第2章『ライド・オン・タイム』04
レベッカたちを伴った地方巡業も、3回目ともなるとかなり要領も掴めてきた。
さすがに修学旅行っていうノリじゃなかったが、メラニーも入れて4人の旅は、それはもう夢見心地……ホント心からこの世界に来た幸せを噛み締めても噛み足りないぐらいで。
そりゃあそうだろ。講演が終わった後は宿に戻って4人で同じ釜の飯を食い、風呂上がりの就寝までの間は語り明かし(まぁ、ほとんどは『選択ノ書』の解釈の話ではあるが)、日に日に親密さが濃くなってるって感じるのは、決して妄想ではあるまい。7月に入って服装も露出面積が増え、結構なことこの上ない。ジョシュアのガキもついて来たがったらしいが、お子ちゃまだからってことでレベッカが言いとどめてくれたらしい。ナイスだ、レベッカ。
今回は3つの地方都市を渡り歩くプランだが、とりあえず第1日目は盛況に終わった。あとまだ2つ残っているが、初日がうまくいけばその後はいい流れができて巡業は成功に終わる。これまでの経験で学んだことだ。
「まずは初日の大成功に、乾杯!」
レベッカが音頭をとって、俺たちは盃を合わせた。お姫様ってのは、こういうときにありがたい。宴の座に華が咲く。
「う〜ん、やっぱり本場の果実酒は美味しいですねぇ」
メラニーが頬をおさえる。こいつ、根っからの酒好きで、一人でもよく呑んでるらしい。いまみたいに美味い酒を呑んだときの悦び方も堂に入っている。
レベッカは、盃を抱きしめるように両手で持って、小首を傾げながら微笑んでいる。この子は座の雰囲気を楽しむタイプだ。こいつら二人とも18歳だってことを思うと、いまでもまだ違和感があるが……この国では17歳が成人なんだよなぁ。ま、これだけしっかりして頼り甲斐さえあるんだから、10歳近く年上の俺なんかよりずっと成人らしいともいえる。
そう、大のオトナの……歳だけ喰ってる俺なんかよりも、こいつらの方がずっとしっかりしてるよ。
『選択ノ書』のことだって、ずっと素直に、ずっと真っ直ぐにわかってる。わかろうと向き合ってる。
だから……。
「ほ〜ら先生〜、呑んでますかぁ?」
「ああ、呑んでるよ……」
だから、ちゃんと楽しむことにしたのさ。それを決めた……「選択」したんだ。
だってよ……。
「よろしい〜。ならぁ結構〜」
だってよ、こんな俺でも……自分を信じきれねぇ俺でもさ、お前らとこうしてバカになって楽しむことならできる……選べるからよ。
「はいはい、ベルさんも、ちゃんと呑んでますかぁ」
フフ……始まった。メラニー恒例のベルいじり。酒が入ると毎回やってて、なかなか面白い。
「ああ、呑んでるよ」
すまし顔でベルは盃を傾ける。
「私、知ってますよぉベルさん〜」
「おいおい大丈夫か、少々呑みすぎでは?」
メラニーは、ベルのモノマネをし始めた。今日のベルいじりは、気合い入ってるかも。
「私は、普段はほとんど呑まないねっ(キリッ)とか入ってましたよねぇ、ベルさぁん」
「うむ、その通り……」
目を細めてベルを凝視するメラニー。
「ホントですかねぇ」
「ホントも何も、呑まないものは呑まない……」
「ウソですね〜、ウソ言ってますもん、この人〜」
「こ、こら、私はウソなど……」
メラニーは、再びベルのモノマネを。
「困った困った、最近少々腰の周りに贅肉がなぁ……」
「ぶはっ! 」
「えへへへ、知ってますよぉベルさぁん! 女性騎士仲間から聞いちゃったんです〜」
メラニーがベルの脇腹をつまむ。
「ひゃあっ」
「酒の肴が美味しくて食べ過ぎちゃったんですねぇ。わかりますわかります」
「なっ! なにをキミはっ! こら、やめろ、やめ……」
「そりゃあ騎士として日頃かしこまってりゃ息抜きしたくもなるよなぁ、いいんだよベル」
「い、イサクどのまでっ……きゃっ! あはは。はははははは……や、やめてくれメラニー」
「もぉ、可愛い声出しちゃってベルさんったらぁ」
「勘弁してくれ……姫さま……と、とめてください」
レベッカは、一向に気に介さず、ほわぁんとした表情で酒を舐めている。
「隠さなくったっていいのよ、ベルト……リラリ……あれぇ……ベルトリラりラックス……無礼講だもの……ぶれいこう〜っ」
