第2章『ライド・オン・タイム』03
それから一週間ほどが過ぎ、メラニーがひょこり俺の仕事部屋にやって来た。
「あのなぁ、いつものことだけど、玄関で呼び鈴鳴らすとかさ、一応ちゃんとした手順を踏んで来てくださいよ、メラニーさん」
「いいじゃないですかぁ、お隣同士なんだし。っていうか、この家ってもともとはウチで保有してたんですけどねぇ」
「はい。その節はたいへんお安くお売りいただきまして、感謝のしようもございません」
「いーんですよぉ、どうせ使ってなかった家ですから。ウチと密着した造りになってるんで、先々代がついでに買っといたんですけどね」
「さすが大商人様……家一軒をついでに買っちゃうんだもんなぁ」
「一軒じゃないですよ。王都には他にも何軒か持ってますし、地方にもね。先々代も先代も、不動産大好きだったみたいで、ま、趣味道楽ですかねぇ」
「すげぇ道楽だな……で、今日は何の用だ?」
メラニーは、カバンから資料を取り出して、俺の仕事机に並べた。
「例の、アンケート結果を集計したやつ、かな?」
「はい。なかなかいい反応なんで、もっと講演会とかセミナーとかに力を入れてもいいかな、と」
「ちょっとよく見せてくれ」
実によくできた統計だ。メラニーの商才は、こういう分析力に基づいてるんだと、あらためて実感する。こいつは、決して思いつきだけで突っ走るわけじゃない。
「なるほどなぁ……たしかに『選択ノ書』の成果率がグンと上がって……」
そこで、玄関の呼び鈴が鳴った。
「あ、いいですよ先生。私、出ますから」
メラニーは言いながら仕事部屋を出ると、しばらくして階下から、きゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえてきた。
「あ、ひょっとして……」
期待通り、レベッカがメラニーと一緒に入ってきた。
「おぅ、今日はどうしたんだ、唐突に……」
「えっ? あ、ちょっとメラニー! 伝えてなかったの?」
「いやぁ〜、言わない方が、サプライズで先生よろこぶかなぁ〜って」
「言ってくれ……俺の場合、高確率でイヤな驚き方するから……」
「ごめんなさいっ! 驚かしてしまったのね?」
「いやっ! 決して悪い意味ではなくっ」
「よかったっ、悪い意味ではないのね?」
……そうだった。いろいろな点で鈍い子だった。俺の発達特性を説明するの、たいへんそうだからチャチャっとこの件、終わらせよう……。
「か、歓迎するよ、レベッカだから。で、今日はどうしたんだい? 遊びに来てくれたのかな?」
「あの……イサクにお引き合わせしようと思って……」
「ん? ん?」
何? また予想外の展開? 俺もうパニックになりそうなんだけど……。
「あ、そうそう先生、今日はですねぇもう一人いるんですよぉ、会わせたい人が」
メラニーはそう言いながらいったん部屋を出て、すぐに戻って来た。別室で控えていたその人物が現れたのを見て、今度は俺が口ごもってしまった。
「久しぶりだな、イサクどの」
まばゆいぐらいの純白のワンピース、ポニーテールに束ねたブロンドヘアーに海のような紺碧の瞳。甲冑を身につけていないと、背が高くて華があるどこぞのお嬢さんっていう感じだ。
「ベル……ベラトリックス!」
「元気そうで安心したよ」
白い歯がキラッと光る。この世界に来て最初に遭遇した彼女に懐かしさを感じた反面、身を隠したいような気まずさに襲われる。彼女に身柄を引き渡されたあの警官たちを突き飛ばして、俺は脱走したのだ。目を合わせられずにいる俺を気遣うようにベルが言った。
「まぁそう緊張せずに。何も君を捕らえに来たわけではない」
「大丈夫よ、イサク。ベラトリックスはね、私付きの護衛なの」
よかったぁ〜。レベッカ王女さんの配下なら、無茶は出来まい。
「一瞬、イヤな汗かいちまったぜ……あ、でも護衛って言ったけど丸腰じゃないか」
「心配ご無用」
ベルが透明なマントでもひるがえすかのような仕草をすると、腰のあたりに例の剛剣が見え隠れした。
「なるほどね」
「実はねイサク、ベラトリックスもあなたのファンなのよ」
「……へ?」
「私もその、君の著作で色々とな、ま、ま、学んでいるところなんだ……」
レベッカの次はベルが赤面して……いったいどうなってるんだ。
「恥ずかしながら、私はあまり魔法が得意ではなくてな……」
「いや、でも騎士だろ? それも王族付きなんて、実力が無ければなれないんじゃないのか?」
