは悔しさを顔ににじませた。

 その様子に、イライラとしたユリアの声が重なる。

「お騒がせして申し訳ありません。もうこちらに用はありませんので、失礼します。行きましょう、ヘレーナ様」

「え、あ……」

 綺麗に礼をして、ユリアはヘレーナを半ば強引に引っ張っていってしまった。

 廊下に残されたのは、ワルター、ルーカス、シュテフォンだ。

「だから、何が何だと言うんだ?」

 わけがわからない。

 ワルターはぼんやりと、ヘレーナと言葉を交わせなかったことだけ、残念に思った。

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