なんか、やっぱりいいなぁこういうの。レベッカも、例の婚約の問題を抱えながら、とりあえずいまは、この瞬間は楽しむことを選んでる。健気じゃねぇか。
「こらぁイサク〜! ひとりだけオトナぶってるなんてずるいなぁ」
「……にしても……レベッカ……え? 今日は、ちょっと酔いすぎ……」
「無礼者っ! へへへへ〜酔ってないからねぇ大丈夫〜」
「ハハッ……まぁいっか……」
ったく、可愛いなぁ。いやいや、下心なんかじゃなく。ホント、可愛いよ、こいつ。間もなく好きでもねぇヤツに持っていかれちまうって、想像すると耐えられねぇけど……って、クソッ、やっぱ下心アリアリじゃねぇか。
やめだやめだ。いまは楽しむことだけ考えなくちゃ。
「けど、そうだ……」
明日も早くから講演だったな。
ハメ外し過ぎないようにしとこうぜ、とか言おうと思ったが……やめた。
コチョコチョし合ったりおつまみを食べさせあったり、異性同士だと許されない感じで抱き合ったり……せっかく盛り上がってんだ、それ、壊したくねぇ。
俺は一人手酌で、思考を切り替え、この世界に来られた幸せを噛み締めている。
そうだった、明日の移動先は、王国内有数の魔碯石の産地ってことだった。
そっちを想像すると、少しテンションも上がってきた。
魔碯石の現物はレベッカとベルから見せてもらったことがあるが、濃い翠色でメノウとか出雲の碧玉に似ている。彼女らが持っているのは手のひらにすっぽり収まるぐらいの大きさだが、元は一抱えも二抱えもある巨石で、明日はその鉱脈や採掘直後の巨石状態のものが見学できるという。
大の石好きの俺としては、興奮を禁じ得ない。購入できる身分ではないにせよ、現物を拝めるのはたまらない。
そうだ。それも、いま楽しめることの一つなんだ。
ーー明日は、私が案内するわね。
昼間のレベッカのありがたい申し出を思い出し、俺の心はさらに高鳴っていた。
翌日。
予測通り、今回2度目の講演会も盛況に終わり、主催の市長や有力者たちへの挨拶もそこそこに、俺たち4人の一行は、市内の市場に向かった。
少しでも長く発掘場所の見学に時間を割きたいので、移動中の馬車で食事を済ませるため弁当の買い出しに出たのだ。市長オススメの店を見つけ、4人はそれぞれ気に入った弁当を購入。待たせてある馬車の御者の分も買い足したメラニーには、さすがに抜け目ないなとあらためて感心。気もそぞろに馬車へと向かう足取りは軽い。
昨夜の宴は結局、俺以外のヤツらはみんな泥酔して何も覚えてないらしく、いまは皆すまし顔でテキパキ動いてはいるけど、余計にそれが笑いを誘う。今夜の打ち上げも昨夜みたいに盛り上げると最高だな。
――と、そのとき。
ベルが、少し後ろの方で歩みを止めている。
「どうした、早く行こうぜ」
声をかけたが、ベルは一方向を凝視したまま動かない。俺たち3人は、ベルの方に引き返す。
「どうしたんだよ」
「いや、少し気になってな……」
と言うや、ベルは駆け出した。わらわらと俺たちも続く。
ベルは、足早に歩く3人の男を呼び止めた。
「すまぬが、身分証を見せてもらえるか」
互いに顔を見合わせる3人の男。その一人が口を開いた。
「あのぅ、何でございましょうか」
揉み手でもしそうな感じで、笑顔で尋ねる男。中年ぐらいだろうか、気のよさそうな商人ってとこか。
「申し訳ない。身分証を拝見したい」
重ねて言うベル。甲冑は着ておらず、腰の剛剣もいつものように透明のヴェールで隠していたが、それを、男にチラッと見せた。男は笑顔のままだが……その笑顔、顔に貼りつけたような……。その笑顔にベルも不自然さを感じ取ったのか、眉がピクリと動いた。
「みんな、下がって!」
ベルが叫ぶと同時に、男が懐から短剣を抜き、猛スピードで突き出した。ベルが刺された……そう思った瞬間、金属音がして、男が弾き飛ばされた。俺はレベッカとメラニーの腕を掴んで飛び退いた。
金属音がもう一度響いて、今度は他の2人の男が土煙をあげて後方に押しやられた。ベルは剛剣を構えている。
「姑息な技など、私には通じぬぞ」
「フンッ!」