「失敬な! 誰が実力が無いなどと言った!」
うわわっ! 斬られるかと思った。やっぱ、すげぇ迫力だな。察したレベッカが間に入ってくれた。
「ベラトリックスはね、誰よりも修練して王国でも指折りの上級騎士にまでなった人よ。ただ、ルクス適性があまり高くないのよ……」
「ルク……なんだそれ?」
「魔碯石は常に微振動しながら干渉波を出している。これがルクス……まぁ魔法を現象化させるエネルギーみたいなものさ。人によってそれとの相性があるんだよ」
「ルクスの適性ってことか、なるほど。魔碯石さえ持っててあとは訓練すればいいってわけじゃないんだな」
「魔碯石はそんな都合のいい道具じゃないよ。寿命もあるしな」
「石の……寿命?」
「ルクスの半減期のことだよ。だいたい60年ってとこだな」
「放射性物質みたいだな……半減期が来たら次のに取り替えるのか?」
「高価なものだからね、その人次第さ。私のは中古品だから……あと15年で半減期だが……魔法に頼らなくて済むようにしたいと思っている」
「けど、魔法が使えないってわけじゃないんだろ? 剣を見えなくしてたのも、あれ、魔法だよな」
「察しの通りだ。人並み以上に使える自信はある。が、それを得意とする者には敵わないだろうな」
「先生、ほら貴族の方々にもそういうケースがあるじゃないですかぁ。だから先生の講演会をやってるってことですよ」
「なるほどな。決して少ないケースじゃないってことか」
「あのねイサク、それだけじゃないのよ。近い将来、魔法が使えなくなるかもしれないの」
「えっ? どういうこと?」
「魔碯石の枯渇問題よ」
「魔碯石が……採れなくなるってことか?」
「すぐにっていうわけじゃないのだけど、一説ではこの大陸のほとんどで、30年ぐらいの間には枯渇するって言われてるわ」
「それ、死活問題だろ。っていうか、そんな重要なこと、ここで話しても大丈夫なのか?」
「もう周知の事実だから……。もっとも、この王国は魔碯石の埋蔵量がとても多くて、あと50年から100年ぐらいは大丈夫みたい」
「それは……まぁよかった、というべきか。遅かれ早かれという気もするが」
「けどね先生、だからこそ魔法に頼らない先生の方法論は、今後もっと需要が増えると思うんだよね〜」
「そりゃ……そうかもしれないけど」
「君の方法論は、意図することで現実を変えていく……というより、すでに存在している『望む世界』をアウスヴァールすることで現象化させるというものだ。それは、魔法の在り方と本質的に別物ではない」
「え、そーなの?」
「魔法は、魔碯石という媒介を使いはするが、決して何もないところから何かを生み出すわけではない。この世界にあらかじめ存在する……あるいは別の世界に存在するエレメントを組み合わせたり召喚したりして現象を構築するものだからな」
「おーっ、さすがアルタ・スコラで教育を受けた騎士さんですねぇ! 実にわかりやすい!」
なるほど……もともと目に見えない世界を前提にした技術(魔法)が現実的な方法論が、この王国にはあったってことか。だから『選択ノ書』の説く並行世界だのマルチバースだのっていう概念に対して、疑いが無いんだ。そこに疑いが無いんなら、意図が現象化するスピードも速くなる、か。この世界で『選択ノ書』が異常に受け入れられるのも解らないではないな。
「でね、イサク……私……いろいろと考えて……とっても図々しいお願いかもしれないのだけれど……」
「何かな? 他ならぬレベッカのお願いなら断るって選択肢はないと思うが」
「この後いろいろな地方で開催されるあなたの講演会に、私とベラトリックスを同行させてほしいの」
「……はい?」
「あの、きっとお邪魔になるんだろうなぁってわかってるの……でもほら、王都だと私もベラトリックスもちょっと目立っちゃうけど、地方ならうまく潜り込めると思うのよ……それでね、あなたの近くで、直接お話を聞いてね……しっかり勉強したいんですっ」
メラニーさん、もうそれ決定事項だったのね。レベッカにも話してたんだね。こっち向いてグッ! て感じで親指立ててるけど。
「私からもお願いするよ、イサクどの!」
二人してそんなに深く頭をたれなくても……お邪魔どころか、これ、ご褒美なんだけど。
だって、地方の講演会に同行ってそれはつまり……俺は完全に修学旅行で同じ宿に泊まって夜に恋バナとかするシチュエーションに、年甲斐もなく心躍っていた。