3人は、距離をとってベルを取り囲み、身を低くして短剣を構えている。素人の俺から見ても、心得のあるやつらだ。
「ベル! 気をつけ……」
全部いう間もなく、ベルの剛剣が光ったかと思うと、3人のうちの1人が、地面に倒れ伏した。
「私は王国騎士団、ベラトリックス=アストリッド・ヴィークストレーム。剣を棄てれば、命まではとらん」
残った2人の男は互いに目で合図したかと思うと、ベルの足下に短剣を放り投げた。
「賢明だな。両手を上に上げて手のひらをこちらに向けろ」
男たちは指示に従う……と見せかけて、両手を上げたまま手首だけを曲げ、何かブツブツと唱えた。同時に地面に落ちていた二本の短剣がそれぞれ三つに分かれ、ものすごい勢いでベルに向かって飛んだ。
「うわっ! ベル、危ないっ!」
叫びながら、俺はこれが魔法ってやつかと直感した。合計6本の短剣は矢の如く、ベルの喉元、胸元、腹部に向けて飛び、ベルは巧みな剣さばきで次々にそれを叩き落としたが、一本だけ取り逃し、それは彼女の上腕部を切り裂いて、ブーメランのように旋回してふたたびベルを襲った。
「後ろだ、ベルっ!」
振り向きざまにベルの剛剣が短剣を叩き落とす。
が――。
「……クッ」
ベルが、ひざまづいた。右足のふくらはぎに、短剣が一本突き刺さっていた。鮮血が、地面に落ちる。
「ど、どこから……」
「ここだよ」
「あと、ここね」
「ここにもいますよ。剣を、棄ててもらえますかね」
俺とレベッカ、それにメラニーは羽交い締めにされ、喉に短剣を突きつけられていた。
「貴様ら……盗掘者グループだな」
「迂闊な騎士さんですねぇ。こんなオイシイ鉱脈地に……たった3人で潜入なんかしませんってば」
ヤバいヤバい……絶対ヤバい状況でしょうこれ。ああもう、俺も魔法とかチートが使えれば……異世界だってのに何でそういうの使えないんだ、俺。
「もう一度だけ言いますね。騎士さん、剣、棄ててください」
俺を締めつけるやつの手に力が入る。ホント……ヤバいって……。このままここで死んじまったらどうなるんだろう。元の世界に戻るとか……ああ全部夢だったんだなぁとか……。それともまた別の異世界で目が覚めるのかなぁ……クソッ、ダメだダメだ、選択するんだ……。
「アウス……ヴァール……するんだ」
混乱する意識の中で、不安と選択を行ったり来たりしていると……フッと羽交い締めの手が、緩んだ。
「ゲホッ、ゲホッ!」
あれっ、後ろのやつ俺にもたれかかって……重いだろっ、このっ!
ドサッ。俺の体を滑り落ちて、後ろのやつ、地面に……うわっ!
それは、俺だけではなかった。レベッカもメラニーも、たった今まで頸を締めてた賊どもが、その足下に転がっていた。
「……え? な、何が……」
見ると、純白の甲冑を身につけた赤毛の青年が、カキンカキンと硬質な金属音を立てて踊っている。いや、踊っているんじゃない、次々に飛んでくる短剣を払いのけているんだ。
レベッカとメラニーの背後にも同じような甲冑姿の青年が立っていて、こいつらは涼しい顔でもう剣を納めている。
踊っているように見えた赤毛の青年は、ブツブツと何かを唱えると、修験者みたいに指を2本立てて空を切った。その途端、空中を飛んでいた短剣が、命を失ったかのように地面に落ちた。
「ヒュルンゼルトどの……」
ベルが、苦痛に歪む顔でつぶやいた。
「まったく……無様なものだな」
ヒュルンゼルトと呼ばれた赤毛の青年は、剣を納めると、フワッと前髪を描き上げた。
「魔法を中途半端にしか使えないと苦労するな、ヴィークストレーム」
唇を噛むベルを尻目に、ヒュルンゼルトは部下と思しき青年たちに指示して、地面に転がる盗掘者たちの荷を改めさせた。
「外国から盗掘者が入り込んでいるという情報は、君にも入っていたのではないのか?」
「無論だ。だからピンときて……」
「それでこの体たらくか。迂闊だぞ、ヴィークストレーム」
さっき賊からも同じ言葉を吐かれたベルはさらに唇を噛み、口の端から糸のように血が垂れた。
「お怪我はありませんか、姫」
「大丈夫よ……感謝するわ」
「やれやれ、この程度の不甲斐ない騎士では護衛になりませんな」
「……助けてくれたことには謝意を贈ります。でも、私の騎士を侮辱することは許しませんよ、ヒュルンゼルト」
「侮辱ではありませんよ、姫。護衛という者は、それ相応の資格がある者でなければ務まらないと申し上げているのです。魔法もまともに使えない者が騎士を名乗るなど笑止千万。ああ、それとも魔法を使えない方には同類の者がふさわしいという熟慮の結果、ですかな」
「おのれっ、ヒュルンゼルト!」
ベルは地面を蹴って、猛然と剣を手にヒュルンゼルトに飛びかかった。
ヒュルンゼルトは一瞬その勢いに押されたが、何度か剣を合わせるうちに体勢を整え、間合いをとって剣を構えた。
「やめてっ、ベラトリックス!」
レベッカの制止も聞かず、ベルは剣を振るう。
「姫さまを愚弄するかっ、許さん!」
怪我をしてるとは思えない動きで、ベルがヒュルンゼルトを押していく。
が……。
ダメだベル、すごくイヤな感じがする。いまはやめておけ、取り返しのつかないことに……けど、引き下がるようなヤツじゃないか……そ、そうだ、このいけ好かねぇ野郎、ヒュルンゼルトの野郎がボコボコにされて地面に転がる世界をアウスヴァールしてやる……。
「手負とはいえ、君も騎士のはしくれだ。挑むなら手は抜かぬぞ」
空に向けて高々と掲げられた大剣が眩い光を発したかと思うと、バリバリと稲光を従えて振り下ろされた。
こんなもん……こんなもん……ムリだろ……いくらなんでも。
ベルはかろうじて剣で受けたが、あまりに重い衝撃で彼女の剣は弾き飛ばされてしまった。ベルは膝をつき、痺れた両手を苦渋の表情で見つめている。たった一振りで、勝負はついた。ヒュルンゼルトはベルの頭の上で大剣を寸止めし、見下ろしている。
「ここまでだ、ヴィークストレーム」
痺れた両手で顔を覆うベルの眼から、悔し涙が落ちる。その様子を見てヒュルンゼルトが目を細め、吐き棄てる。
「……話にならぬな」
剣を納めたヒュルンゼルトは、部下たちに命じて賊たちを軍用馬車に乗せ、自らも愛馬にまたがって空へと消えていった。
何事もなかったかのような静けさの中、ベルは両手をついて地面を睨みつけたまま悔しさを噛み締めている。彼女にかける言葉を探していると、レベッカが毅然とした声で指示を始めた。
「ベラトリックス、通信魔法で市長に連絡して! 市長が出たら私に代わって。医者を手配させるわ。メラニーはここに馬車を連れてきて。私とイサクは応急処置をします。とりあえず止血しないと」
レベッカは首に巻いていたスカーフを3枚に引き破ると、俺に手渡した。
「上腕部とふくらはぎの出血がひどくなってきてる……イサク、これ巻きつけて思いっきり締めて」
レベッカに指示された通りにしながら、ベルに声をかける。
「締めすぎて痛かったら言ってくれ」
「……姫さま……申し訳ありません……」
「そんなことはいいのっ! 市長にはつながった?」
ベルが魔碯石を首から外してレベッカに差し出すと、明滅する石から市長の声が聞こえてきた。簡潔に状況説明をして医者の手配を進めているレベッカを眺めながら、なぜ彼女は自分の魔碯石を使わないんだろうという思いがよぎった。
やはりヒュルンゼルトの野郎が言ってた通り……魔法がまったく使えないというのは……。地面に横になっているベルが、眼でうなずいた。
「そういうこと、か」
かつてレベッカが家族から冷遇されていたのも、自己卑下して絶望に瀕していたのも、それが原因だったのかもしれない。
この世界で、それも王族でありながら魔法がまったく使えないっていうのは、さっきのヒュルンゼルトの言い分から考えてもきっと欠陥人間ぐらいの扱いじゃないのか。そんな中で、とんでもない逆境の中で、この子は王宮における自分の立ち位置を獲得してきたのか。それだって、きっとまだ十分な状態じゃないだろうに。
「大丈夫よベラトリックス。大丈夫」
にっこりとレベッカが微笑んだ。俺はとてつもなくこの子が健気で、愛おしく思えてきた。いや変な意味じゃなく。
「……なんていうか、大した子だぜ」
テキパキと市長とのやりとりをするレベッカを、俺はいつまでも見つめていた。




